このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



『インサイダーズ/内部者たち』
政管癒着の実態を見せつける
バイロレンス満載のウェブ漫画が原作

 韓国から娯楽政治アクション『インサイダーズ/内部者たち』(ウ・ミンホ監督/以下、『インサイダーズ』)が公開中だ。バイオレンス満載のウェブ漫画が原作で、巨大な腐敗権力を巡る、ヤクザ、政財界に暗躍する大メディアの長たるフィクサー、そして、正義を求める熱き若手検事の三つ巴の闘いを描き、知られざる韓国の現代の闇の存在を明らかにしている。

製作意図

ヤクザ(右)と検事
(C))2015 SHOWBOX AND INSIDE MEN, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

  原作はユン・テホで、彼の作品『黒く濁る村』(2007年)、『未生−ミセン』(12年)の2本は映画化されている。彼は韓国では人気の漫画家で、新作発表毎に話題となり、新作『インサイダーズ』も発表当時から、ウ・ミンホ監督は目をつけていた。
原作意図は、どんな政治勢力でも内部の条件により滅ぶ可能性があり、誰が誰のために働き、その結果がもたらす被害について語っている。この内容であればシリアスな心理もの、社会もの、活劇ものと、さまざまな表現方法が考えられる。製作は韓国の大手製作会社「SHOWBOX」(代表作『グエムル−漢江の怪物−』[06年]1300万人動員)で、コテコテの韓流アクション仕立てである。本作『インサイダーズ』は大手商業資本による娯楽作品であり、ベストテン入りを目指す芸術的作品ではないが、R指定作品として韓国歴代ナンバーワンの大ヒットを記録した。また、スター性あふれるイ・ビョンホンの起用が大ヒットにつながっている。


複雑な物語構成

ヤクザと論説主幹
(C))2015 SHOWBOX AND INSIDE MEN, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

 舞台はソウルであり、これは問題ない。しかし、人物関係が非常に込み入っている。主演のイ・ビョンホンは韓国の当代随一の男優で、抜群の集客力を誇り、彼なしでは本作の記録的ヒットは望めないと言われている。
『王になった男』(12年)、トンデモ西部劇『グッド・バッド・ウィアード』(08年)が代表作であり、ハリウッドにも進出している。




絵空事のような人物関係

暴露記者会見のイ・ビョンホ
(C))2015 SHOWBOX AND INSIDE MEN, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

 本作、事前に人物関係をしっかり把握せねば、脳内空中分解必定と思われる。主人公の政治ゴロのヤクザは前述のイ・ビョンホン、この彼の親分筋が大新聞「祖国日報」のリ論説主幹で、ペク・ユンスクが扮(ふん)する。
「祖国日報」とは戦前から存在する韓国一の大新聞「朝鮮日報」がモデル。この論説主幹が政治の裏舞台で暗躍し、物語の"毒"を一気に撒き散らす役を果たす。彼の立居振舞の設定が凝っている。大物らしい尊大な態度を取らず、とにかく腰が低く、口調も穏やかで、これぞ絵に画いたようなホンマモンの悪党になっている。

悪の大統領候補
(C))2015 SHOWBOX AND INSIDE MEN, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

 余談だが、現役のヤクザが映画で主役を張る作品の中で、安藤昇主演の『男の顔を履歴書』(1966年、加藤泰監督)がある。このヤクザ(安藤昇)が実に腰が低いことで有名であった。ペク・ユンスクからはそのヤクザの実像が滲み出る。
表面、穏やかな大新聞の論説主幹は、時の政権の大臣ポストを狙い、息のかかった大物政治家チャンを大統領にするために自紙に追従記事を書く策士である。韓国大統領選で、保守系有力紙が提灯担ぎをしても、国民はさもありなんと眺める、そんな風潮があり、多くの人々は直ぐに「朝鮮日報」の存在を感じる。
大手財閥、ミレ自動車会長は、大統領候補に大金を注ぎ込み、このメディアの策士が仲介の労を取る構図だ。ミレ自動車とは財閥「現代自動車」がモデルであることは、韓国では誰でも容易に想像できるらしい。
新聞社の論説委員の腰巾着で、汚い仕事を担当する政治ゴロ、イ・ビョンホンは子分役となって登場。若い彼は、図に乗り、ミレ自動車の大統領への不正献金リスト手に入れ、それをネタに新らたにユスリを計画するが、肝心のリストを敵に奪われ、今や街のゴロツキへと転落する。



韓国のコネ社会

敵地に乗り込むヤクザ
(C))2015 SHOWBOX AND INSIDE MEN, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

 韓国は聞きしに勝るコネ社会で、そのコネなしでは出世はできない社会とされている。その中で学閥は最大のコネであるため、韓国の学歴社会信仰はすさまじい。
筆者の個人体験でも、ソウルの夜の寺における読経会のような集まりで、中年婦人たちが何やら一心不乱に経文らしきものを唱えているのを目にした。その内容は「ソウル、延世、高麗」と大学名の繰り返しであり、受験生を持つ母親の必死の願いなのだ。



正義漢登場

正義派検事
(C))2015 SHOWBOX AND INSIDE MEN, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

 チャン大統領候補の政敵の息のかかる上司から、候補の不正を暴くことを命じられる若手検事が登場する。正義感の強いソウル地検のウ・ジャンフン検事は二流の学歴で、出世はおぼつかない。彼にとりこの不正献金事件は、手柄を立てワンランク上の最高検入りを目指す絶好の機会であり、チャン大統領候補の捜査を続けるが、狙うミレ自動車会長、そして新聞社のイ論説主幹は尻尾を出さない。
そこで脚本上、落ちぶれた元政治ゴロのイ・ビョンホンと出世を望む若手検事ウとでタッグを組ませ、新しい展開を図る。ここで、悪と、それに対抗する正義派の図式が完成する。財閥と保守党政治家が癒着する腐敗権力機構に3人の男たち、政界の黒幕(新聞社論説主幹)、検事、そしてチンピラヤクザの三者が食らいつく、血で血を洗う対決のお膳立てが整い、観客はその結末を固唾を呑み見守る。


政管癒着の実態を見せつける

論説主幹
(C))2015 SHOWBOX AND INSIDE MEN, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

 暗躍し続ける論説主幹、財閥から狙われ拷問で右腕を失い復讐に燃えるチンピラヤクザ、そして、自分の出世を狙い悪党の一網打尽を画策する若手検事が、それぞれの思惑を内に秘め、抜きつ抜かれつの知恵を尽くす策略劇、一気にテンションが上がる。
拷問場面の残酷さ、性接待の究極の醜さ、そして、平然たる裏切りと、毒が毒を制する極め付きのエゲツなさがたっぷり仕掛けられている。いわゆる娯楽映画であるが、政管癒着の実態を波状的に見せつける力業である。
庶民一般が抱く財閥、保守系政治家、大新聞への反感が歴然と存在する韓国社会、政管癒着の構造的腐敗、その腐敗の権力に群がる人々の存在を描く勧善懲悪劇であり、これらすべてはコネとは程遠い一般韓国人のうっぷん晴らしとなる。
実際に、国内の悪の代表は財閥であり、親日家であるとの見方があるくらい財閥への反感は強く、その代表例が、財閥の娘が飛行機の出発を遅らせ物議を醸した「ピーナッツ姫事件」であろう。
悪党に対するアンチヒーローとしての検事の活躍は、率直に言えば荒唐無稽(むけい)な活劇に近いものではある。だが、多くの韓国人にとり、単なるフィクションを越える部分も幾多あり、映画『インサイダーズ』は時代の証人たる役割を担う。そして、時代の気分が伝わってくる。

  映画以外に、現代韓国の事情に関しては、韓国研究の専門家である元毎日新聞論説委員、ソウル支局長の下川正晴氏に多くのご教示を受けた。この紙面を借りて謝意を表します。

 



(文中敬称略)

《了》

3月11日(金)、TOHOシネマズ新宿他、全国ロードショー中

映像新聞2016年3月21日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家