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第32回『東京国際映画祭』が開催
コンペ部門
歯応えある作品そろう 最高賞に「わたしの叔父さん」

 第32回「東京国際映画祭」(以下TIFF)が10月28日−11月5日、六本木のTOHOシネマズを中心に開催された。世界的には、後発で作品集めに苦労の絶えない本映画祭ではあるが、何とか頑張り今年で32回を迎えた。これだけ長い期間映画祭を維持することは、並々ならぬ努力である。

 
今年のコンペ部門の審査委員長は、中国の女優チャン・ツィイー(『初恋のきた道』〈1999年〉ほか)が務め、日本からは、独自の視点からの映像で知られる、廣木隆一(『余命1カ月の花嫁』〈2009年〉、『さよなら歌舞伎町』〈14年〉などの代表作)が、審査員に加わった。
例年、知名度の高い映画人の審査員起用が望まれ、チャン・ツィイー、廣木隆一監督の起用は妥当なところ。チャン・ツィイーは、今やアジアを代表する世界的女優である。近作で見られる彼女の美ぼうは、すごみさえ加わってきている。
コンペ部門は、例年に比べ確実に歯応えがある作品がそろった。最高賞、東京グランプリ(賞金3万j〔邦貨330万円〕)は、フラレ・ピーダセン監督(デンマーク)の長編2作目『わたしの叔父さん』(19年)が獲得した。

「わたしの叔父さん」    (C)2019 88miles

「ジャスト6.5」     (C)Iranien Independents

「エウォル〜風にのせて」(C)BlacKnight Films Co. Ltd

「ネヴィア」(C)ARCHIMEDE 2019

「50人の宣誓」(C)Percia Film Distribution

「ファストフード店の住人たち」(C)Entertaining Power Co. Limited, Media Asia Film Production Limited ALL RIGHTS RESERVED

「男はつらいよ お帰り寅さん」(C)2019松竹株式会社

「カツベン!」(C)2019「カツベン!」制作委員会

「i−新聞記者ドキュメント−」(C)2019『i−新聞記者ドキュメント−』製作委員会

「れいわ一揆」(C)風狂映画舎

デンマークの農家の生活

 デンマークの農家を舞台に描く
『わたしの叔父さん』は地味だが味わい深く、人生の普遍的問題に触れている。けれんのない、オーソドックスな作りが持ち味といえる。文芸色はなし、メロドラマなし、スター不在。もちろんエロ・グロ・ナンセンス抜きだ。出品作品選考の際、このような良作がよく残っていたことが不思議だ。
舞台はデンマークの酪農農家。登場人物は若い農家の娘クリスとその叔父。撮影は種も仕掛けもない、農家と牧舎だけのロケセットだ。殺風景だが現実感はある。決して豊かではないが、ゆっくりした時間の流れに生きる人々の日常生活も、本作の見どころである。
近年のデンマークは小規模農家(酪農も含む)が閉鎖し、農村の風景が変わりつつあるとされる。衰退する農業文化への危機感を伝えることが隠れた意図であろう。
冒頭、クリスが起床し、まず足の不自由な叔父を着替えさせ、朝食。叔父はパンにバター、クリスはシリアルに牛乳をかける。質素な食事だ。2人は無言。クリスは食べながら、酪農の専門書から目を離さない。彼女は高卒後家業を継ぐため進学を断念。しかし、獣医になる夢は捨てていない。
そして日課の牛の世話に取り掛かる。30頭ほどの牛に餌をやり、牧舎の掃除、叔父は飼料運びを手伝うが、クリスが実質的に1人で動く。その後、乳しぼり。
午前中の仕事が終われば簡単な昼食、午後は畑の麦刈り、そして1日の仕事が終わり、クリスは夕食の準備。憩いのひと時は夕食後のわずかな時間だけだ。叔父はテレビを見、クリスは専門書の続きを読み、少しばかり言葉を交わし、そして就寝。365日変わらない。
ポニーテールにジーンズ、化粧なし、長ぐつのクリスは何の気負いも見せず、叔父や家畜の世話、そして家事をこなす。彼女にとり当然の行動で、全く不満な様子はない。アルコールはたしなまず、夜のダンスやレストランへも足を踏み入れない。実にストイックな日常だが、2人とも気にする風はない。
減り行く農家の実態以外に、人間、特に若者世代の人生の選択が強調されている。クリスは獣医志望(クリス役のイエデ・スナーゴはピーダセン監督の姪で、本物の獣医)で、そのための準備をしながら酪農一家を1人で切り盛りしている。
一方で、彼女は母親が自殺した後、叔父に引き取られた経緯がある、足が悪く日常生活に支障をきたす叔父を見放すことはできない。彼女は彼に対し恩があり、献身的に尽くす。彼女自身も将来について重大な岐路に立たされている。  
  


少女の自立

 ほかにもう1本、コンペ部門で見るべき作品がある。ヌンツイア・ステファノ監督(イタリア)の長編第1作『ネヴィア』(19年)は、ナポリ在の少女ネヴィアを主人公にした、近年多い、女性の権利、若い女性の自立がテーマになっている。
家族のテーマは映画でも重要視され、女性のステファナ監督もそのケースの体験者である。彼女は1980年のナポリの大地震の被害者で、仮設住宅住まい10年と困難な生活を余儀なくされた。華やかなナポリの裏面も見て育ち、その体験が作品にも反映されている。
17歳の少女の現在の生活と、運命が与えるよりも、もっと多くを望む少女のジレンマが描き出されている。イタリア流リアリズムの本流を行く作品だ。



イラン作品

 
イラン映画には並外れたパワー
強烈な印象を残す作品として『ジャスト6.5』(コンペ部門/19年、サイード・ルスタイ監督、イラン)と『50人の宣誓』(アジアの未来部門/19年、モーセン・タナバンデ監督、イラン/長編2作目)がある。とにかく、イラン映画の並外れたパワーを感じさせる。
特に『50人の宣誓』には目を見張った。主人公の女性が犯人たる妹殺しの夫を死刑にするため、自費で50人の親戚を1台のバスに乗せ、宣誓のため裁判所へ行く。1台のバスの中での口論や諍(いさか)い、その発言量の多さ、種々の意見が飛び交い収拾がつかない様子。圧倒的な迫力だ。
必死に妹の尊厳を守ろうとする姉だが、女性の宣誓は法律では認められない。イスラム社会では、女性は員数外なのだ。このような状況下、姉は朝9時までに裁判所へ出頭せねばならない。作品には、彼女の必死さと周囲の熱気がみなぎる。どのようにして、バス内で演出をしたのか。この力(りき)には脱帽。
もう1本の『ジャスト6.5』は、麻薬取締官と販売の元締めとの対決。警察は面の割れていない元締めの逮捕のため、売人、常習者を次々と拘束。署内は容疑者であふれかえる。その上、取締官の麻薬の横領と、喧騒(けんそう)を極める。正義と称する権力側の思いのままの行動、彼らの独善性が嫌でも目に付く。
タイトルの「6.5」とは麻薬常習者数(警察幹部によれば、以前は100万人いたのが今や650万人となったとの意)。同国の麻薬禍の深刻度を現わしている。体制批判は許されないイラン映画界、麻薬撲滅への真剣な対処として、行き過ぎ気味の権力の行使は社会問題として許容される状況が見て取れる。



アジア映画への親近感

 『エウォル〜風にのせて』(アジアの未来部門/19年、パク・チョル監督、韓国/長編第1作)は、恋人を交通事故で失い、済州島で1人暮らしの若い女性と、彼女の大学の仲間との数日間の交遊。平坦な筋立てながら、若い映画人に多大な人気を誇るホン・サンス監督のスタイル、何も起こらない日常生活を描いている。済州島は観光的良さに加え、一陣の風が吹き抜ける爽やかさがあり心地さが伝わる。
『ファストフード店の住人たち』(アジアの未来部門/19年、ウォン・シンファン監督、香港/長編第1作)は、ファストフード店で夜を過ごすホームレスの人々を通して、混沌とした日常を描く。庶民的なアジア的光景に親近感がもてる。主役である没落した元金融業界の寵児に、大物俳優・歌手のアーロン・クオックを起用。中年に達した彼の美男ぶりは、香港映画の華やかさの一片を見せてくれる。



その他の作品

 オープニング上映は、山田洋次監督の『男はつらいよ』50周年を祝う『男はつらいよ お帰り寅さん』で、CGをふんだんに使い、懐かしの出演者が続々登場する。「おいちゃん」こと森川信までもちょっと顔を出す、楽しい1作。
ほかに「GALAスクリーニング」(映画祭中盤のハイライト)として上映された、周防正行監督の久々の作品『カツベン!』もレトロ趣味をかき立ててくれる。
さらに、昨今の政府のメディア圧迫の中、『i―新聞記者ドキュメント―』(森達也監督)と『れいわ一揆』(原一男監督)の時流に棹(さお)さす2作品の出品は、高く評価できる。案外、映画祭トップの保守的体質の盲点を突いたのか、もしそうなら、あっぱれ。



受賞一覧

コンペティション部門
東京グランプリ
『わたしの叔父さん』
審査員特別賞 『アトランティス』
最優秀監督賞 サイード・ルスタイ監督『ジャスト 6.5』
最優秀女優賞 ナディア・テレスツィエンキーヴィッツ『動物だけが知っている』
最優秀男優賞 ナヴィド・モハマドザデー『ジャスト 6.5』
最優秀芸術貢献賞 『チャクトゥとサルラ』
最優秀脚本賞 『喜劇 愛妻物語』
観客賞 『動物だけが知っている』





(文中敬称略)

《了》

映像新聞2019年11月25日掲載号より転載

中川洋吉・映画評論家