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『一度も撃ってません』
売れない小説家が伝説のヒットマンに
ハードボイルド調パロディー

 阪本順治監督の新作『一度も撃ってません』(2020年)はオトボケ殺し屋ものである。スタイルとしてはハードボイルド調であるが、主人公たちのズッコケぶりで見せる、遊び心いっぱいのパロディーになっている。脚本は角川映画を多く手掛けた丸山昇一で、彼は1980年代を代表するライターだ。この阪本・丸山コンビ(『傷だらけの天使』〈1997年〉、『カメレオン』〈2008年〉、『行きずりの街』〈10年〉)とくれば、是非見たいと思わすインパクトがある。

 
企画自体は、バイプレイヤーの石橋蓮司を主役とする阪本監督の思い付きに、丸山昇一が「こんな企画がある」と応じたことから始まる。
阪本監督は、『大鹿村騒動記』(2011年)で故原田芳雄を主演に据えた。その原田の存命中に、彼の家でこの企画が持ち上がる。その場に石橋蓮司のほか桃井かおり、岸部一徳、大楠道代、石橋蓮司などがおり、このお仲間の企画がスンナリ決まった。

石田、ひかる、市川夫妻(左から)    (C)2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ ※以下同様

バー「Y」の3人 ひかる、市川、石田(左から)

撃てない2人の対決 周雄、市川(左から)

殺しの実行犯今西から詳細を聞く市川 今西、市川(左から)

バー「Y」の3人 市川、五木、児玉 (左から)

恋人歌留多を紹介する市川 歌留多と娘、今西、市川 (左から)

主演・石橋蓮司

 現在78歳の大ベテランである石橋は、画面では74歳の伝説の殺し屋と設定される。
彼の容姿は、黙って座っているだけで、何かおかしみを感じさせる。その代表作が『中国の鳥人』(1998年、三池崇史監督)である。彼は、借金取りのため中国雲南省まで乗り込むヤクザの役。この作品のおかしさは極め付き。 
  


豪華出演者

 豪華な出演者陣の演技が見もの
本作の見どころの1つは、原田芳雄のお仲間たちと呼べる(もちろん、阪本監督もその一員)豪華出演者陣だ。脇役で名を馳せた石橋蓮司、岸部一徳、桃井かおり、大楠道代である。加えて重要な役割として、中国ヤクザに雇われた変てこな殺し屋を豊川悦司が演じる。
そのほかに、佐藤浩市と寛一郎の親子、江口洋介、妻夫木聡、中国ヤクザの親分に扮(ふん)する柄本明(ヤクザの親分だが、やたらと威張る珍妙な存在)、元プロレスラーで舞台となるバー「Y」のバーテン役ポパイに新崎人生、そして、妻夫木聡の恋人の看護師役には井上真央が配される。このメンバーだけで、小津安二郎張りに1人10分の芝居で持たすことができるくらいだ。
阪本監督は、彼らを単なる付き合いのカメオや友情出演ではなく、それぞれの役に意義をつけるために、彼らと脚本の丸山昇一が工夫を凝らした。



それぞれの役柄設定

 
人の出入りの多い作品であり、登場人物を少し整理しておく。本作の中心となる主役、市川進、またの名は御前玲児役に石橋蓮司。昼間は売れないミステリー作家、夜は伝説の殺し屋に扮し、黒のソフト帽とトレンチコートそして色眼鏡で極める。いかにも殺し屋タッチであるが、何かマンガ的なしつらえなのだ。
女房の市川弥生には大楠道代を起用。彼女は小学校教員として定年まで勤めあげた堅気で、今は年金暮らし。作家、市川進担当で、売れない作家を持て余し気味の出版社編集者・児玉道夫には佐藤浩市が扮する。
一党の溜(たま)りは深夜バー「Y」で、そこに出入りする、ヤメ検の石田和行役が岸部一徳。「Y」をにぎわすかつてのミュージカル歌姫、玉淀ひかるには桃井かおりが扮し、『サマータイム』を披露、バーの客たちを喜ばせる。
伝説の殺し屋に対抗する周雄には、坊主頭に色眼鏡の豊川悦司を起用。彼は、二枚目でありながら何かおかしみがあり、石橋蓮司と好一対である。



消防士登場

 バー「Y」では、ヤメ検の石田和行と市川進が何やら密談。石田は1件の殺しの話を市川に持ち掛ける。インチキ経営コンサルタント守山秀平(江口洋介)は、投資家を集めての講演で荒稼ぎ。その守山を消すことが石田の依頼。この話を受けた市川は、溶接工場で働く若い今西友也(妻夫木聡)に殺しの下請けをさせる。溶接工の彼は、市川から依頼を受け、早速動き始める。
IT大尽の守山は、高級マンションに居を構える。今西の殺し屋のアイデアが振るっている。高級マンションのベランダに1人の消防士が現われ、部屋にいる守山を殺す。ヘルメットを脱いだ殺し屋こそ今西である。



作家の魂胆

 伝説の殺し屋市川進は、ヤメ検石田から依頼を、何と今西へ下請けに出していた。なぜ直接手を下さなかったのか。今西の仕事の後、市川は、早速彼の工場を訪ね、根掘り葉掘り、ノート片手に聞きまくる。小説のネタ作りなのだ。
市川進の編集者児玉は、彼の作家としての才能を見限っている。彼のミステリーは、殺しの詳細はやたら詳しいが、全体的には陳腐であることに何年も前から気付いている。市川は小説のために、自ら殺し屋を演じていたに過ぎない。しかし彼は、殺し屋の体面を保つために札びらを切る。ポケットから札束を出し、鷹揚(おうよう)に「釣りはいらないよ」と振る舞う。
この段階で、ストーリーのネタをアッケラカンとばらしてしまうあたり、パロディーの真骨頂となり得るとする、作る側の狙いが透けて見える。



敵の殺し屋の登場

 市川進の存在を快く思わない、中国人ヤクザの親分、連城孝志(柄本明)、これまた、中国人風の変てこな殺し屋、周雄に一言「消せ」と命じる。ここで、殺しのプロ同士の対決へと話が展開される。その前にバー「Y」に、市川の妻、真面目主婦の弥生は、玉淀ひかるを亭主の浮気相手と勘違いし、怒鳴り込む場面が挟まる。こちらも女の対決の様相を帯びる。
市川を付け回す周雄、2人の対決の場はバー「Y」、銃片手の殺し屋同士のにらみ合い。2人とも、どうしてもピストルの引き金を引けない。カウンターの中からその様子を見ていた、裏稼業に詳しいバーテンのポパイが一言「お前らは撃ったことがないのだ」と喝破。周雄はにわかに退散。市川進も撃ったことがないことがばれる。
曲者(くせもの)の対決にしては重量感に欠けるラストだが、この締まらなさがハナシ全体の見せ場となる。
アクの強い役者を配し、ミステリーのパロディーを繰り広げるところに、本作の面白味がある。石橋のエセ殺し屋のうさん臭さ、豊川の珍妙で国籍不明の殺し屋のおかしさ、素っとん狂ぶりを発揮する桃井、もっともらしく、そしてクサイ岸部のヤメ検と、役者のアンサンブル(調和のとれた演技)で持たせる構図は、作り手としては一番力こぶを入れるところで、クセの強い役者陣も面白がっていたのではなかろうか。
コテコテのハードボイルドのパロディーに託したおかしみが楽しい。石橋蓮司のハードボイルド調の最もらしさ、そして、消防士に変装する殺し屋のアイデアは笑える。
ひねりの効いた娯楽作品だ。






(文中敬称略)

《了》

『一度も撃ってません』は、新型コロナウィルス感染拡大の状況を鑑み、公開延期を決定。今後の予定は決まり次第、公式サイト(eiga-ichidomo.com)で発表される。

映像新聞2020年4月13日掲載号より転載



中川洋吉・映画評論家