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『ローズメイカー 奇跡のバラ』
経営難のバラ園が新品種開発に挑む
人の温かさや生きる喜びを加味
3人の訳あり従業員と奮闘

 華やかで明るいバラを扱う作品が『ローズメイカー 奇跡のバラ』(2020年/ピエール・ピノー監督・脚本、フランス、96分)である。バラのイメージを華やかなフランスに置き換える。しかも、人と人との絆(きずな)の温かさや、生きる喜びも加味される、見て心地良い作品である。しゃれたフランス流の感覚と、人が人をいたわる人情が見る者の心を優しく包み込む。
 
冒頭、パリ西部の大きな公園、ブローニュの森の一角にあるバカテルに、高級車が次々と到着する。車の品評会ではなく、世界的に有名なバラの展覧会である。美しいバラを愛(め)でる人たちは、着飾り、華やかな雰囲気をまき散らす。バラに囲まれた昼間の園遊会のようだ。
花の作り手たちは、それぞれの傑作を持ち込み、鉢から土へと植え替え、品評会の結果を今や遅しと待ちわびる。そこへ、主人公エヴ(カトリーヌ・フロ)が、手押し車に沢山の鉢を乗せ登場する。小太りの中年だが、体中から元気があふれる様(さま)は、女性経営者、そして母親のようだ。
エヴはパリ郊外で、個人でバラ園を経営する父親の後を継ぐ2代目である。彼女のバラ園は、自慢の白バラ「アンナプルナ」を輩出した名門だが、今や大手のバラ企業に歯が立たず、この8年間連敗中である。
個人商店が、大手に立ち向かえず閉店するケースは枚挙にいとまないが、エヴのバラ園も例外ではない。ちょうど、日本全国で見られる、スーパーに押される駅前ブラインド商店街のようだ 。

バラ園のエヴ  (C)2020 ESTRELLA PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINEMA - AUVERGNE-RHONE-ALPES CINEMA  ※以下同様

エヴと訳ありの従業員

バラ園

エヴとスタッフ

作業の指揮をとるエヴ

品評会へ出品

刑務所から送られたフレッド

エヴ

事務室のエヴ

ライバル会社の代表

再起を期するエヴ

 経営難に打ち勝ち再起を期する名門バラ園は、何としても品評会で1位の獲得を目指し、往年の輝きを取り戻す意気込みだ。
「バガテル国際バラ新品種コンクール」に父の代からの女性助手ヴェラ(オリヴィア・コート)に台車を引かせ、会場入り。受付を済ませ、「ブースはどうするの」とのエヴからの質問にヴェラは、消え入りそうな小声で「すみません、予算がなかったから」と謝り、エヴも倒産寸前の現状を理解する。 
  


従業員の登場

 お先真っ暗なエヴのバラ園の経営を見兼ねた助手のヴェラが機転を利かせ、3人の従業員を手配する。しょぼくれた3人組で、職業訓練所からの紹介だ。
この3人は、なかなかユニークな人材である。若い、タトゥーを入れたアンチャン風のフレッドの経歴が振るっている。彼は、窃盗で捕まり、今は刑務所暮し、他人の家に忍び込み、電気配線をいじり家中真っ暗にしての作業に長(た)ける、セミ・プロ級のコソ泥である。バラ園勤務をまじめに勤め上げれば、刑期の短縮もありとの条件で派遣される。
2人目は独身の中年男サミールで、とにかく正規雇用の仕事に就き、まともな部屋(家ではない)で暮らすのが希望。3人目の少女は異常に内気で、声の小さいナデージュである。バラ栽培の経験皆無の3人組、エヴは躊躇(ちゅうちょ)するが、賃金が格段安いのでヴェラの提案をのむ。
この時、エヴは念のためフレッドと面接し、いろいろ聞きただす。彼は一軒家狙いで、これまで6回も捕まっているが、犯罪は生活のためと、悪びれたところがない。彼のいい加減で、あっけらかんとした性格にエヴは驚きながらも渋々採用。これで、バラ園はエヴを頭に3人の従業員(肉体労働者)を抱える陣容となる。
この採用のシーンが何ともおかしい。接したことのない人物相手に犯罪歴を問うエヴだが、その応答がゆるく、見ている方は笑い出しそうになるが、演じる2人の会話は漫才のようで、下手なお笑いも真っ青。
この辺り、無理に笑わそうとしない分、おかしみが増える演出手法だ。長編2作目のピノー監督は、今後、センスの良い監督になる予感がある。



バラ栽培の年月

 
本作ではバラ栽培についてかなり詳しく説明しており、初心者でも意外なバラの育て方が理解できるホン(脚本)作りをしている。まず、バラの作り手を育種家と呼び、その専門家を中心に作業は進行する。
エヴは、フレッドの腕のタトゥーに着目する。白い腕に色を施せば、新たな色が出ることがヒントとなる。それをバラに試そうというわけだ。
白い腕になる元の2種類の希少種を交配させるのが、最初の作業だ。専門的になるが、バラ作りについて簡単に説明する。希少種のバラを作り上げるためには、掛け合わせの高級バラが必要となる。誰も鑑賞したことのない高級種の誕生のためには、最高の種が必要となる。
まず、2種の特定のバラを掛け合わせねばならない。そのうち1種が「ライオン」である。実は、フランスのバラの大手会社から希少種の「ライオン」が伊豆の「バガテル河津公園」に寄贈され、それを「伊豆の踊子」と命名し、実際に販売されている(この経緯は、はっきりした説がなく、詳細は不明)。
この「ライオン」と、もう1種から苗を育て上げるのに1年、その後、変化するバラの咲き姿を作り上げるために6年から10年と、長い年月が掛かる。この手間暇から、小バラ園の手に余り、大会社の独占となっているのが実情である。



トンデモ荒業

 希少種の「ライオン」の交配に必要なバラは大手の会社にしかなく、普通には手に入らない。そこでエヴは、とんでもない荒業を思いつき、周囲をあぜんとさせる。夜の闇に乗じて会社に忍び込み、目的のバラを頂戴(ちょうだい)することである。
3人の従業員は猛反対だが、エヴにクビをちらつかされ、やむなく加担。エヴとフレッドが実行犯、残りの2人は、守衛からの目くらませ役となり奇策を実行。電源を切り、真っ暗闇の中での作業はハラハラものだが、見事に成功する。
味をしめた3人は、ぜひ自分たちで世界に1つのバラを作りたいと意欲的に動き始め、とうとう、その年のパリ・バガテルの品評会で1位を獲得。大手会社の鼻を明かす。エヴと3人のド素人のコラボ(フランスでの「コラボ」の意味は、フランス人のナチス協力者を指し、忌み嫌われる語である)の快挙である。



背景に移民問題

 本作の狙いの1つが、3人の失業者(1人は受刑者)の出自である。この3人の登場のアイデアについてピノー監督はその狙いを語り、バラ園労働、ひいてはフランスにおける事情の背景を明らかにする。
ピノー監督は、3人の従業員の1人、サミールを移民2,3世と想定し、低学歴者の生活振りを描いている。移民たちは、取得学歴により、就くべき職業も違ってくる。この点を作品は衝(つ)いている。バラ園の従業員たちは、職業経験もなければ、学歴もない。
具体例として、サミールの存在がある。歴史的に、フランスは1830年の侵略からアルジェリアを植民地化し、1962年のアルジェリア独立戦争まで支配は続いた。収奪的植民地支配(原住民の生活より、植民者の利益を優先すること)でアルジェリアは疲弊し、多くの国民が移民として宗主国フランスへ移住した。
近年、ようやく1830年以来の植民地化に対し、仏大統領が謝罪した経緯がある。アルジェリア独立後、贖罪の意味を込めて、アルジェリア移民を優先的に受け入れ、彼らの多くに市民権も交付した。その子孫の1人がサミールだ。しかし、現状は、アルジェリア人移民は2等国民扱いで、その風潮は現在まで続いている。
今は経営難で苦しむバラ園のエヴと3人の従業員という、社会階層の違う人間たちの融合、皆が力を合わせれば困難も克服できることをうたい上げ、ピノー監督は「人間、誰でも輝くことができる」と、普遍的テーマを打ち出している。
例えるなら、バラ園という大きな鉢に人を出合わせ、そこでつながりと互いの尊重の精神がない交ぜにされ、人は輝くことができるという監督の確信がうっすらと見える。華やかなバラと、働く人間とのバランスが話を盛り上げる。





(文中敬称略)

《了》

5月28日より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

映像新聞2021年5月31日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家