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「第21回東京国際映画祭」レベル底上げ、堅調


 第21回東京国際映画祭は26日に閉幕した。
全体で約三百本が上映され、規模の拡大は今後の検討課題だ。
 コンペ部門、アジア部門を中心に見て感じたことは、レベルの底上げで全体的に堅調を保った。




最高賞「トルパン」自然と人間の対比面白い


 「トルパン」の受賞者

 「アンナと過した四日間」のイエジー・スコリモフスキ監督

 「8月のランチ」ジャンニ・ディ・グレゴリオ監督・主演

 今年、角川歴彦氏に代わり新チェアマンに就任した依田巽氏はエコ路線を打ち出し、カーペットをレッドからグリーンへと代えた。
 最高賞は今年のカンヌ映画祭「或る視点」部門、第一席(第二席は黒沢清監督の「トウキョウソナタ」)のカザフスタン作品「トルパン」が獲得した。

兵役を終え草原に戻った青年が同じ遊牧民の娘トルパンを見初め結婚を望むが…。悠揚迫らぬ自然と人間との対比が興味深い。
第二席はポーランドの巨匠、イエジー・スコリモフスキ監督の十七年振りの新作「アンナと過した四日間」だ。今作、今年のカンヌ映画祭監督週間のオープニングを飾った。若い男性が向かいの女性部屋を覗く行為を描き、映像表現の緻密さ、完成度の高さが抜きんでている。

 最優秀男優賞には、「パブリック・エナミー・ナンバー1」のヴァンサン・カッセルが選ばれた。70年代のフランス社会を騒がせた銀行強盗犯、ジャック・メスリーヌの犯行、逃亡、逮捕、脱獄、そして、警察による射殺と、彼の波乱に富んだ短い一生に迫るセミ・ドキュメンタリー・タッチの作品。心理面より行動に焦点を絞る手法が成功している。有力作品が他の映画祭にとられる中、東京での日仏同時上映は今回の金星。


発想の面白さでは、イタリアの「8月のランチ」が目を惹いた。母親と二人暮らしの無職の中年男、管理人や、掛かりつけの医者の母親たちを夏の間預かることになり、家の中は老婦人だらけ。彼女たちに振り廻される中年男。金では買えぬ豊かな生活が描かれている。そこには人間肯定のイタリア映画の伝統的な良さが出ている。




 「コトバのない冬」渡部篤郎監督と高岡早紀

 「ブタがいた教室」出演者・スタッフ

 コンペ部門の日本映画は「コトバのない冬」(渡部篤郎監督)と観客賞と審査員賞を獲得した「ブタがいた教室」(前田哲監督)の二本だ。「コトバのない冬」は言葉なしのコミュニケーションの可能性を探ったもの。今年の日本映画の収穫の一本。


「ブタがいた教室」は、ある小学校での実話の映画化。教材として飼育した豚が成長し、その豚を食べるか、飼うかの教室でのディスカッションドラマ。テーマの生命との向き合い方を脚本でもっと深めて欲しかった。
コンペ部門以外に根強い人気を持つアジアの風部門、今年も二一本と、数が多い(特集を除く)。それぞれの国の映画に通じたコアなファンがいることが驚きであった。





アジアの風部門「クロッシング」脱北者の運命描き傑出


 「クロッシング」監督と出演者

 この部門の白眉は韓国の「クロッシング」であろう。脱北者の物語で、父と残された妻子の壮絶なる運命、並のインパクトではない。今作、アカデミー賞外国映画部門韓国代表に決定。






 「行け行け!インド」監督

 「生きていく日々」

 アジアの快作は「行け行け!インド」だ。ボリウッドのスーパースター、シャー・ルク・カーンが女子ホッケーチームのコーチに就き、弱小チームを熱血指導し、栄冠をもたらす。スポーツものの興奮と感動が直に伝わる。

 香港のアン・ホイ監督の「生きていく日々」は、母娘と近所の老女との日常を採り上げたドラマ。庶民の慎ましやかな生活が淡々と描かれる。心に染みいるアン・ホイの世界だ。
 コンペ部門、芯となる作品があと数本欲しい。受賞結果は地味なアート系作品となった。


 人気部門、アジアの風、積極的に各国の新人を発掘し、映画祭の重要な使命を果している。日常生活や等身大の人間像の描き込みがこの部門の魅力だが、難しい作風の作品が増えた印象が残る。



(文中敬称略)
東京新聞朝刊 2008年10月30日掲載



中川洋吉・映画評論家