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「FIPA2008 (3) − 日本作品」

 今年の、日本からのノミネート作品は、ルポルタージュ部門に「激流中国、ある雑誌編集部 60日の攻防」1本であった。一作だけとは物足りなく、選考責任者のドゥロ総代表の決定を恨めしく思ったりした。しかし、FIPATELに5本と過去最高、この点では満足であった。FIPATELに選考された作品はいずれもレベルが高く、コンペ部門でも充分に通用するものであった。
今後、日本からの選考を増やすためには、日本作品の多様性を示し、認知度を高める意味でも、エントリー数を増やすことが最良策であろう。

日本出品作品

FIPAルポルタージュ部門
「激流中国、ある雑誌編集部 60日の攻防」(ディレクター 片岡利文、NHK)
FIPATEL
「性暴力を越えて」(ディレクター 青木美奈子、テレビ東京)ルポルタージュ部門
「証言記録、マニラ市街戦」(ディレクター 金本麻理子、NHK)ルポルタージュ部門
「石炭奇想曲」(ディレクター 後藤一也、北海道文化放送)ドキュメンタリー部門
「リトル・バグダッド」(ディレクター 新井雅樹、NHK)ドキュメンタリー部門
「ホッタチョケ」(ディレクター 阿佐部伸一、RKB毎日)ドキュメンタリー部門
 以上のFIPA 1本、FIPATEL 5本が選考された。

「激流中国、ある雑誌編集部 60日の攻防」

「激流中国、ある雑誌編集部60日の攻防」(c)NHK)
 本選へ唯一ノミネートされた「激流中国、…」は、NHKスペシャル、「激流中国」シリーズの1本で、ディレクターは、既に中国モノを何本も手懸けている片岡利文である。
 物語の舞台は、ある雑誌編集部であり、作品テーマは、出版における表現の自由である。
 冒頭、編集部の面々が写し出され、彼らは、編集長を除き、皆若い。
 筋は二つの事件を巡り展開される。初めは、加熱景気に沸く、現代中国の土地取引に端を発する事件である。再開発のために立退きを迫られる住民の1人が、何者かに襲われる。相手は、当然、開発業者の意を受けた人間と思われる。この件に関心を持った記者が、襲われた側の1人を取材し、事件の全貌の解明に努める。一見、単純に見える、この暴力事件、結局は、闇に埋もれ、解決策が見えない。実にもどかしい気分にさせられるが、一雑誌の究明能力の限界が見てとれる。もう一話は、拉致された女性への取材である。イマドキ今時、このようなことが起きるのかと、信じられない思いだ。
 現代中国では未だに人身売買が公然と行われ、嫁の来手のない農村では、貧農の女性が、嫁兼労働力として売られる。この話に惹かれ、別の記者が僻地へ飛び取材を開始する。
 売られた女性は、村で教員になっていた。本来、1人であるはずの教員が2人いる。もう1人の女性教員は、彼女の見張り役である。村に残る女性は、村ぐるみで監視され、行政までそれに加わる。優秀な彼女は教員に抜擢され村に留まっているが、他の買われた女性たちは、逃げ出したり、自殺したりと、村の境遇から何とか脱出することを試みている。
 今まで、官製報道機関しかなかった中国でも、現在は、民間ジャーナリズムが登場している。そこで、編集者を一番悩ますのが、表現の自由の問題である。片岡ディレクターは、雑誌事情調査のため、中国政府にビザを申請したが、僅か2ヶ月の滞在しか許可されず、この有効期間一杯を使い、作品を完成させた。



片岡作品への反応

FIPA2008インタヴューを受ける片岡ディレクター

「激流中国、…」の反応は上々だった。上映後に、中学生グループ、高校生グループ、専門学校グループからの集団インタヴュー(ティーチ・イン)を受けた。又、FIPATELにおけるモニターのヒット数は26回であった。この数字、ルポルタージュ部門金賞「夜の住人たち」の13回や、銀賞「3度の離婚」の11回を大きく上回った。より多くの、主としてヨーロッパのテレビ買い付け担当者の目に触れたことになる。ヒットの総計時間は、
12時間15分3秒である。金賞作品でも5時間弱であり、「激流中国、…」への関心の高さがうかがわれる。


ティーチ・イン

片岡ディレクターは、学生たちとのティーチ・インでは、作品の内容、中国の現状、ドキュメンタリー作家としての姿勢などについて、質問に答えた。
 作品内容では、拉致された女性教員のその後について質問が出た。この事件、雑誌のお蔭で大々的に中国全体に知れ渡り、行政当局の干渉も控え目になった。しかし、彼女は相変わらず村に留まっているが、周囲の状況が大きく変わり、以前ほどの圧迫感はなくなったとのこと。貧しさ故に娘を売り飛ばした父親とは、その後再会を果した。
 作家の姿勢について、彼の主張は大変興味深い。撮影は、最初から想定される答えに沿い、結論を導く手法が一般的であるが、「激流中国、…」は、撮影をしながら解答を探し求めた。片岡ディレクターは、中国には表現の自由があるか、ないかとの二者択一的アプローチを採らなかった。そして、ジャーナリストとしてプロパガンダと、ジャーナリズムの違いを見ることが、今撮影の目的であった。
 彼と懇談したドゥロ総代表は、この作品について、二者択一を迫る描き方をしていない点を評価したと、述べている。
 片岡ディレクターによれば、中国人ジャーナリストは自分を持ち、自分の意見を如何に潜り込ませるかに腐心している。そこに検閲との闘いがあるが、彼らは刀を振り上げての白兵戦では望む成果が得られないことを熟知している。それは、日常の何気ない装いの中で、言うべきことを述べる姿勢なのだ。
 若い学生相手に、ジャーナリストの大事な心構えについても述べた。それは、取材する相手に対し常に敬意を持って接することで、上からの視線で見てはいけないということだ。

「石炭奇想曲」

「石炭奇想曲」(c)北海道文化放送

北海道文化放送の「石炭奇想曲」も、FIPATELで注目を浴びた一作である。夕張の困難な状況と坑夫のその後の暮らしを追い、廃坑、町の凋落、そして、生きる人々との組み合わせの面白さがある。特に、坑夫が経験を生かしベトナムで指導に当たるシーンなどは、ドキュメンタリーの面白さを味あわせてくれる。
 この作品も、FIPATELのヒット時間が3時間弱と、多くの人に見られた。


「性暴力を越えて」
 
「性暴力を越えて」(c)テレビ東京
 注目すべき作品であり、もっと見られて良い、テーマの強さを持っている。
 強姦被害に遭った、主人公の女性は泣き寝入りせず、実名を公開し、マスクなしでカメラの前に立つ。我が国では、30分に1人の女性が強姦の被害に遭っている統計があるが、被害者の多くは、被害について語らない。そのような状況下で、同じ被害者のために何か出来ないと主人公は思い立つ。それは、被害者の支援者ではなく、卑劣な犯罪の伝達者にならんとして、性犯罪と向き合うことである。
 この作品を見た時、世の中には何とマット全うな人がいるものと感動させられた。それ程、彼女の存在は強い。
 稀有な素材に巡り合ったテレビ東京のチームは、貴重な体験を共有出来たはずだ。ドキュメンタリー制作者ならではの醍醐味であろう。
 登場する主人公の生き方は、敬服の一語である。



おわりに

「リトル・バグダッド」(c)NHK
 コンペ部門にノミネートされた「激流中国、…」は、内容、評判などが良く、FIPA初の日本作品授賞の期待を抱かせた。しかし、結果は選外であった。同様なことは、内容が良くとも、コンペ部門ではなくFIPATELに留まった「石炭奇想曲」、「証言記録、マニラ市街戦」(NHK)、「リトル・バグダッド」(NHK)にも言える。賞は、審査員の判断という原則通りなのだ。残念なことであるが、彼らのお眼鏡にかなわねばならない。
 
「証言記録、マニラ市街戦」(c)NHK

クロージング・セレモニー後のレセプションで、片岡作品について、彼と一緒に審査員の1人に話を聞いた。
 ナレーションを多用せず、出来るだけ映像で押せとのことだった。又、審査員5人のうち4人が監督であり、どうしても、テーマよりも演出に重点が置かれるとも語った。もっともな意見ではあるが、審査員構成が変われば、別の視点が当然出てくるであろう。ナレーションを多用する日本のドキュメンタリー作りを見直す必要はなく、自分のスタイルに固執しても構わない。そこから個性や独自性が生れる。
 今年は、コンペ部門以外にFIPATEL出品の北海道文化放送、テレビ東京のチームが作品を携えて参加した。このような参加は初めてであり、今後も、なるべく多くの制作者の参加を切に望みたい。





映像新聞 2008年3月17日掲載
(文中敬称略)
《了》
           

中川洋吉・映画評論家