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「フランス映画センターの助成システム」


CNC ソンシノ氏
(c)八玉企画

 CNC(フランス映画センター)については度々本紙で触れ、映画産業、映像(テレビ)産業の資金拠出により成立つ文化省直属の映画振興組織であることを説明してきた。その年間予算約5億ユーロ(邦貨650億円、1ユーロ=130円換算)総てが映画、映像産業に還元される。
このシステムの最大の特徴は、自動助成と選択助成にある。自動助成とは、CNCに登録した映画作品の興行成績に比例し、一定割合の製作費が製作者に戻されるもので、製作者は、その資金を次回作に当てる。この自動助成は全予算中31%と、最大の支出だ。
一方、選択助成も20%を占め、その中に製作費前貸し制度(以下アヴァンス)がある。


製作費前貸し制度(アヴァンス)

 自動助成は産業界からの拠出金を今一度映画・映像産業へ還元し、文化のリサイクル的性格を持つ。また、産業界の互助組織としての特質を兼ね備えている。言うならば、ヒット作はその分多く還元の恩恵に与かるが、それはCNCへより多くを拠出しているためである。この制度により映画産業一社ではなく、産業全体の振興に多大な寄与をしている。
 他に、選択助成費用にアヴァンス制度がある。こちらは、営利を目的としない助成であり、本稿では、今年1月末に取材したCNC選択助成・長篇部門チーフ補のトマ・ソンシノから詳しい説明を受けた。彼は在アルゼンチン、フランス大使館文化部映像担当官を勤め、現在のCNCオフィスには、新東宝の久保菜穂子主演作品ポスターが飾られ、相当なシネフィルとお見受けした。


新人監督の発掘に貢献

 彼によれば、アヴァンス制度の基本理念は、
「この制度は、新人監督助成を目的とし、必ずしも新人だけではなく、多くの著名監督がこの制度の恩恵に浴している」。
 フランス映画が永い間、産業としての健康体を保持しているのは、勿論、CNCの存在に依拠している。その中で、非常に特徴ある助成がアヴァンス制度である。この制度のおかげで、どれだけ多くの新人、そして女性監督が世に出られたか、その貢献は強調してもし過ぎることはない。例えば、若手女性監督の場合、この制度がなければ先ず、世に出られなかったと言われている。日本の場合、女性に限らず若手監督が、頑張って第一作目を撮るが、その後が続かないことが多い。このような制度が日本にあれば、二作目、三作目が撮れたはずの新人監督が大勢存在する事実がある。このアヴァンス制度、発足の趣旨から、非営利であり、黒字にならない限り返済の義務は生じない。実際、多くの作品は赤字であり、返済は殆んどないのが実情だが、ソンシノに言わせれば、自身が責任者の手前、数本の黒字作品があると強調している。その一例が、2008年カンヌ映画祭パルム・ドール(最高賞)を獲得したロラン・カンテ作品「クラス」(岩波ホールで上映決定)は返済例である。因みに、本作はCNCのアヴァンスから40万ユーロ(邦貨5200万円)を助成され、この額は公称予算のほぼ15%にあたる。


歴史

 1946年に設立されたCNCは、自動助成中心であった。しかし、59年、60年の映画入場者減が顕著となり、時の文化相、アンドレ・マルロがアヴァンス制度を59年に導入した。スターによる大手プロダクション製作でない意欲的な作品、映画的価値のある作品の製作奨励を意図として国家機関が実施するフランス独特の文化優先政策である。マルロ文化相は著名な作家であり、文化に造詣の深い政治家であった。この開明的なマルロは、後のド・ゴール大統領政権下の68年に、同じく文化相の任にあった。この時に、シネマテック館長アンリ・ラングロワ解任事件が起き、若手映画人と対立したことは広く知られている。この若手監督グループは、ラングロワ解任事件後、五月革命の勢いに乗り、第21回カンヌ映画祭粉砕を叫び、中止に追い込んだ。
 この59年には特別の意味がある。ゴダールの「勝手にしやがれ」(59)、トリュフォの「大人は判ってくれない」(59)、クロード・シャブロルの「いとこ同士」(59)が世に出たことでも知られている。このアヴァンス制度により、より多くのヌーヴェル・ヴァーグを含む新人監督たちを輩出した。このように、ヌーヴェル・ヴァーグはアヴァンス制度に負うところが大きい。


観客動員数

 マルロ文化相は観客動員数減に反応し、アヴァンス制度を直ぐに立ち上げた。当時のフランス映画の観客動員数は、終戦後45年から58年までが最盛期で、3億6千万人から4億2300万人の間であった。58年から70年までは4億1200万人の観客が1億8200万人と激減した。丁度、この激減期にアヴァンス制度が対症療法として登場した。その後70年代は映画産業の危機が叫ばれ、1億7千万人台で推移した。60年前後は世界的に観客動員数が減少したが、それはテレビの放送開始のためであった。この低迷状態からの脱出は、ほぼ90年代まで続き、1億7千万〜8千万人の状態が現在まで続いている。
 数字的に見ると57年の観客動員数は4億1700万人、そして翌58年は3億7100万人と、4億台を大きく割り込み、これがもとでアヴァンス制度が誕生した。因みに、フランスの最高動員数は47年の4億2370万人と、終戦直後の娯楽のない時代であった。最低は91年の1億1750万人であり、08年は1億7750万人である。この10年、1億5千万人台から1億9千万人台と上下傾向を示している。その原因はメガヒットの有無で、例えば「タイタニック」(98)の時は数字が跳ね上がっている。参考までに、日本の場合、2008年は1億6049万人、最高は58年(昭33年)の11億2745万人、最低は96年(平8年)1億1957万人と、ここ数年は1億6千万人台が続いている。



審査部会

 コレージュと呼ばれる部会は3班編成。3部会には共通の会長、それぞれの部会には副会長がいる。第1、第2部会は7名、第3部会は11名のメンバーが更に加わる。
 会長は文化相の指名で、メンバーは映画関係者を中心に、作家も含まれる。会長職は映画・映像関係の有識者、副会長はプロデューサーに割り振られる。現会長は独仏教養番組の公共放送「アルテ」の製作部門ディレクター出身のピエール・シュヴァリエである。
 役割分担は、第1、第2は製作前作品、第3は製作後作品を対象とする。そして、第1は第一回作品、第2は第二回以降の作品が選考され、この両部門、シナリオ選考となる。第3は作品上映選考である。
 このように、新人助成を主眼とし、それに加え、準新人、そして時には既に実績を残している監督作品も対象となる。但し、その場合は予算助成が必要な作品に限られる。これらの部会には、以前、メンバーとして女優のジャンヌ・モローやイザベル・ユペールが名を連ねていた。現在、我々日本人に馴染みのあるメンバーとして、第2部会副会長のミッシェル・レイ=ガブラス(プロデューサー、コスタ=ガブラス夫人)や映画監督、ブルノ・デュモン、ベルトラン・ボネロ、撮影監督のカロリーヌ・シャンプチエなどの名が見える。
 2007年のアヴァンス助成は53本、全体の応募数は618本と競争率は高い。内容的には大多数がフィクションで、ドキュメンタリーが60本と続き、若干のアニメが加わる。助成額が一番多いのがフィクションであり、製作費の少ないドキュメンタリーは助成額も低い。
 助成全体額は2005万ユーロ(邦貨26億650万円)、一本当りの平均助成額は37万1300ユーロ(邦貨4837万円)でフィクションでは全体予算の15.2%をカバーする。新人監督の中にはこの助成額だけで一本製作する話もある。


終わりに  映画界の新陳代謝効果も

 CNCシステムの中で注目すべき助成が、選択助成のアヴァンス制度である。フランスの年間製作本数の中にあり、第1回、第2回製作作品が全体の46%と驚くべき数字がある。制度的に新人助成を保証するアヴァンスは、新人の発掘以外に、フランス映画界の新陳代謝、若返りにも貢献している。
 これは映画産業界全体に対する振興策であり、我が国も、新人助成制度額の拡大を図り、若い才能を世に出す仕組みの更なる進展が望まれる。







(文中敬称略)
  《終》
2009年5月4日号 映像新聞掲載

中川洋吉・映画評論家