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「フランス映画センターの映画教育事業」
学校上映で若い観客を発掘


CNC制作による「コレージュ」のテキスト

 CNC(フランス国立映画センター)は、産業界から拠出された資金をリサイクルし、映画・映像産業に還元する役割を担っている。このリサイクルがCNCの主要な任務であり、割かれる予算も一番多い。これ以外に、映画振興のために、若い観客を掘り起こすプロジェクトで、小学校から高校までの生徒を対象とする「コレージュでの映画」(以下コレージュ−コレージュとは本来中学の意)と呼ぶ学校映画上映運動がある。
映画産業振興の基底は観客であり、その観客の掘り起しが助成とは別の事業としてCNCは手懸けている。CNCのパリ本部で芸術教育部門チーム責任者のピエール・フォルニから、このプロジェクトの詳細の説明を受けた。



20年前に発足した「コレージュ」

 このプロジェクトでは学校或いは地域の映画館で映画を見せ、それについて学ぶもので、CNCが教育省、興行主(映画館主)、配給会社と提携する共同作業だ。
 テレビゲームやアメリカ映画に走り勝ちな生徒たちに多様な作品を見せ、映画に対する見識をもたすことを目的としている。


その歴史

 このプロジェクトは既に20年前1989年から始められた。当初は、それほどの成果が期待されず、長続きしないと一般的に考えられていた。その経緯は、このプロジェクトの立ち上げから関わったフォルニが詳しい。
「このコレージュ構想が芽生えたのは87年初頭。当時、若者たちはテレビやビデオ中心で、映画館へ足を運ばなくなり、我が国(フランス)においては全体の映画人口の中で、とりわけ若年層にかげりが見え始めた。そこでCNCが打ち出したのは、若者たちが来るのを待つより、積極的に彼らにアプローチを掛ける方針が検討された。
 それは、FNCF(フランス興行者連盟)が『映画クラス』構想を教育省に持ちかけたことが発端となった。内容は学校内で大型スクリーンによる映画史に残る何本かの作品を見せるものであった。そして、この構想は、当時のシネマテック会長で映画監督コスタ・ガヴラスの協力を得て進められた。先ず、中学1年生に年間10本の作品を学期中に見せるものであった。1年生は、多様な作品群に触れる−ドラマ、推理もの、西部劇、ドキュメンタリーなど。2年生は映画史に重きを置いた作品−表現主義、アメリカのコメディ、ネオリアリズモ、フランスの前衛映画など。3年生は映画製作の実際−製作、撮影、音響録音、音楽、演技などと、この構想体系が具体化してきた。そして、より一層の進展を図るために、教育省主導で88年に全体会議が開かれた。
 対象はフランス全土ではなく、態勢の整った数県から始めることとなる。そして、地方の映画振興エージェンシーADRCが実務を担当し、入場料は生徒1人あたり10フラン(当時の為替レートで大体170〜180円)に決められ、費用は学校と地方行政が分担することも決めた。そして『映画クラス』は『コレージュ』と名称変更され、89年、ジャック・ラング文化相の時代に正式にこのプロジェクトが発足した。フランスでは、フランソワ・ミッテラン社会党政権のジャック・ラング文化相の下で、映画・映像に関する公的助成を大きく発展させた」


20年間の足跡

 1989年:7県で実施。参加中学 46校、生徒数 10469名、上映作品数 4本。
 2009年(20年後):91県で実施。参加中学 3500校、生徒数 50万名、上映作品数48本。
 この20年で一部の県のみで実施された「コレージュ」は20年後にほぼフランス全土に拡大、浸透したことが分かる。その間、対象範囲が小学校、高校へと拡大された。
 第1回の生徒用に選ばれた作品は、「天国の日々」(78)(米、テレンス・マリック監督)、「ゲームの規則」(39)(仏、ジャン・ルノアール監督)、「密告」(43)(仏、アンリ=ジョルジュ・クルゾ監督)、「大盗賊」(61)(仏、フィリップ・ド・ブロカ監督)の4本で、教育的配慮がされた作品選考の意図が理解できる。ただし、「ゲームの規則」は一部生徒には難しかったとのこと。


バカロレア(大学入学資格試験)

 フランス教育制度で独特なのがバカロレアである。リセ(高校)最終学年終了前に実施される全国一斉試験で、これをパスすると大学入学資格が無条件で与えられる。文系、理系があり、文系に哲学、文学があり、その中に芸術系が含まれるようになった。
 この芸術系をバカロレアに含めることに、当初、保護者や教員から、学校とは読み書きを習う場であり、不要との声が多かった。この傾向が変わり始めたのはジャック・ラング文化相の積極的な後押しの後だ。
 生徒は、芸術系の中の映画、演劇などをそれぞれ選び、映画の場合週4〜6時間の授業、年間3本の映画を見ることとなる。映画の見せ方は、学内の場合は大型スクリーンと映写機を持ち込み、オリジナル言語版で上映する。そして、生徒は鑑賞した作品について学び、使用テキストはCNCが作成する。



テキスト

 使用するテキストは25ページのカラー版で、筋書き紹介の鑑賞プログラムとは異なり、映画研究色が強い。
 例えば、ロマン・ポランスキー監督の「吸血鬼」(67)はお馴染みのドラキュラものである。これを主として分析、ドラマ構成を中心に編集され、このスタイルは、フランスに於ける映画批評の雛型といえるものだ。内容は監督と彼自身の世界の紹介、製作の契機、登場人物、コンテ(撮影台本、カットの指定など)、ドラマツルギー(作劇術)、場面分析、演出など、そして、映画を多面的に見せ、論理を積み重ねるもので、我が国で採られていない映画教育手法だ。
 このテキストは無料で配布され、既に、2008年12月現在167号まで刊行されている。



興行主、配給会社との提携

 このプロジェクト、主たる目標は新たな若い映画観客層の開拓である。そのために、CNCは状態の良いプリントの提供を心がけている。プリントを焼く費用はCNCの負担。上映は、学内以外に一般の映画館、地方で映画館のない市町村では公民館を会場として使用。この上映、映画館で行う場合は、第1回目、客の薄いモーニングショーの時間帯が当てられる。
 注目すべきことは、この上映が総て有料であることだ。興行主、配給会社には応分の支払いが保証される。具体的には、入場料は生徒1人あたり2.5ユーロ(325円)と低価格に設定されている。実際2ユーロ強であれば、カフェでのコーヒー1杯分である。
 CNCが焼いたプリントが配給会社に貸与され、それが会場側に渡される。この上映は非営利活動ではなく一般上映であり、収入は会場側が70%、配給会社へ30%が配分される。地方の市町村では、会場まで遠い場合、バスを借り上げ生徒を会場まで運ぶが、費用は地方行政とCNCの負担となる。上映の場として、学校や映画館は約1500、スクリーン数は2000にのぼる。
 教室でのDVD上映は原則的に禁止で、必要な場合は専門業者から1本当り90〜100ユーロ(11700円〜13000円)の賃貸料の支払いが義務づけられている。これは海賊版対策であり、著作権意識が高いフランスらしい。日本では、学校でのDVD上映、非営利活動とされ、支払いの義務は発生しない。
 「コレージュ」システム、韓国のKOFA(韓国映像資料院−日本のフィルム・センターに当る国家組織)が採り入れている。大型トラックにスクリーンと機械を積み、各地に出掛けその場で上映するもので、そのものずばり「訪ねて行く映画館」と呼んでいる。


地味だが必要な施策

 CNC活動の大部分は徴収した資金をリサイクルし、映画産業を活性化させるものである。しかし、将来を見据えた事業として、若年観客層の掘り起こしを意図とする「コレージュ」がある。ここに物事を長い目で見る視点の深さが感じられる。若者に、いかに良い映画、古今東西の名作を見せるかの組織的対策であり、我が国でも一定額の助成があれば可能ではなかろうか。映画の底辺を広げる試みとして有効と考えられる。





(文中敬称略)
  《終》
2009年5月11日号 映像新聞掲載

中川洋吉・映画評論家