現実を抉るドキュメンタリーの眼
テレビのドキュメンタリー番組に関心をもつ東京在住者にとり、悩みがある。一つは殆んどの番組が深夜枠であること、地方局の番組の多くが見られぬことであり、この問題は大変に悩ましい。勿論、地方在住者には逆のケースとなる。
つい先頃までは、テレビ局の広告収入減に伴う、制作費削減措置によるドキュメンタリー復権が見られた。プライム・タイムでの放映であり、待望久しいドキュメンタリー復権と思えた。しかし、番組は芸能人闘病記に代表されるワイド・ショーの延長のような番組まで現れ、テレビ朝日の「鳥越俊太郎のザ・スクープ」的な重厚な番組ではなかった。
また、一部の番組は既に撤退している。やはり、ドキュメンタリーはまだまだ片隅の存在という我が国の現状をはっきり認識した方が良い。
しかし、内容的には優秀な制作者たちが、現実の社会問題に斬り込み、ドキュメンタリーを陽の当たる場へと引き出すべく真摯な努力を傾けている。
このドキュメンタリーで賞を得た作品をテレビ局の枠を越え放映されたのが、NHKBS−2「ザ・ベスト・テレビ」(6月14日、21日放映)である。
NHKのETV,NHKスペシャルにはドキュメンタリー制作の人材が目白押しである。
今年初頭、1月のフランス・ビアリッツ市での「FIPA」(国際テレビ映像フェスティヴァル)では、ルポルタージュ部門でNHKスペシャル「激流中国 病人大行列〜13億人の医療」が金賞受賞(最高賞)、その波及効果で、6月の「モンテカルロ・テレビ祭」で同番組がドキュメンタリー部門で最優秀賞受賞と、国際的に高い評価を受けた。アメリカを除けば、NHKは世界的に英国の「BBC」、フランスの「フランス・テレビション」と肩を並べる存在といえる。
特筆すべきシリーズとして「シリーズBC級戦犯」がある。シリーズ第一回は「韓国人BC級戦犯の悲劇」(ディレクター 渡辺孝)で、日本軍のために戦った韓国人兵士への今も続く、日本の加害責任を衝くもの。日本人の兵隊にはあり、韓国人たちには帰る場所のない無念さ。日本敗戦、韓国解放(昭20年)時、祖国に帰国した彼らを待つのは日本協力者しての国内での冷遇であった。1965年(昭40年)に締結された日韓条約で補償問題は解決済みとする日本政府公式見解だけでは済まされぬ、重要な問題が提起されている。
もう1本、丹念な取材で描き込んだ「"集団自決"戦後64年の告発〜沖縄・渡嘉敷島〜」(ディレクター豊田研吾、伊藤王樹)は見応えがある、NHKならではの番組である。渡嘉敷島の住民の集団自決の生き残り老人の証言で構成されている。「生きて虜囚の辱めを受けず」の戦陣訓を信じ、肉親、兄弟を手に掛けた老人の悔悟と国家不信の声が見る者に強く迫る。沖縄からの米軍撤退を真剣に求めて良い時期に来ていると思う。優れた歴史の証言だ。
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「沸騰都市 シンガポール」
(c)NHK
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NHKが得意とする外国を舞台とするシリーズ、NHKスペシャル「沸騰都市(最終回)シンガポール」(ディレクター 高木徹)は、リーマンショックを挟み、世界経済の発展と凋落を伝えるもの。当初の企画ではドバイ、シンガポールを代表とする、爆発的に発展する各都市を検証するものであったと思われる。それがリーマンショックに端を発する世界的危機で、発展が頓挫する一幕が偶然入り込んだ。この経済的繁栄一点張りの中にあり、負け組みとされる人々がむしろホッとし、自己を取り戻すサマが興味深い。調査、取材に手が入っている。
ドキュメンタリーの特性として、時代の直接的(或いは第一次)証言となりうる側面がある。それに当てはまるのが、ETV特集「東京・山谷 最後を生きる(ディレクター 浜田孝弘)がある。舞台は山谷の宿泊施設。入居者は生活保護を受ける、高度成長を支えた労働者たち。彼らは、派遣切りの影響をモロに受け、仕事はなく、更に、今までの重労働、生活苦のため病気を抱える。彼らの多くは、日本人の平均寿命以前に逝くが、施設のスタッフは臨終の際「長い間ご苦労様」と声を掛ける。スタッフとボランティア、そして週一回の医師訪問。驚くべきことは、それが生活保護費で賄われていることだ。しかし、良く考えると、やはりおかしい。個人の善意だけで支えるには重過ぎ、国のセーフティネットの不足が痛感される。今を撃つ番組だ。
地方局にも秀作ドキュメント NNNドキュメント09 |
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「足利事件」(c)NTV
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東京地区で地方局番組が系統的に見られるのは、NTV系「NNNドキュメント09」であろう。地方ならではの問題提起に力がある。
キー局製作「足利事件、暴かれた冤罪−700日の取材記録」(ディレクター 田中尚)。ここ最近、社会面を賑わせて足利えん罪事件の記録である。この事件に疑問を持った取材記者の記録であり、ディレクター以外に、別途、取材者を立てる構成は珍しい。丹念な取材により、検察側の主張が徐々に綻びを見せ、最終的にはDNA鑑定の不完全さがが暴露され、無罪へと導かれる経過がつぶさに展開される。力作である。
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「大河は誰のもの」
(c)テレビ新潟
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もう1本、NTV系列局番組で見逃せないのがテレビ新潟制作の「大河は誰のもの」(ディレクター 竹野和治)。JR東日本の信濃川不正取水への告発である。大河のはずの信濃川がやせ細り、地元住民や市が不審に思い、JR東日本に調査、問い合わせるが、正常取水とゴーマンをかまされ続ける。最終的には情報公開請求により不正取水をJR東日本は認めざるを得ず、手のひらを返すように低姿勢に転じた経緯がある。地方の固有問題を、一企業の利益のために犠牲にされる住民の側からの視点で描くもので、問題提起の大きさに、改めて、テレビの持つ影響力の強さを感じさせる。
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「夫はなぜ、死んだのか」
(c)毎日放送
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テレビドキュメンタリーに対し常に鋭い分析と批評をする放送作家、石井彰氏が東京新聞朝刊ラジオ・テレビ欄の「言いたい放談」(6月9日掲載)で、「TBS系の地方局に全国では未放映の、優れたドキュメンタリー番組がたくさんある」と指摘している。
TBS系列を始めとする地方局のドキュメンタリーを東京でも上映する試みが、阿佐ヶ谷のライヴハウス「阿佐ヶ谷ロフト」(TEL:
03-5929-3445)で、毎月第三水曜日に催される。そこで毎日放送制作「夫はなぜ死んだのか〜過労死認定の厚い壁」(ディレクター 奥田雅治)、(2009年、NHKBS−2「ザ・ベスト・テレビ」で2009年6月21日放映)
トヨタ勤務の夫の過労死と認定を求める未亡人の闘争を描くもので、人間性否定の企業の論理に一人で立ち向かう、未亡人の思いの熱さが伝わる。人間らしく生きられず、それをも認めまいとする会社風土に対する痛烈な批判である。見るべき一作。
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「光市母子殺人事件」
(c)東海テレビ
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死刑制度を正面から見据えた、フジテレビ系列、東海テレビ制作「光と影〜光市母子殺人事件 弁護団の300日」は上半期の収穫に間違いない。少年事件に対する死刑判決と、それに対する、被害者意識をむき出しにした非難の嵐の中、死刑回避を主張する弁護団をプロデューサーの阿武野勝彦は、弁護団側から問題を掘り下げてみせた。死刑制度廃止を願う側からの本格的主張である。小泉政権後の社会的風潮となった「自己責任」、「厳罰主義」に対し一石を投じている。
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「台湾人生」(c)台湾人生
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「風のかたち」(c)いせFILM
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テレビだけではなく、劇場公開作品では、「ポレポレ東中野」(TEL:
03-3371-0088)を拠点とするドキュメンタリー群に勢いがあった。本橋成一監督の「バオバヴの記憶」は映像詩を思わす流麗なイメージから、人間の生き方、在り方が問い掛けられた。酒井充子監督の「台湾人生」のかつての日本人だった台湾人たちの生の声と、日本への懐かしさ、植民地化された悔しさのホロ苦さが描かれている。もう1本、8月1日から28日まで公開の伊勢真一監督の「風のかたち」は難病とされる小児ガンと彼らに寄り添う医師との10年に渉る交流の記録だ。ここには生の輝きがある。毎夏の医師と子供たちの夏季キャンプで、医師が「ここに来られなかった仲間を思うと・・・」と声を詰まらせるシーンに胸を衝かれる。
これらの劇場ドキュメンタリーも注目せねばならない。作り手の思いの深さと熱さが肌で感じられる。
(文中敬称略)
《了》
2009年8月24日号 映像新聞掲載
中川洋吉・映画評論家
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