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「ドイツ映画祭2009」が新宿バルト9で開催」

−力作ぞろいのラインアップ−

 今年のドイツ映画祭は、10月15日から18日まで新宿・バルト9で開催された。ドイツ映画輸出公団と日本のドイツ文化センターの共催で、一昨年までの共催者であった朝日新聞社の参加はなかった。昨年からの、映画祭会場として興行的に不安視された新宿での開催は、主催者の心配を吹き飛ばすほどの動員で、満席の回も珍しくなかった。ドイツ映画祭の新宿開催が定着し、土地柄、若者の来場が増え、主催者側を喜ばせた。
出品作品は予算的制約があり、小規模ながら、6本の新作が上映された。それら総てが見るべき作品であった。また、ミニ特集として、過去のヒット作品3本が併行上映された。


若手・中堅のそれぞれが活躍

ファティ・アキン監督

 一言でいえば、力作、大作揃いの「ドイツ映画祭2009」のラインアップであった。当初、上映プログラムを見た限り、知られている名前はファティ・アキン監督くらいで、一寸地味な印象を受けたが、杞憂であった。
ドイツ映画は戦前から、フランス映画と並び、芸術性の高さで多くの知識人を惹きつけた。その傾向は50年代、60年代まで続くが、その後は日本のマーケットを席巻するアメリカ映画に押され、輸入本数が激減した。ドイツ映画輸出振興のために2002年から東京のドイツ文化センター主催のドイツ映画祭が開かれ、2005年から朝日新聞社の共催を得て、本格的な映画祭へと衣替えし現在に至った経緯がある。


ヨーロッパ系映画祭として「フランス映画祭 東京」が毎年開催され、業界やファンの間ではその存在が広く知られているが、出品された作品の配給が中々つかず映画祭上映だけで終るケースが多い。「ドイツ映画祭」は「フランス映画祭」の3分の1程度の規模だが、やはり、一般公開のハードルは高い。現在の我が国の映画マーケットでは、アメリカの勢いが伸び悩み、これに反し日本映画が勢いづいている。これは世界的傾向と軌を一(イツ)にしている。ヨーロッパ映画は、その谷間に埋もれ、独自の存在感を出すのに大変な苦心を強いられているのが現状である。


このような状況の中、ドイツが、作品内容で勝負に出てくることは大変に心強い。
「ドイツ映画祭」における日本側の選考アドヴァイザーの瀬川祐司は、ドイツ映画の特色と今後のあり方について興味深い分析を披露している。今年は「ベルリンの壁崩壊20周年」にあたり、ドイツ史や旧東ドイツに焦点を当てた作品の増加を予測。そして、〈死〉と〈老いること〉が重要なテーマとなり、異文化との融合と摩擦の問題が存在感を増すであろうと鋭く指摘している。


「SOUL KITCHEN」

 今映画祭の目玉である、ドイツ映画の若き旗手ファティ・アキン監督の「SOUL KITCHEN」が話題を集めた。アキン監督は若手でありながら作品の殆んどが日本で公開されている、数少ないドイツ人監督である。最近では「そして、私たちは愛に帰る」(07)でドイツ、トルコの若者の問題を扱い、2007年カンヌ映画祭で、観客賞と最優秀脚本賞を受賞している。今作の物語の舞台はアキン監督が生まれ育ったハンブルグ市で、場末の吹き溜まりのような寂(サビ)れた街外れの工場跡に、食堂「SOUL KITCHEN」がある。客種も悪く、料理も粗っぽい。主人公の青年は食堂のオーナー兼料理人で、トルコ系ではなく、ギリシャ系としている。

店の経営ははかばかしくなく、恋人は仕事で上海に赴任し、ヤケ気味の毎日。そこへ、刑務所を仮出所した弟が入り込み、その上小学校時代の旧友の不動産屋が再開発を目論み、食堂の土地を狙う。恋人恋しさに、とうとう彼は店を弟に譲り、上海行きを決意するが、彼女は既に心変わりをし、弟に任せた食堂はインチキ賭博で不動産屋に巻き上げられる。やること、なすこと総て野卑でガサツな兄弟の立ち居振舞い、ドイツ社会に於ける低所得、低教育程度のトルコ系移民のメタファーであり、この辺りはアキン監督の意図的な狙いだ。そして、そこには監督のトルコ人移民2世の強烈な自意識がはっきり見える。彼はトルコ系住民にドイツ人と同等の権利を求めた1世と異なり、ドイツ社会の中に既に形式的に組み込まれた2世としてのアイデンティティを追求している。ここにアキン作品の底にある異文化に対する融合と摩擦への問題意識がうかがえる。これこそがアキン作品の面白さだ。


 今作はシリアスなストーリーではなく、コメディタッチで、彼一流の弾むような展開と相俟って、コメディがパワーアップしている。ラストの競売に付された食堂を買い戻す時に、競争相手が誤ってYシャツのボタンを呑み込み咳込む間にウマウマと手に入れる信じがたいギャグは見物(ミモノ)だ。また、ギックリ腰の主人公が万策尽き、トルコの伝統的民間治療を受けるシーン、単なる強引な牽引療法だが、男が泣きわめくほどの苦痛、見る側は大笑い。とにかく、ハジケテ、楽しい。次はどんな作品をぶつけるか期待大。


「冬の贈りもの」

「冬の贈りもの」

 人間の内面を照らし出すのが「冬の贈りもの」である。「名もなきアフリカの地で」(01)で注目され、その後順調にキャリアを積む女流監督カロリーネ・リンク作品である。
今映画祭ではアキン監督と並び彼女の最新作が注目された。
物語はミュンヘン近郊の豪邸に住む一家。冒頭シーンで、青年が雪と戯れ、それを母親が満面の笑みを浮かべてビデオ撮影。その2人を室内から醒めた表情で眺める女子大生の姉、何か起りそうな気配。母親が画家のアトリエを訪れ、子供たちの肖像画を依頼する。裕福な一家と成功している画家、総てが順風満帆に運んでいる様子が見てとれる。姉がモデルとしてアトリエにやってくるところから、物語は複層的な展開を遂げる。一家は空中分解寸前、画家は妻子と別れ一人暮らし。表面的な豊かさと内面の空白の対比が軸となる。
心の深層という形にし難い素材が適確に捉えられ、観念的でないところがこの作品の強味である。肖像画を通し暴かれる人の心の奥底、発想が良い。主役のカロリーネ・ヘアフルト、華奢な容姿と、青春期独特の不安定な雰囲気を醸し出し、目を見張る存在だ。

「赤い点」

「赤い点」
 過去のドイツ映画祭では日本を舞台としたり、日本人を主人公とする作品が採り上げられた。今回は日本人女流監督、宮山麻里枝監督作品が登場した。ドイツ在住の彼女、ミュンヘン・テレビ映画大学で学び、今作は長篇第一作である。「赤い点」は映画大学の卒業製作で、とても学生映画とは思えない完成度を見せている。また、映像感覚が非常に秀れている。


 物語の主人公は日本人女子大生であり、この役に猪俣ユキが抜擢されている。彼女は今年27才ながら99年の塚本晋也監督作品「双生児」出演以来と若手としては充分のキャリアの持主である。主人公の女子大生は就活に身が入らず、自分の将来に対する展望もなく毎日を送る。
彼女自身、幼い時、家族をドイツで交通事故により亡くし、現在は叔父夫婦により育てられている。その彼女、家族の遺品の中から赤い点が付いたドイツ地図を見出し、憑かれたようにドイツの赤い点の場所を目指す。雲を掴むような、当てのない旅だが、ドイツ人たちとの出会い、彼らの助けで目的の地へ辿りつく。自身、家族のルーツの確認がテーマとなっている。実話をベースとしたストーリーであり、展開が面白い。


見せる歴史ドラマ

「ブッデンブローク家の人々」
 出品作の中で、歴史ドラマにも注目すべきものがあった。「ブッデンブローク家の人々」(152分)はトーマス・マン原作の映画化。19世紀、交易都市リューベックの豪商一族の繁栄と没落が描かれ、人間社会の浮き沈みと時代の流れが歴史絵巻のように繰り広げられる。全く長いと感じさせず一気に見せる大作で、19世紀のドイツ都市の景観が圧倒的な質感で迫り、これも見逃せない。実際、この作品は観客の反応も非常に良かった。




「ヒルデ」
 もう一本は、「ヒルデ−ある女優の光と影」であり、マルレーヌ・ディートリッヒに次ぐ、国際的名声を得たドイツの大女優ヒルデガルド・クネフの波乱に富む生涯を追うものである。戦前に、ナチ高官の後押しで映画デビューし、戦後、アメリカへ渡ったが成功せず、ドイツに帰国。主演作「罪ある女」(50)のヌードが問題となり、スキャンダル女優と非難される不運があった。その後は再び渡ったアメリカで国際女優として認められ、ドイツでも活躍、そして作家、歌手としても名を成した。ラストシーンは彼女のコンサートで満場の観衆からスタンディングオベーションを受ける彼女の格好の良さ、目に焼き付く。何よりも人間の描き込みに秀れている。


強固な意志で作品に取り組む
 
トム・ティクヴァ監督
 若手、中堅の見応えある作品が揃い、他に「ラン・ローラ・ラン」で世界的に知られるトム・ティクヴァ監督の提唱で13人の若手監督による「ドイツ2009−13人の作家による短篇」も興味深かった。
全体的に地味な作品揃えであったが、内容的には大変満足度が高く、改めてドイツ映画の実力を見せつけた。他の欧州諸国とは異なる若手、中堅監督の作品取り組みに対する感性、社会性に自己アイデンティティの強さを見た。そこには、過去を問い、現在を撃つ作家たちの姿勢に強固な意志が見てとれる。また、ドイツで映画教育を受けた宮山麻里枝監督の新人らしからぬ「赤い点」も今回の注目すべき作品であった。





(文中敬称略)
  《了》
映像新聞 2009年11月2日掲載号

中川洋吉・映画評論家