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「祝の島」纐纈あや監督のドキュメンタリー
 

人間の根源的な生き方を問う

「祝の島」ポスター

 6月19日(土)より「ポレポレ東中野」で公開されている「祝(ほうり)の島」は日常性を鮮やかに掬い上げたドキュメンタリーだ。瀬戸内海国立公園に浮ぶ、山口県上関町祝島が正式な呼称。地図上で一番近い都市は光市である。周囲12キロの小さな島で、岩が多く、しかも台風の通り道であり、自然環境は決して良くない。島民たちは岩を一つ一つ掘り起し、棚田を築き、農業も可能にした。昭和30年代の島人口は3千人、現在は過疎化し、512人となり、その70%が65歳以上と老齢化している。実際、作中、写し出される島民たちの殆んどが老人なのだ。しかし、農業と漁業の恵みで、人々はそれなりに幸福な生活を送っている。島民は岩だらけの土地を耕地に変えるくらい、共同体意識は強い。

 今から28年前にこの島の対岸4キロの田ノ浦に原発計画が持ち上がった。しかし、豊かな海を守りたい島民の90%は建設反対で、その決意は今も変らない。従って、中国電力の建設予定は大幅に遅れたが、2009年、山口県が公有水面埋立て免許を交付した。お上のお墨付きを得た電力会社は、ここで一気に攻勢をかけるであろうし、島民にとり、正に正念場を迎えたともいえる。

「ほうり」とは奈良時代以来、海上交通の要衡であった一帯に、海の安全を祈る神官が「ほうり」と呼ばれ、それに因んでいる。
この作品には、極めて今日的問題が含まれている。原発という経済性を重視した効率一辺倒の思想と、多少の不便は忍んでも、自然と共に生きてこそ豊かな人間的生活が大事とする永年の島民の願いの対立である。この問題、単に、一小島の原発反対運動にとどまらず、人間の根元的生き方を問うている。当然、作品の作り手は撮影しながら益々その対立の深さに思い至ったに違いない。

原発建設の反対運動を続ける島民  自然と共に生きる暮らしを記録

「祝の島」纐纈あや監督

 1974年生れの纐纈あや監督は、監督歴ゼロ。写真家でドキュメンタリー作家であり、今作品のプロデューサーでもある本橋成一門下で、製作、宣伝・広報、配給業務を努めた。本橋は「ナージャの村」(98)、「アレクセイの泉」(02)、「バオバブの記憶」(09)のドキュメンタリーを製作した監督。纐纈監督、自然の恵みを受ける伝統的な生き方を大事する人々の在り方に惹かれ、どんどん島と人々に引き込まれ、徐々に、大きな問題の存在をはっきりと認識したのであろう。そこが、日常性の掬い方なのだ。千年先の未来は自然の恵みであり、原発は自然破壊ではなかろうかの、大いなる疑問が作品の核となっている。
また、纐纈監督は島通いの動機を「海は金で売れん」の一言との出会いという。その「海を金で売れん」人々の日常に先ず興味を抱いたのであろう。
一帯、どんな人々が、28年間も原発に反対し続けているのだろうか。誰でも知りたいところだ。

 祝島には、何の変哲もない普通の生活しかない。彼らは、畑を耕し、漁をし、日々の糧を得ており、大部分の人々は高齢者である。自然と寄り添い何十年も生きてきた人々で、皆、明るく、元気が良い。その海と山の幸を生活に取り込み、月に一度、恒例の島内で原発反対デモをする、何処にでもいそうな島民、漁民なのだ。彼らにとり、自然と寄り添う生活を否定するのが原発であり、90%の島民が原発反対で団結している。そこにはトゲトゲしさや激越さはなく、おおらかな時間の流れが支配している。これが人間らしい暮らしと、撮り手は再認識したに違いない。島民の一人は「都会の人は分不相応で、身の丈以上の生活をしている」と語り、都会に住む我々にとり耳の痛い一言だが、事の本質を衝いている。

 他のシーン、実際の労働、海での漁、陸での耕作と、日常労働を丁寧に撮り込んでいる。ここが作品に厚味をもたらせている。
老人たちの夜の集り、誰かの処を訪ね、こたつに入りながらの他愛の無いおしゃべり、ここに人間関係の濃密さが見て取れる。ハイライトは、島の演芸会、「芸者ワルツ」が飛び出し大笑い、「蛍の光」が胸に迫る。総てが日常生活の一コマなのだ。これを淡々と押すところが、「祝の島」の成功の要因だ。

 しかし、淡々と押すとは、映像を撮り込む作り手の辛抱強い努力でもある。ロケ撮影3人組の女性たち、プロデューサーの本橋成一によれば、体格の良い人たちを特に選んだわけではないとしているが、彼女たちに馬力が感じられる。
この「祝の島」を見て、真先に感じたのはその作品としての見易さであった。莫大な量を撮影した後の、主たる作業はそれをいかに削り取るかであり、削り切った結果として見易くなったと考えられる。

活力感じる女性3人組のロケ撮影

「祝の島」
 ここ数年、ドキュメンタリーの世界では女性の進出が顕著である。ひょっとして、ドキュメンタリーは女性に向いているかも知れないのかと「祝の島」を見て考えされられた。以前なら、映画は男の世界とするのが常識であった。しかし、スポーツ界でも過酷な女子マラソンが定着したように、体力だけで門を閉ざす必要がないとする認識が拡がり始めたことは事実である。外国では重い機材を担ぐ女性カメラマンは珍しくなくなったように、日本でも、演出部門以外も同様な傾向を辿り始めている。体力的に、現代の男性が出来るくらいの力仕事、女性に不可能な訳はない。体力的なこと以外に、女性のほうが現実的視点で物事の本質を見る資質に優れているような気がする。瀬戸内海の小島の暮らしと、老人たちによる長年にわたる原発反対運動に興味を持ったのが作品製作の動機だが、この2点のもっと奥まで辿り着いた視点の高さが「祝の島」の質に寄与している。

 昨年の我が国のドキュメンタリーでは、伊勢真一監督の小児ガンを扱った「風のかたち」という秀作があった。本年は、これに匹敵するのが当作であろう。新人第一作とは思えないパワーが溢れ、ケレンや観念性をそぎ落としている。超低額予算作品であろうが、安っぽくない。公開は、「ポレポレ東中野」で既に6月から始まり、7月一杯上映する。その後は、全国で公開される。

東京公開前には、瀬戸内海巡回上映を既に14回こなしている。

問い合わせは「ポレポレタイムス社 TEL : 03-3227-3005





(文中敬称略)
《了》
映像新聞 2010年7月12日号掲載

中川洋吉・映画評論家