「東京フィルメックス2010(上)(コンペ部門)」
アジアの新しい才能を発掘 抜群に面白い香港の「密告者」 |
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「東京フィルメックス2010」(以下フィルメックス)は、昨年11月20日から11月28日まで、有楽町朝日ホール、東劇をメイン会場に開催された。アジアの新しい才能の発掘を主眼とするこの映画祭、11回目を迎え、すっかり定着した印象を与える。東京国際映画祭、NHKアジア・フィルム・フェスティバル、福岡アジアフォーカスと、アジア映画が秋に集中するが、それぞれが個性を持ち、上手く棲み分けしている。とりわけ、フィルメックスは一番個性的で、アジア関連映画祭では世界的に注目して良い存在だ。
同映画祭から巣立った有名監督にタイのアピチャッポン・ウィーラセタクン、中国のジャ・ジヤンクー、日本では行定勲、西川美和などがおり、世界的な新人登竜門の役割を果たしている。今年の特別招待作品は、カンヌ映画祭受賞、出品作品がずらりと並び、他に昨年、2009年ヴェネチア出品作2本が加わる豪華振りであった。しかし、視点を変えれば、ブランド商品に寄り掛かり過ぎの感も否めない。賞に洩れたり、忘れられた名作も未
だ沢山あり、その中には大変な傑作もあることは、選考サイドも充分承知していると考えられるが。本稿ではコンペ部門に的を絞り、述べる。
コンペ部門は、新しい才能の発掘を目指す趣旨であり、知名度が高い監督作品は少なかったが、クオリティが落ちている訳ではない。
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「密告者」 |
香港からの、ダンテ・ラム監督の「密告者」の面白さは群を抜いている。ラム監督、むしろ中堅に属する、相当なキャリアの持主であり、香港伝統のポリスアクション(警察もの)の正当な継承者と言える。この世界の大物ジョニー・トーと並ぶのではなかろうか。一言でいえば、練り上げられた娯楽作品で、当然ながらジャック・ンの脚本によるところが大きい。
物語は、警察と、彼らの協力者−密告者を扱っている。密告者は秘密の情報提供者であり、警察に弱みを握られた人間が仕立てられる。主人公の刑事は、密告者を組織に潜入させ情報を取るが、密告者の正体がバレ、彼が半殺しの目に会ったことに自責の念を感じている。その彼に、1年後、密告者を使う捜査が再び命じられる。気の進まない彼だが、直近の刑務所出所者に目を付け、大金と引換えに承諾させる。その男、借金の形に妹をヤクザが風俗店に売り飛ばし、そのため金が必要だった。当初は順調に情報が入ったが、ギャング団の方で疑いを持ち始め、彼に同情したギャングの愛人と共に追われる身となる。捜査が難航し始めると密告者への払いを渋る上司、約束を守り、彼の身の安全の保証に悩む捜査官は大いに悩む。そこで、捜査官の彼は無断で金庫から金を引き出し、密告者へ渡し、約束を果す。仕事が上手く運ばなければ、上司は急に手の平返しで、横領犯として彼を逮捕する。勝者なき犯罪で、成功すれば警察の手柄、失敗すれば個人の責任と、いつも現場だけが泣く、現実社会そのものである。主人公の約束を果そうとする義の世界、兄の妹に寄せる家族愛。現存する昔ながらの、真っ当な人間が損を被る不条理さが良く描かれている。今作、コンペ部門のハイライト。
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「独身男」
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層の厚さを見せつける中国映画
29歳、ハオ・ジェ監督の新作「独身男」は、中国映画界の層の厚さをまざまざ見せつける作品。舞台は、監督の故郷である北京から150キロ離れた田舎町。そこで4人の老人が日長とりとめもない話をして過す。話の中心は昔の女性のことであり、どうやら、それは今は村長夫人に収まる女性らしい。そして、現在彼らは老いた独身者である。しかし、この後が面白い。当の彼女は、夫の留守中に昔の恋人である独身男と通じ、何食わぬ態。そして、他の独身者3人にも、甘い蜜がお裾分けされているらしい。彼らの男女関係、村人公認で、皆ニヤニヤしながら遠巻きに眺めている様子がうかがえる。しかし、その中の1人が金で若い妻を買い、4人の間にさざ波が立つが、その買われた女性、村の他の若い男へなびく。普通であれば、不道徳極まりない話だが、逆に、人間臭漂うおおらかさが全編を支配している。中国社会の古い部分を非難することなく、人間はこの程度とばかり描き、これも人間の生き方とし、巧まざるユーモアが流れる。老人を演じる4人は地元の素人で、皆、とぼけた良い味を出している。中国映画の懐の深さを感じさせる。
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「ビー・デビル」
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韓国のチャン・ソルス監督の第一作目作品「ビー・デビル」は、そのアクの強さに度肝を抜かれる。キム・ギドクの助監督から一本立ちの彼の作品には、古い韓国映画の手法を現代に生き返らせているところがある。主人公はソウルの銀行務めの女性であり、仕事上のミスから休暇を申し渡され、幼い頃過した孤島へ休養のために渡る。休養の筈が想像を絶する生き地獄を目の当たりにする。
島で彼女を迎えるのは、幼馴染の同年輩の女性。彼女は孤児で、口うるさい叔母さんに育てられ、DV男の妻となるが、それ以前は村の男たちの集団レイプで父親のわからない子を産む。男中心の島の農耕生活、その上に君臨する老婆、総勢7、8人の村人の間で彼女は奴隷のように扱われ、唯一の願望は、ソウルからの彼女と逃げること。一方、ソウルからの女性は、暴力の矛先がいつ自分に向けられるかと恐怖の毎日、虐げられる幼馴染を傍観せざるを得ない。
過去の韓国映画に多く見られた、人間がどんどん虐げられる様をこれでもかと描く可哀想イズムが再現されている。最後は、彼女が鎌片手に島民を次々とアヤ殺めるホラー劇。徹底して娯楽性を臆面もなく前面に押し出し、ハナシ自体も見る者の興味をそそる。並外れたパワーがある。
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「ハンター」
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冷徹な視線が行き届いたイラン作品「ハンター」は、様々な解釈が出来る。時代は大統領選を控える時期。現政権はイスラム原理主義を標榜し、野党が唱える自由化を拒否する。そんな状況下で作られた作品。主人公は、刑務所を出所したばかりで、大した仕事もなく、やっと夜警の仕事にありつく。しかし、家族と共に過す時間がないのが最大の悩み。余暇に狩猟をし、ウサ晴らしをしている。ある時、街でデモ隊と警官との衝突の最中、警官の発砲により妻は死亡、娘は行方不明となる。
この事件を境に、彼は自暴自棄になり警官を射殺して捕えられる。究極的には現在のイスラム社会の生き難さが、一つの事件の姿を借りて浮かび上がる。イランものに強いフィルメックスならでは、探し出した貴重な1本だ。
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「PEACE」 |
日本の新進ドキュメンタリー作家、想田和弘の「PEACE」は注目してよい作品。従来のドキュメンタリーに背を向け、ナレーション、説明テロップ、背景音楽を一切否定し、マスクなしの人物の顔を実写し、自らの作品を観察映画と呼んでいる。この手法、筆者が日本駐在員を務める、ヨーロッパ一のテレビ映像祭FIPA(フィパ)で、審査員の一人が全く同じことを述べた記憶がある。これには、説明が多い日本のドキュメンタリーへの批判も含まれているが、手法として一面の真理がある。ハナシは、介護から高齢者が語る戦争体験談までと多岐に亘り、偶然性に支えられている部分はあるが、日本の現実を的確にすくい上げている。見ることを薦めたい一作。
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「ふゆの獣」 |
最優秀作品賞は、内田伸輝監督の「ふゆの獣」が獲得した。受賞理由は、「卓越した映画手法を用い、類まれな心理ドラマのレベルへの発展」と発表された。物語は同じ職場の恋愛適齢期の男女2人ずつの一部屋でのやりとり。しかし、人間の存在を揺るがすやりとりの鋭さが見られない。1人の男は女性に二股を掛け、もう1人の男性が彼らに翻弄される。審査員は若い監督のクリエイティヴな若い才能を買っての授賞と思われるが、扱う世界が余りに狭い。そして、二股男に対する女性たちの曖昧な態度。女性の自立が現代の大きな問題であるこの時代に、こうも後向きの若い女性の在り方、男性からの発想としか思えない。2人の女性の迷い、未練は結構だが、それは枝葉なのだ。この曖昧さを乗り越える部分が確実に欠けている。この点が、日本人若手監督が同世代の外国人と比べひ弱なところだ。
フィルメックスの若い才能の発掘と趣旨を尊重する審査員と、見る側の乖離を感じさせる最優秀作品だ。
●審査員
委員長 |
ウルリッヒ・グレゴール(独、ドイツ・ベルリン映画祭フォーラム部門創設者) |
委員 |
アピチャッポン・ウィーラセタクン(タイ、映画監督)
ニン・イン(中、映画監督)
白鳥あかね(日、スクリプター、脚本家)
リー・チョクトー(香、香港映画祭アーティスティック・ディレクター) |
●受賞一覧
最優秀作品賞 |
「ふゆの獣」(日、内田伸輝監督) |
審査員特別賞 |
「独身男」(中、ハウ・ジェ監督) |
(文中敬称略)
《つづく》
映像新聞 2011年1月17日号掲載
中川洋吉・映画評論家
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