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国際テレビ映像祭「FIPA」報告(2)
硬派で優れた作品がそろう


 前回(2月28日号)報告した通り、国際テレビ映像フェスティバル「FIPA」では、NHK作品『貧者の兵器とロボット兵器〜自爆将軍ハッカーニの戦争〜』(以下『貧者の兵器』)が日本から唯一コンペ部門似選ばれた。この作品の出来からして入賞を確信。他作品との比較のため、今回は選抜性見本市FIPATEL(フィパテル)で、ルポルタージュ部門を集中的に見た。FIPAでは、ドキュメンタリー部門が紀行と社会の二つに別れており、このNHK作品は社会ルポルタージュ部門である。

「忘れられない島々」に強い衝撃

「忘れられない島々」

不条理な島民退去の事実
 筆者は、会期後半まで『貧者の兵器』の金賞を確信していた。しかし、『忘れられない島々』(仏・豪制作)の登場で、銀賞でも仕方ないと考えざるを得なくなった。
  物語の舞台はディエゴ・ガルシア島。アフリカ東部、マダガスカルとセーシェル諸島の間の小島である。インド洋に浮かぶこの小島は、日本の地図では掲載されておらず、日本人は当然のことながら、欧州の人たちもほとんど知らない存在といってよいだろう。
 1973年、島民たちにとって想像もしなかった出来事が起きた。フランス語を話す島民たちは、突然、島からの退去を求められ、近隣のセーシェル諸島やモーリス島へ強制移住させられた。その際、2000頭ものペットの犬が殺された光景を今でも思い出すと島民の一人は語っている。

  人けの失せた島は米軍基地となり現在に至るが、退去させられた島民たちは、帰島を希望する。米軍の特別の計らいで、彼らは帰島を許可される。ただし、年に1度、1日のみの条件付きである。 インド洋上の小島、しかも仏語圏の島民たちの存在。なぜ米国と英国が組み、軍事基地を建設したのか、詳細は判然としない。恐らく欧州人もアフリカ東海岸の人々も全く知らない事実のようだ。
  この作品制作に共同制作として携わった公共テレビのフランス・テレビジョンは、企画の実現に10年の歳月を要している。恐らく、ほとんどの人に知られていない事実を採り上げる必然性が見付からなかったと推測される。その後、紆余(うよ)曲折を経て、10年目にこの企画が実現。

  インド洋に近接するオーストラリアも共同制作者として名を連ねた。 描かれる内容は、判然としない政治的背景ではなく、1日も早い帰島を願う島民中心のルポルタージュである。たった数時間の許された帰島時、島民たちは旧居を丁寧に掃除し、そして、なごりを惜しんで島を後にする。
  行政訴訟をなぜか英国政府に対して行い、わずかな希望を胸にロンドンへと飛ぶが、結果は棄却。帰島の思いは年を経るごとに強くなるが、状況は絶望的であり、その深い悲しみが見る者の心を打つ。
  この作品を見ながら、日本人として、沖縄の状況を思い起さずにはいられない。第二次世界大戦終了後、やっと平和が戻った沖縄に、ある日、突然、米軍ブルドーザーによって畑や住居の破壊された。それと同様なことが、73年にインド洋の小島で起きていたのだ。 『忘れられない島々』の訴える深い悲しみ、胸に刺さる痛みを覚える。

  99年以来、毎年FIPAを取材しているが、これほどのインパクトのある作品に出会ったのは初めてだ。『貧者の兵器』は『忘れられない島々』に少しばかり、インパクトの強さで及ばなかった。この2作品で理解できることは、不幸とは常に貧しい人々を襲うという事実である。このことは、心に銘記せねばならない。


ソマリア海賊


「トキシック・ソマリア」
 現在、ソマリアの海賊が世界中を騒がし、多くの国が、小舟で徘徊)する海賊に対し、軍艦を派遣し大わらわであることはよく知られている。その現実の影で、これを越える犯罪がソマリア沖で行われていることを明らかにしたのが『トキシック・ソマリア』(仏制作)だ。
  ある国(制作者は事実関係を把握しているようだが企業名は特定していない)が、有毒産業廃棄物をソマリア沖で投棄している。この事件に関与する闇業者、外交官、政治家を直接取材するものの、彼らは関与を否定したり正常な商取引と主張するなど、司法の網をかいくぐっている。

  この投棄行為について、94年にイタリア人女性ジャーナリストが調査する。しかし、彼女は暗殺された。事件はその後、イタリアの司法が介入するが、09年になぜか立ち消えとなった。その理由は「これ以上の捜査は司法へ危険が及ぶ」とする不可解なものであった。周辺ではガンが増え、奇形児が生れているものの、直接的関与は証明できないとする判決で、不法行為は現在も続いている。
  作品の最後に、「小舟は海賊、大型タンカーは不法投棄のため」と結論付けている。海賊騒ぎに目を奪われるが、その奥には人体をむしばむ犯罪行為が公然と行われ、まさに衝撃の連続である。
  ドキュメンタリーとは、知らぬことを知らしめることに加え、事実関係を積み重ね、人間性の回復、尊重という重大な使命がある。この『忘れられない島々』と『トキシック・ソマリア』は、この大事なドキュメンタリーの使命を実現する役割を果たしている。
  『トキシック・ソマリア』はフランス・ドイツ共同教養専門局「アルテ」(公共テレビ)が共同制作者として参加。このような硬派作品を制作し、それを上映する場があるのがフランス・ドキュメンタリー界の強味だ。そして、この強味があるからこそ、FIPAが欧州一のテレビ映像フェスティバルとして存在している。


イスラエル問題


「77ステップ」

 パレスチナ人に対し壁を築き、兵糧攻めにして占領地に多くの入植者を送り込み、既成事実化を狙うイスラエルは、ナショナリズムが台頭し、タカ派支配が続いている。イスラエルは元来アラブ人が居住し、ユダヤ人とすみ分け、長い間共生してきた歴史的事実がある。そのイスラエルから『77ステップ』が紀行ドキュメンタリー部門に出品された。これは注目に足る作品だ。
  主人公はアラブ系女性弁護士で、作品のディレクターも兼ねる。彼女は、パレスチナとの平和共存を旗印にする政党に属していたが、この政党が戦争反対の党是を変更するに至り脱党する。その間、カナダから戻った青年と恋に落ち生活を共にする。しかし、二人のユダヤ教とイスラム教との溝が埋まらず、青年は彼女のもとを去る。

  ここで両宗教が共存する可能性と、国内における少数派の存在の事実が見てとれる。好戦的なイスラエル世論に抗(あらが)い、平和主義者の困難な状況が描かれている。近年、ディレクターには若手女性が多い。ドキュメンタリー部門、そして、テレビ映像全体に女性の存在が目立つ。今後もますます増える予感がある。
  しかし、米国にだけハイテク兵器による大量殺人の権利が許されている現実は、見る者を驚かせ、上映後は観客から作品に対する好意的な感想がもたらされた。まずは、このような現実への驚きと怒り、そして、戦争の残酷さは確実に伝わっている。

 

中国の存在


「3・1415」

 中国は国内に約2000のテレビ局があるとされる。FIPAへのエントリーも、毎年60−70本とアジア勢の中では群を抜く勢いで、今回はコンペに4本選出された。その中の社会ルポルタージュ部門の1本『3・1415』は見応えがあった。 中国のテレビ制作者と局との検閲を巡る鬩(せめ)ぎ合いが骨子。このテーマは、08年に日本から出品された『激流中国、ある雑誌編集部60日の攻防』(片岡利文ディレクター)で扱われている。
  作品タイトルの『3・1415』は、情報番組の名称である。制作者たちは、病院における不当な治療行為を採り上げるが、中央の目を気にする局首脳は中々OKを出さない。修正に修正を重ねてやっと放映されるといった、ほろ苦い過程が描かれている。ジャーナリストの苦心と、姿を見せぬ局首脳との攻防が見どころだ。この作品を通して分るのは、中国によるドキュメンタリーの水準の高さである。

世界的経済危機の前兆


「デトロイト−廃墟の夢」

 ほんの数年前から始まった世界的経済危機だが、実は来るべきして来たもので、その前兆はずっと以前からあった。その事実が映し出されている作品があった。1本はギリシャからの『クライシス』、もう1本はカナダからの『デトロイト−廃墟の夢』である。
  特に、デトロイトの自動車産業危機の根元は深く、経済危機以前から市の荒廃が始まっていた現実を、5年にわたる取材で明らかにしている。失業の蔓延、暴力の横行、廃墟の拡大、そして頻繁に起る放火事件と、想像以上の変ぼうぶりをとらえ、ドキュメンタリーならでの切り込みを見せている。作り手の、現実と向き合う強い姿勢が目立つ。『クライシス』は女性ディレクター作品だ。

ベジャールの魂


「ベジャール・バレー」

 音楽・スペクタクル部門では、スペインから、20世紀バレー団の主宰者、モーリス・ベジャールを扱った『ベジャール・バレー、ローザンヌからパリ・オペラ座(ガルニエ)』が上映された。ベジャールは07年に没し、現在は若手のジル・ロマンがバレー団を率いる。18年振りのパリ・オペラ座の復帰公演を描く。
 バレー界に全く新しい身体表現を吹き込んだベジャールを偲び、演目も彼のオリジナル振付けになるベラ・バルトーク、アントン・ウェバーン、ピエール・ブーレズの曲が選ばれている。 バレーファンにとり、見逃せない。この作品もディレクターは女性である。

終わりに


目立った女性ディレクターの活躍
 フィクション部門の金賞は、クロアチア作品『アスファルトの母』が獲得した。家庭内暴力で若い母は息子を連れて家を出るが、厳冬のザグレヴでは、たちまち寝るところに困る。そこへ孤独な男が絡み、何くれとなく世話をする。現実の一面をすくい取っているが、金賞を得るほどの強い作品ではない。
  日本からはシリーズものではなく、単発ドラマとしてフィクション部門にNHKの『龍馬伝 第5回、「黒船と剣」』がエントリーされたが、コンペには残れなかった。
  日本からのエントリーは、ドキュメンタリー中心だが、NHKは今後ドラマにも力を入れようと、昨年『火の魚』、今年『龍馬伝』と良質なドラマを送り込んだが、結果は出せなかった。



(文中敬称略)
《了》
映像新聞2011年3月7日号掲載

中川洋吉・映画評論家