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「第24回東京国際映画祭」(2)
陰りが見えるアジア部門

 先週号(11月7日号)ではコンペ作品を採り上げたが、今回はアジア部門を中心に触れる。「東京国際映画祭」(以下TIFF)は発足当時から選考方針が確立せず、選び手の顔が見えない点を指摘され続けて来た。しかし、アジア部門は多くの固定ファン(国別)の支えで、ずっと人気部門の座を占め続けている。だが、ここ数年の選考、質的に物足りない。その結果、アジア部門に以前の勢いが見られなくなっている。

選考、質的に物足りなさ

 アジア部門の魅力は、アジアの人々の等身大の人間像、生活観が出ているところにある。換言すれば、アジア人の感性を共有出来る良さとも言える。
 それぞれの国の映画の特徴は、簡単にまとめれば次のようである。中国ならテーマの普遍性と、時に斬新な思考、台湾なら南国特有の明るさと人生を楽しむ姿勢、フィリピンならインパクトの強いリアリズム、韓国なら娯楽映画への傾斜と、商業性の確立、イランなら人間の内奥を見つめる眼、トルコなら西欧作品に近い感性と、各国それぞれの持ち味があった。そして、泥臭さが何ともいえない魅力なのだ。別の言い方をすれば、今までのき生の迫力、人間臭さが乏しくなってきている。
 原因として、アジア全体が豊かになり、反比例的に生活の切実感の喪失が挙げられる。さらに、既にブランド化した著名監督がアジアの舞台を離れ、欧米での製作が多くなっていることも一因ではなかろうか。
 オーソドックスなアジア作品展開を目的とするTIFFは選考に苦しみ、むしろ、新しい才能発掘を目指す11月からのフィルメックスは、その存在感を増す対照性が表面化している。
 アジア部門の注目すべき作品の中で、昨年も好調だった台湾から興味深い作品が選ばれた。


台湾からは興味深い作品


「あの頃、君を追いかけた」
 弾ける青春
「あの頃、君を追いかけた」は青春もので、ハナシ自体が面白い。ある高校を舞台とし、そこの悪ガキ5人と1人の秀才少女を巡る恋と別れがメインの筋である。素材としては、どこにもあるものだが、登場する高校生たちの青春に、生き生きとした若さが感じられる。落ちこぼれのワル5人組は、揃ってクラスの秀才少女に恋する。その彼女が飛び切りの美人でないところに親近感が湧く。そして、その内のワルガキの1人が、彼女と反発しながらも互いに好意を持つが、卒業で散り散りとなる。互いに好きなのは承知だが、男の子は、その思いを伝え切れず、結局は意思疎通不十分で、結末はホロ苦い別れとなる。興味深いのは、この青春群像に人生の一端が込められているところにある。少しの勇気、もう一歩の踏み込みさえあれば掴まえられる恋、多くの人が経験する思いが、青春の哀しさ、愚かさとして伝わる。



発想の良さ


「運命の死化粧師」

 もう1本の台湾作品「運命の死化粧師」はハナシの展開に見るべきものがある。主人公は、亡き人の死化粧をする若い女性。ある時、彼女の許に1人の若い女性の遺体が運び込まれる。
 その女性は死化粧師のかつての高校時代の音楽教師であり、2人は先生と生徒の関係を超え緊密な間柄であった。そして、音信の途絶えた空白を死化粧師、彼女の夫とが埋め、思わぬ事実が明らかになる。2人の関係の責任を取る形で音楽教師は学校を辞職する。その後結婚するが、彼女の死因は自殺であり、その原因を教え子は調べ始める。
 分かったのは、音楽教師は終生、教え子を愛し、夫を愛してなかったことであった。哀しい愛の物語であるが、死を通し、2人の愛を確認する発想のあり方が面白い。昨年に続き、台湾作品の佳作が今回も選ばれた。



中年男と女子大生


 トルコ作品「われらの大いなる諦め」は人生そのものを感じさせる。主人公の2人は学校時代からの親友同士、2人で料理をし、好きな音楽を聴き、時に外食と優雅な毎日。そこへ親友の1人の両親が亡くなり、その妹の女子大生を預かり、男2人、女1人の共同生活が始まる。最初、打ち解けない彼女、次第に男2人との生活に慣れる。ここで、普通なら愛欲絡みの3角関係の構図が発生するが、そうさせないところが作品のミソ。男性たちは次第に彼女に傾斜するが、親友同士への気遣いで、互いに遠慮し合う。その間に、彼女は、大学の友人の子を宿し、堕胎する。病院でオロオロしながら付き添う2人の男性たちの姿、おかしくも身につまされる。この辺り、等身大の人間像が浮かび上がり、アジア作品の醍醐味となっている。しかし、ここ数年、この良きテイストが少しづつ失われている。


シンガポール製日本劇画

「TATSUMI」

 異色のアニメがシンガポールから選ばれた「TATSUMI」である。漫画ではなく、劇画なる言葉を編み出した「劇画の父」辰巳ヨシヒロの諸作をアニメ化したもの。子供向けの漫画に飽き足らず、大人の鑑賞に耐える劇画というジャンルを戦後の荒廃した日本を背景とし描く異色作であり、本人の実作が入り、それをアニメでつなぐ手法をとっている。特に、戦後の貧しさの中から新しいジャンルに挑戦する主人公の姿に現実感がある。貧しく病人のいる家庭、生活のための賞金目当ての漫画応募の繰り返し、連載打ち切りによる落胆などが、当時、一世を風靡した菊地章子の「星の流れに」がバックに流れ、昭和気分満載だ。このシンガポール作品、戦後日本の時代相を鮮やかに切り取っている。


地に足がついた日本人若手監督

「ひかりのおと」

 「ひかりのおと」は「日本映画・ある視点」部門に出品された作品。監督の山崎樹一郎は、現職の農民である。物語は、家業の農家を嫌い、音楽で身を立てるべく、都会へ行った青年が主人公。父親の怪我で止む無く郷里に戻り、家業を手伝うが、段々と農業者としての自覚に目覚める、真面目で地味な物語。監督の自伝的要素が強く、その分、作品は頭だけで描く観念性に溺れておらず、地に足がついている。農業の存続、後継者問題と、農業の根幹に触れるテーマを扱い、敢えて、若手監督がこの手に余るようなテーマに取り組む姿勢に意義がある。監督は、現在、トマト栽培農業を営んでいるが、じっくりと、自身のテーマを描き続けてもらいたい。


弾けるボリウッド

「ボリウッド〜究極のラブストーリー」

 インド映画の聖地ムンバイを舞台とする「トリシュナ」のウィンターボドム監督、同じく、「スラム&ミリオネア」ではダニー・ボイル監督がインドに魅入られたが、「ボリウッド〜究極のラブストーリー」(以下「ボリウッド」)を見れば、その理由に合点がゆく。
 ムンバイという都市の魅力、その猥雑さと活気、実際に足を踏み入れたくなる。
 人口2000万人のムンバイでは、年間1288本(2009)の作品が製作され、ハリウッドならぬボリウッドなる映画都市であり、人口12億人のインドの映画供給の大基地だ。ここで製作される、歌って踊ってのインドミュージカルの名場面集、「ザッツ・インディアン・エンタテインメント」が「ボリウッド」である。過去の名作の有名場面が挿入され、往年のスーパースターの活躍から現代へと続く。歌い、踊る美女群、そしてスーパースターと大衆娯楽映画がこれでもかと波状攻撃をかけてくる。そのノリの良さといったらない。ボリウッドを知らぬ人には入門篇、ファンにはおさらい篇と、どっぷり歌って踊っての世界に浸れる。


●コンペ部門受賞作品
東京 サクラ グランプリ 『最強のふたり』 (監督: エリック・トレダノ/オリヴィエ・ナカシュ)
審査員特別賞 『キツツキと雨』 (監督: 沖田修一)
最優秀監督賞 リューベン・オストルンド (『プレイ』)
最優秀女優賞 グレン・クローズ (『アルバート・ノッブス』)
最優秀男優賞 フランソワ・クリュゼ、 オマール・シー (『最強のふたり』)
優秀芸術貢献賞 『転山』 (監督: ドゥ・ジャーイー)




(文中敬称略)
《了》


映像新聞 2011年11月14日掲載号

中川洋吉・映画評論家