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「第12回東京フィルメックス」報告(1)
相米慎二作品を特別上映

 「第12回東京フィルメックス」(以下フィルメックス)は、11月19日から27日まで、有楽町朝日ホールで開催された。例年通り、コンペ、特別招待、監督特集があり、今年の特集監督は相米慎二であった。早逝した彼の全作品13本が上映され、溢れる才能を再確認した。本稿では相米作品を、そして、次号でコンペ、特別招待作品について述べる。

あふれる才能を再確認 相米慎二とは

 フィルメックスの日本監督特集が今年は相米慎二監督を採り上げたが、例年、過去の大監督中心路線であり、映画史的に若い彼の登場は驚きであった。殆んどの相米作品をオン・タイムで見た筆者の評価も、当時は新進アイドル映画監督の域を超えなかった。
今回、全作品を見直し、従来の評価を変えねばならなかった。映画的センスに恵まれ、しかも、作品自体に奥行きがあり、語らねばならぬ存在であることを改めて確認した。
彼は、1948年盛岡生まれ。彼の作品舞台としてしばしば登場する北海道は、釧路で学んだ高校に由来している。大学は中央大学法学部中退、在学中は新左翼のセクトに所属し、成田闘争の活動家でもあった。彼は、作品では直接的に政治性を出さないが、アナーキー的要素は強く、個人的に彼を無頼に生きた人との証言がある。大学中退の後、日活撮影所に契約助監督として入所。

 経営難に陥った日活は、1971年から低予算のロマンポルノに方向転換した。「裸さえ撮れば、後は自由」といいう製本方針で、監督が作家性を発揮する場でもあった。この路線から出発した若手監督に、相米慎二、根岸吉太郎、崔洋一、森田芳光など、のちに日本映画を背負う人材を輩出した。当時の日本映画界は、70年ごろからスタジオシステムが崩壊し、日活は数少ない若手監督の育成の場であった。


相米作品歴 当初はアイドル映画で高い評価


「セーラー服と機関銃」
 デビュー作が人気コミックの映画化、「翔んだカップル」(80)である。ストーリーは同級生同士が同じ屋根の下に住み、互いに好意を持ちながらの突っ張り合いを描くもの、原作の持つ、チグハグさが生かされ、監督第1作としては成功の部類に入る作品。次いで「セーラー服と機関銃」(81)で、期待される新進監督として注目される。原作は赤川次郎、シナリオは盟友、田中陽造。ストーリーの奇抜さが作品の強み。女高生(「翔んだカップル」と同じ、薬師丸ひろ子)がひょんなことからヤクザの親分になる設定、これが効いている。薬師丸ひろ子のアイドルもので、角川映画の代表作でもある。彼女が機関銃を乱射するシ−ン、スローモーションで「カ・イ・カ・ン」とつぶやくが、これが流行語となる。この2作で、彼は一躍アイドル映画のスペシャリストと評価される。その後の「ションベン・ライダー」(82)は、子供3人組の誘拐された仲間を探すロードムービーだ。


「魚影の群れ」から作家性を出す


「魚影の群れ」

 いわゆるアイドルやガキ映画から脱皮したのが、青森・大間のマグロ1本釣り漁師を描く、吉村昭原作の「魚影の群れ」(83)である。
この作品は相米作品を語る上で重要。ここから、彼は作家性を押し出し始める。本マグロを追う1本釣り、中々目指す魚が現れず、撮影日数が延びたエピソードがあるほど粘った作品。主人公の緒形拳、その娘の夏目雅子、夫の佐藤浩一とキャストも魅力がある。「台風クラブ」(84)は、嵐により校舎に閉じ込められた中学生たちが嵐の中を半裸で踊り狂い、解放区を出現させる物語。彼のアナーキーな面が一番良く出ている作品。狙いとしての一点に収斂しない、バラバラな構成、意図的な映画文法外しなど、のちの若手監督への影響が見られる。
古巣、日活でのロマンポルノ「ラブホテル」(85)は、彼にとり唯一のロマンポルノ。石井隆原作「天使のはらわた」シリーズの1本。愛欲の淵をさまよう男女のハナシだが、彼はこの素材を持て余している感あり。

「雪の断章−情熱」

 「雪の断章−情熱」(85)以降、彼の作家性が著しく増し、名匠の域に達した。彼の第2の故郷、北海道を舞台とする、1人の孤児の成長の物語。がっちり構築されたシナリオは田中陽造、相米・田中コンビの代表作といえる出来栄え。主人公、斉藤由貴に強い性格を与えている設定が成功している。
「東京上空いらっしゃいませ」(89)は、一度死んだ牧瀬里穂がもう一度地上に戻る、ファンタジー要素が濃い作品。
「お引越し」(92)は、両親の離婚に悩む幼い少女が主人公。未だ子供だった田畑智子が抜擢されている。家族の絆がテーマ。

「夏の庭」

「夏の庭」(93)から遺作「風花」(00)までの3作は、彼が円熟期を迎え、作品に濃密さが見られる。「夏の庭」は、人の死に興味を持った小学生3人組が、今にも死にそうな老人(三国連太郎)の観察と交流を描くもの。少年時代の強烈な体験と、大人への第一歩がテーマ。




「あ、春」

 「あ、春」(97)は、幸せな結婚をした夫に、死んだ筈の父親が現れ、大騒動となるハナシ。ドラマとしての完成度が極めて高い。キネマ旬報ベストテン1位に輝く。







「風花」

 遺作「風花」(00)は、泥酔を繰り返すキャリア官僚(浅野忠信)と風俗嬢(小泉今日子)の偶然の北海道行きがハナシの骨子。孤立した男女の寄り添いに焦点を当てている。





優れた映像センス


 相米作品の魅力の一つに、彼の映像センスが挙げられる。それぞれが記憶に残るシーンとなっており、列挙する。

 −前述、「セーラー服と機関銃」のスローモーションで薬師丸ひろ子がつぶやく
  「カ・イ・カ・ン」
 −「魚影の群」で、自転車で、都はるみの「涙の連絡船」を歌いながら坂を駆け降り
   る夏目雅子
 −「台風クラブ」で、嵐の中を踊り狂う中学生たち
 −「夏の庭」で、老人の死後、焼き場で別れた妻の淡島千景が、正座、三つ指で、
   棺を前にし「お帰りなさいませ」の一言。大芝居だが、胸に迫るものがある。
 −「光る女」で、冒頭、東京湾のゴミの山でグランド・ピアノの伴奏で歌うオペラ
   歌手。この役にジャズピアニスト秋吉敏子の娘、満ちるを抜擢し話題を呼んだ。
北海道出の山出しの大男に現役プロレスラーを起用し、2人の女性と1人の男の
愛のドラマ。壮大なオペラ風美術で、スタイリッシュな様式を狙った作品。
そのほかに、多くの作品で濃い緑が多用され、印象深い。しかし、この意図は分かりかねる。
相米慎二といえば、長廻しが有名である。「ションベン・ライダー」や「雪の断章−情熱−」の冒頭シーンが特に有名である。新人監督は、得てして、他人と違う技術を使いたがりケレンに走る傾向があり、彼の場合、特に初期はその色合いが濃い。
一つの映像的流れを作り出すが「ションベン・ライダー」では、無理がある。普通のカット割りを上回る効用がどの程度あるのか疑問だ。


おわりに

 相米作品を見る面白さに、意図的な時代相の取り込みがある。成瀬巳喜男作品や川島雄三作品で見られる町の姿の活写、東京湾のゴミ捨て場、新宿、大間、札幌、その時代の場所や風俗の描写が作品に厚みをもたらせている。歌謡曲の多用(「東京ブギウギ」、「北国の春」、「涙の連絡船」等)。
彼の作品を貫くのが、強固な劇構成である。特に「雪の断章−情熱−」以降の作品群の濃密度がそれである。当然、作品自体が集中力を持ち、ダレがなく、見る者を引きつける吸引力となっている。
採り上げるテーマだが、家族、そして、親と子の関係への興味が非常に強い。「魚影の群れ」、「雪の断章−情熱−」、「お引越し」、「あ、春」、「風花」を見ればわかる。
 また、彼の女優シゴキ伝説は有名であるが、これは演出力と関連している。シナリオの空間を演出で埋める的確さがある。
筆者は、「雪の断章−情熱−」、「夏の庭」、「あ、春」、そして、「セーラー服と機関銃」をベストとして挙げる。



(文中敬称略)
《つづく》


映像新聞 平成23年12月5日掲載号より

中川洋吉・映画評論家