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「カンヌ映画祭2012」(3)
日本作品はコンペ選出ゼロ

 今回の選考では、日本作品は22本のコンペ選出の中に1本も入らなかった。僅かに、若松孝二監督の「11月25日自決の日 三島由紀夫と若者たち」(以下「11月25日」)が出品された。三池崇監督の「愛と誠」は招待作品だが、観客の薄い深夜枠で上映され注目されるには至らなかった。準日本製として期待されたアッバス・キアロスタミ監督作品「ライク・サムワン・イン・ラヴ」(以下「ライク・サムワン」)は、日本ロケ、日本人俳優の起用、日仏共同製作で、日本側は大いに肩入れをしたが、無冠に終った。

アジア作品の選考

 カンヌ映画祭当局のアジア作品選考の好みは、今回の日本作品零の結果からすると、変化が生じている。50回(1997)の時は今村昌平監督の「うなぎ」がパルムドール、河瀬直美監督の「萌の朱雀」がカメラドール(新人賞)、青山真治監督の「ユリイカ」が批評家賞と、日本勢が大いに気を吐いた。しかし、今年、65回はその勢いがしぼんだ。今村監督の逝去、青山監督の観念への埋没、河瀬監督は致命的なシナリオの弱さと、それぞれの理由は挙げられる。しかし、日本の若手、中堅監督のひ弱さは、社会との向き合い方、自分が何処に拠って立つのか、意識の弱さを露呈している。その中にあって河瀬直美の「殯(もがり)の森」(07)のグランプリ(第二席)の健闘は、宣伝、配給をフランスの会社に任せ成功したが、それは彼女がカンヌ銘柄となった証しでもある。若く、美しい彼女は数年後には、審査員の一員として、毎晩あでやかな衣装に身を包みレッドカーペットを上がることは確実だろう。

相変わらず好調の中国・韓国


 他のアジア勢を眺めれば、中国の安定感、韓国の躍動感への評価の高さは相変わらずで、今回はコンペに韓国作品2本が選ばれた。中国も準コンペに部門「ある視点」にオープニング作品として、ロウ・イエ監督の「ミステリー」が顔を出した。最近、台頭著しいタイ、フィリピンを始めとする東南アジア勢が退潮気味であった。
苦戦の日本でも、最近は、中堅、若手以外、独自の感性と映像作りで評価される三池崇、園子温、若松孝二監督への注目度が上がっている。若松監督に関しては、作品の映画的感興は観る者を満足させる要素が満載だ。


見て面白い若松作品に高い注目

「11.25自決の日」

 若松孝二監督作品「11月25日」は、自衛隊内での割腹自殺とそれまでのいきさつを述べたもの。1970年の事件であり、既に40年を経た今、若い人たちは余り知らない事件かもしれない。当時の日本は全共闘々争が国中を席巻し、極右分子が憂国の士を気取り、総数20名位の彼らが三島の下(もと)に結集し、右からの革命を夢見た。これらの一連の動きを、当時のニュースフィルムを多用し、時代性を伝えた。話の運びの良さの一因は、このニュース画像の使用にある。
三島は若い人に推される形で「楯の会」を結成、ナチスを思わす制服に身を包み、帯刀という出で立ち。ここからしてアナクロニズム臭が鼻につく。この会、自衛隊を使ってのクーデターを目指したが、結局、三島について来たのは血気はやる青年1人。他の憂国の士の卵たちは腰が引け脱落。国の将来を憂える若者たちの大言壮語も、ただの虚しいシュプレヒコールと終わる。彼らの主張、論理的にも破綻している。日本精神を鼓舞(こぶ)する余り、武器は日本刀のみ、もし、敵がピストルを持っていたらの問いに、三島が言葉に詰まるあたり、アナクロニズムの極みだ。戦前の軍隊が国民に竹槍で米英鬼畜と煽(あお)るのと同根の発想だ。このアナクロニズム像、三島自身その人だったのか、若松孝二監督が作り上げたのかは判然としない。
「ある視点」部門の夜の最終上映が終わり、日本人プレスとの囲み記者会見がフェスティヴァル・パレス内の海の見える部屋で催された。海外プレスからは、新左翼と思われている彼が、何故、正反対の人物を描いたかに質問が集中したそうだ。それに対し若松監督、あの時代には熱き若者がいたことを描きたかったからと、作品の意図を語った。しかし、「実録・連合赤軍あさま山荘への道程」(08)で三島事件の若者を越える熱き若者を描いており、この解答には疑問を挟まざるを得ない。真の動機は、若松監督自身の面白いことをやるという姿勢から発しているように思える。ピンクの巨匠から、商業映画監督としての成功、自身が面白いと思ったことを作品にし、面白く見せているところが彼の真骨頂である。それは、91年の「水のないプール」(82)あたりから現在に至る。彼の作品歴を眺めれば、彼なら面白そうだなと積極的に乗る若松ファンも多いはず。これは、ピンクで鍛えた腕である。
「11月25日」は、見まごうことなきアナクロニズム作品だが、若松自身、三島は大嫌い、著作も読んでない人物との評があり、思い切って三島を矮小化して見せたフシがある。


キアロスタミ作品 期待外れだった「日仏合作」

「ライク・サムワン・イン・ラヴ」

 コンペ部門にはアッバス・キアロスタミ監督の日仏合作「ライク・サムワン」が出品された。作品企画の意図は、国際的に知名度の高いキアロスタミ監督に日本で1本撮らせるところにあるようだ。
舞台は静岡、横浜、総て日本人俳優を起用しての作品であるが、この企画、同監督がジュリエット・ビノッシュを起用した「トスカーナの贋作」(10)に影響されたのではないか。同作、ビノッシュの国際的知名度、ハナシの論理的反転にキレがあった。
物語は、怪しげなカフェにたむろする援助交際の女子大生、彼女には保護者然とした元大学教授と、若く、彼女に求婚を迫る若者の3人の物語。自分の生き方がわからない若い女性、面倒見の良い老人、自分しか見えない青年の、それぞれの個性が触れ合い、大した事件もなく物語が進行。記者会見で同監督は、様子の分からない日本映画界、日本人俳優のみの起用の関係で、俳優に脚本を渡さず、即興演出をしたと述べた。ラストは少女と老人の処へ若者が石を投げつけるところで終わる。唐突な終り方で、見る者は混乱する。ノー脚本ながら、物語の構成はある筈で、その詰めが甘く、キアロスタミ監督にとり失敗作だ。勿論、賞には絡まなかった。


その他のアジア作品

「イン・アナザー・カントリー」

 コンペ部門では、韓国からホン・サンス監督の「イン・アナザー・カントリー」、イム・サンス監督の「テイスト・オヴ・マネー」と両アート系監督作品が出品された。ホン作品は、韓国を訪れた仏女優、イザベル・ユペールがジャーナリストに扮し、何人かの男性と付き合う物語。イム作品は財閥ファミリーのハナシであり、今一つの感があった。現在、ホン・サンス作品に見られるように、ヨーロッパの女優がアジア作品への出演希望が結構あり、ユペール出演もその一例。
中国からは「ある視点」部門にロウ・イエ監督の「ミステリー」が出品された。日常性をじっくり描き、その中に普遍性を見出す中国映画としては異色の推理物であり、面白みは充分あった。ロウ・イエ監督は、第一回フィルメックスにおいて、「ふたりの人魚」(00)で最高賞を獲得し、カンヌ映画祭では「スプリング・フィーバー」(09)を出品している中堅実力派監督である。

「メコンホテル」

他に、タイのウィラセタクン監督は、中篇ドキュメンタリータッチ昨品「メコンホテル」で健在振りをアピールした。今作、コンペ部門特別招待枠で上映された。


 




総評

 今年は、過去にパルムドール受賞のミヒャエル・ハネケ監督、ケン・ローチ監督、クリスチャン・ムンジウ監督、アッバス・キアロスタミ監督と、4人の大物監督作品が揃い、結果はハネケ監督のパルムドールで終わった。
このように、ビッグネームを揃えるあたり、他にめぼしい作品がないことの裏返しと言えよう。昨年は、テレンス・マリック監督の「ツリー・オヴ・ライフ」、アキ・カウリスマキ監督の「ル・アーヴルの靴みがき」、ミッシェル・アザナヴィシウス監督の「アーティスト」、ダルデンヌ兄弟の「自転車と少年」など、粒揃いであっただけに、今年は一段落ちる印象を抱いた。映画祭の好不調は、俗に、1年おきと言われ、来年に期待したい。アメリカ映画が全く顧みられなかったのは残念であることを付け加えたい。




(文中敬称略)


《了》


映像新聞2012年7月2日掲載号

中川洋吉・映画評論家