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「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」 
社会や家族がテーマの佳作群

 9回目を迎えた「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」(以下Dシネマ映画祭)は7月14日から22日まで、川口市SKIPシティで開催された。DシネマのDはデジタルの意で、長篇製作3本以内の若手映画人を対象とし、後発ながら年々、内容を充実させている。メインの長篇部門の応募は、世界84ヶ国から571本がエントリーされた。海外作品が9本、日本作品が3本、計12本がノミネートされた。


審査結果

最優秀作品 「二番目の妻」(オーストリア、ウムト・ダー監督)
監督賞 中野量太(「チチを撮りに」)(日本)
脚本賞 「旅の始まり」(オランダ、マージエン・ロガー監督)
審査員特別賞 「ノノ」(フィリピン、ロメル・トレンティーノ監督)
SKIPシティアワード 「チチを撮りに」

※SKIPシティアワードは、国内作品を対象に、受賞者の次回企画に対し、SKIPシティの映像施設使用の特典が、若手映画人に与えられる。

トルコの特殊性


「二番目の妻」
(c) Wega Film.Vienna

 「二番目の妻」は作り手の目の付け所がユニークで、大きな問題を身近にたぐり寄せ成功している。
物語の出発点はトルコの田舎町、そこで、盛大に結婚式が催される。若く、可憐で美しい娘はオーストリア在住のトルコ人家族の息子のもとへ嫁ぐ。しかし、これは表向きで、内実は、家長の二番目の妻であり、周囲も承知のことだった。息子は同性愛者、本妻は不治の病に冒され、彼女は正妻の後釜であった。若く美しく、しかも気の良い彼女は、周囲の女性の反発を受けるが、本妻が、娘のような彼女の面倒を見、母娘のようであった。経済的事情で、若妻はスーパーに働きに出始める。そこの若い同僚が美しい若妻を見初め、積極的な彼に押され、2人は恋愛関係に陥る。彼女の行為に対し、今まで娘同然に可愛がっていた本妻は怒り心頭、大悶着発生。
ドイツ、オーストリアではトルコ移民が多く、彼らは外国でも、イスラム教徒であり続け、一夫多妻制度を容認する国内の異民族的存在である。西欧社会では受け入れられない生活習慣、そして文化を守り生きるトルコ移民。今作の舞台はオーストリアの首都ウィーンであり、その文化の落差と驚きが前面に押し出されている。監督のウムト・ダーはウィーン在のクルド系移民家族で育ち、二番目の妻の姿を借り、一夫多妻制に対し異議を唱える。しかし、結局、若妻が家族の一員としてウィーンに留まることを止むを得ない判断と黙認せざるを得ない、釈然としない気持ちをぶつけている。イスラム教の根幹と女性の地位に対する視点に鮮かさがある。


イスラム社会の女性問題

「我が子、ジャン」
(c) Ovunc USTER

 トルコのイスタンブールが舞台。近年、トルコ映画の躍進は著しく、「我が子、ジャン」もそのうちの一作。主人公は不妊の若い夫婦、妻は特に子供を望んだわけでない。夫が強く欲し、2人は気まずくなる。しかし、夫婦は金で養子を迎えるが、妻は子供に愛情が持てない。物語では、妻が何故子供を望まないかの説明が不十分。夫の独断専行による養子受入れが基で夫婦関係が冷え切り、妻の家事放棄をもたらし、夫は家出をする。残された妻は、生活のためにウェイトレスとして働き、その間、子供は公園のベンチで彼女の帰りを待つ。何とも辛いシーンである。家出した夫は企業家に拾われ、その娘婿となり、今や幹部へと出世。子供を産むだけの女性の在り方を拒否する妻を物語の中心に据え、生む自由についての問い掛けを試みている。ここに、どんな困難があっても生き、幸福は自ら築き上げねばならぬとする明快なメッセージがある。男性監督が捉えたイスラム社会の女性問題であり、一見の価値がある。


労働者階級の生き難さ

「ワイルド・ビル」
(c) Wild Bill the Movie Ltd 2012

 英国の「ワイルド・ビル」は、作品の持つ現実感で、見る者を引きつける。主人公は刑務所を出所したばかりの中年男ビル。家に戻れば、妻は去り、2人の子供がいるのみ。兄が弟の面倒を見、家の中はゴミ箱状態。人生の再出発を目指すビルは出鼻をくじかれる。一方、以前のヤクザ仲間が、また彼を引き込もうとし、あの手この手で誘いを掛けるが、彼は、この誘いを頑強に断り孤立無援状態。家では長男は彼に敵意を抱き、打ち解けようとしない。
ケン・ローチ監督が描くような労働者階級の生活だが、ここには連帯という下級階級の武器がない。度重なるヤクザの誘いや嫌がらせに我慢の限界に達したビルは、単身、彼らと対決し、やっと、真の再出発の道筋をつける。犯罪者の更生問題、社会環境の劣悪さが貧しい人々を直撃する現実のあり方に疑問符を付けた意欲作品。地味な俳優を起用しているが、もっとスター性のある俳優を使えば、インパクトは違うと思われる。


格調高いイスラエル作品

「レストレーション〜修復〜」
(c) AMOS ZUKERMAN

 「レストレーション〜修復」は、イスラエル作品らしい緻密さと格調を備えた一作。
舞台はテルアビブの旧市街の一角の家具修理工房。ここが何とも絵になる雰囲気を醸し出している。
いわゆるアンティーク家具修理工房で、経営は順調ではない。ベテラン職人とその共同経営者、2人で切り盛りした工房、共同経営者が突然死去し、途方に暮れる。経営管理を担当する共同経営者の死因が何やら謎めいている。そこに興味の一点を集中させ、もう一点、ぶらりと職を求め工房に来た青年を、物語のキーマンとする、シナリオの構成が上手い。青年は経営再建には工房に埋もれた古いピアノを修復し、高値で売ることを提案。死因とピアノの修復を軸に物語は展開する、作品の成熟度が高い。いわば、宝物を横目にしながらの人間の葛藤が興味深い。



思わぬ拾い物

「真実の恋」
(c) Daniel Lauten-Cinenord SF Norge

 ノルウェーの「真実の恋」、一見、メロドラマ風タイトルだが、ウィットに富む快作だ。
舞台はノルウェーの田舎の小学校。男の子はバイキング、女の子はプリンセスになりたがる、北欧らしさが良く出ている。そして、弾むようなノルウェー語が耳に心地よい。
物語の主人公は10歳の女の子。転校してきた美少年に一目惚れ。しかし、そこに、CMモデルをやる金髪自慢の女の子が強力なライバルとして登場。その上、過去に同様な美少年に恋し、激怒した父親に殺され、壁に塗り込まれた少女の伝説化した幽霊話がかぶさる。総てがメルヘンチックでしかもマンガチック、とにかく可笑しい。小品だが、真剣でありながら、可笑しい子供の世界が見る者を和(なご)ませる。


日本からの待望の受賞

「チチを撮りに」
(c)2012 ピクチャーズネットワーク/日吉ヶ丘ピクチャーズ

 Dシネマでは、日本の新人監督作品奨励のため特別に3本の枠を作り、今年、初めて受賞作が誕生した。新人、中野量太監督の「チチを撮りに」だ。今年39歳の彼の第一回長篇作品で、家族をテーマとしている。タイトル「チチを撮りに」が何か訳あり気で実に良い。
物語は、2人の10代の娘と母親の家庭が中心。父親は、他の女性と出奔。その父がガン末期で死にそうとの連絡が入り、母親はチチの最後の顔を撮りにと、2人の娘を送り出す。脚本が良く練られ、今後、もっと社会性が出れば楽しみな監督だ。


核となる作品に欠ける

 映画の世界、すっかりデジタル化し、それが少数派だった頃と比べれば、現在は圧倒的なデジタルの時代を迎えている。映画祭事務局も、その分、選択の余地が膨らみ、核となり、インパクト充分な作品を引き寄せることは可能な筈だ。勿論、「二番目の妻」、「レストレーション〜修復」、「ワイルド・ビル」、「真実の恋」、「チチを撮りに」などの佳作群があることは承知の上で、敢えて、一段上の作品を注文したい。




(文中敬称略)


《了》


映像新聞2012年8月20日掲載号より転載

中川洋吉・映画評論家