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「粒ぞろいのフランス映画」

 若年層のヨーロッパ映画離れは、ここ数年来続く現象であり、アート系上映館、配給会社は苦戦を強いられている。しかし、その層がアメリカ映画に流れるかといえば、そうでもない。邦画、洋画の入場者数で、長い間アメリカの後塵を拝してきた邦画が優位に立ち始めた。そのアメリカ映画も徐々に凋落傾向をたどっている。このような状況の中、「好調フランス映画」を唱えるメディアの論調が現れ始めた。

国内での上映本数が増加

 60年代まではチェーン公開し、多くの入場者を獲得してきたフランス映画であるが、70年代は、ソフトポルノと、ドロン、ベルモンドのアクションもの以外は殆ど配給されず、日本におけるフランス映画の空白時代であった。息を吹き返すのは、80年代からのアート系館の登場を待たねばならなかった。それらは単館ロードショー館であり、収容人員も少なく、主としてフランスをはじめとするヨーロッパ映画が上映され、この流れは現在まで続いている。
現在の邦画市場(2011年)は、邦画54.9%、洋画45.1%と2006年以降、邦画優勢の傾向が続いている。換言すれば、邦画優勢分だけ洋画が目減りし、ヨーロッパ、フランス映画も影響を受けている。

注目作品を積極的に買い付け


 良い材料として、フランス映画に新しい現象が生まれ始めた。例えば、カンヌ映画祭では、主としてコンペ部門の出品作品を、昨年、今年と早々と日本の配給会社が積極的に買い付けた。以前では見られなかった現象で、カンヌ映画祭で上映された作品の殆どが劇場公開の道筋がつき、フランス映画もその恩恵に浴している。ただ、アート系館中心の小規模の公開である。昨今の買い付けの結果、本数は増加し、観客にとり、フランス映画がより多く見られるメリットは出てきた。だが、全体としての観客増減への影響は現在までのところはっきりしない。

「アーティスト」

「アーティスト」

 「好調フランス映画」説のトップバッターは、今春公開された「アーティスト」(ミッシェル・アザナヴィシウス監督)であり、昨年のカンヌ映画祭で高く評価され、主演男優賞を獲得し、本邦公開でも好調であった。白黒のサイレント作品で、レトロ感覚一杯の本作には意表をつかれた覚えがある。そして、徹底した往時のアメリカンスタイル、途中までアメリカ映画との錯覚に陥ってしまったほどだ。1人のサイレント時代の大スターが、トーキーの出現により没落し、昔、彼の好意で映画界デビューした女優がスターとなり、彼を助け、恩人をカムバックさせる物語である。狙いとしてのシンプルな作りが、ラブストーリーをより一層盛り上げた。この意表を突く狙いが大成功、2012年アカデミー賞で作品賞をはじめ5部門での受賞、フランス映画躍進を印象づけた。


「最強のふたり」

「最強のふたり」 2011 (c)SPLENDIDO/GAUMONT/TF1 FILMS/TEN FILMS/CHAOCORP

 次いで、「最強のふたり」(エリック・トレダノ監督、オリヴィエ・ナカシュ監督)はフランス映画躍進の象徴となった。9月1日に封切られた同作は、当初はアート系館から出発したが、徐々に人気を博し、上映館を増やした。フランス映画では最近にないヒット振りだ。本国フランスでも、2000万人の観客動員を果たし、フランス映画史上、第一位の快挙となった。
物語は、白人の富豪と黒人の失業青年との主従関係を飛び超えた交友関係を軸に展開される。
階層の異なる人々のあり得ぬ出会いが作品のミソであり、このハナシは実話に基いているのが強み。過去の同系列作品として「ロミュアルドとジュリエット」(仏・89、コリンヌ・セロー監督)がある。白人の社長と黒人掃除婦との結びつきを描く、あり得ぬ階層の出会いを紡ぐ、現代のおとぎ話であり、極めて上質な作品であった。「最強のふたり」はその系列に属する。同作のハイライトは、富豪の誕生祝いで、生のオーケストラが入り、優雅なバロック音楽を自宅で演奏するシーンである。その時、看護師に採用された黒人青年は、裕福な富豪の親戚たちに向かい、「もっとノリの良い音楽がある」といわんばかりに、「ファイアー・ウィンド&アース」のディスコ調の曲を流し、自ら踊り出し、お上品な人々もつられて体を揺り動かす。階層が異なる2人の人間の絆の象徴と呼べる場面である。


「チキンとプラム〜あるバイオリン弾き、最後の夢」

「チキンとプラム」
(c)2011Celluloid Dreams Productsion-TheManipulators-uFilmStrudio37/Le Pacte-Arte France Cinema-ZDF/Arte-Lorette Productions-Films(c)

 今年度、目立ったフランス映画の中で「チキンとプラム」(11月10日公開予定)は、前作「ペルセポリス」(07)(アニメ長篇、カンヌ映画祭審査委員賞)のイラン人女性監督マルジャン・サトラピのコミックが原作。今作は劇映画で、フランス作品ながら、ペルシャ的雰囲気を醸し出している。物語の主人公は、高名なバイオリン弾き(マチュー・アマルリック)で、マルジャン監督の叔父が実在のモデルである。その彼、失恋を契機にかつての栄光に影が差し始めるストーリーで、永遠の恋がテーマとなっている。1人の男の人生の浮き沈みが親近感を抱かせる。特に、ラストの老いた主人公が昔の恋人と出会うシーンは悲しい結末だが、観る人間を納得させる。
現代のお伽話の趣きがある、楽しめる作品だ。共同監督・脚本は「ペルセポリス」同様ヴァンサン・パロノー。


老人の楽園

「みんなで一緒に暮らしたら」
(c)LES PRODUCTIONS CINEMATOGRAPHIQUES DE LA BUTTE
MONTMARTRE/ROMMEL FILM/MANNY FILMS/STUDIO 37/HOME RUN PICTURES

 良質なコメディで、身近な老いの問題に触れたのが「みんなで一緒に暮らしたら」(ステファン・ロブラン監督、11月3日公開予定)である。迫りくる老いに対し、誰もが一度は気の合った仲間と一緒にコミュニティが作れたらと思う時はあるだろう。その夢と現実の落差が観る者の心を揺らす。
物語の主人公たちが素晴らしい。皆70代を越え、舞台、映画で活躍する名優揃いだ。2組の夫婦、ジェーン・フォンダ、ピエール・リシャール、もう1組はジェラルディーン・チャップリン、ギイ・ブドス、それに独身者のクロード・リッシュが加わり、繰り広げられる究極の楽園の物語である。何かにつけて集まる5人、そこに1人の青年(ダニエル・ブリュール)が入り込み、老人たちの良き仲間となる。
年寄り過ぎて市民運動に入れてもらえず憤慨する男、愛犬「命」の認知症の男、2組の夫婦の妻に手を出す独身男と、小さなエピソードが積み重ねられる。各人が迎えねばならぬ人生の最終コース一歩手前の楽園とジェーン・フォンダの死による夢の崩壊と、老境のそれぞれの人々の生き方が語られる。絶対に当らないとされた老人ものだが、「八月の鯨」(87)以降だろうか、新たなジャンルとして市民権を得てきた経緯があり、今作もその中の一作。ストーリー展開と名優たちの芝居が良く練られている。40年振りのフランス映画出演の、ジェーン・フォンダの70を過ぎての美しさは見物(みもの)であり、彼女の達者なフランス語も素晴らしい。


「シェフ」 グルメもの

「シェフ」
(c) 2012GAUMONT-TF1 FILMS PRODUCTION-A CONTRACORRIENTE FILMS

 佳作として「シェフ」(ダニエル・コーエン監督、12月22日公開予定)も見逃せない。当世はやりのグルメもので、新旧のシェフの腕の競い合いが作品の見どころ。三ツ星レストランのシェフ(ジャン・レノ)は、星の維持のため、上からのプレッシャーを常々苦々しく思っている。彼のことを料理の神様と崇(あが)める、若い料理人、現在は老人ホームのペンキ塗りアルバイト、大シェフのレシピ総てを頭に入れ、優秀だが、喧嘩早く、レストランを何度もクビになる程の妥協しない男。例えば、魚に赤ワインを注文する客に、強引に白ワインを勧め、客の不興を買い、即刻解雇。しかし、神様と崇めるシェフのレシピにもう一工夫こらし素晴らしい腕を見せる天才肌で、紆余曲折の後に大シェフの許で働くことになる。このシェフと若手のコンビはTV料理番組のスターとなり評判を呼ぶ。詳しい料理場面の描写は一皿、一皿の美味しさを目で堪能させてくれる。


一過的現象でない「好調さ」

 今年度の日本におけるフランス映画は粒揃いだ。そのことによりフランス映画が好調と断定するには疑問がある。
フランス映画界は昨年からの「最強のふたり」で歴史的ヒットを飛ばしたが、今年が抜きんでて良い年ではなく、長いこと好調を維持している。フランスにはCNC(フランス国立映画センター)と呼ぶ文化省直轄組織がある。この組織予算は年間750億円の予算規模を誇っている。この予算は、映画、映像テレビ産業からの拠出により成り立ち、1986年に法制化された。これは映画インフラとも呼ぶべき制度であり、国家的文化政策の一翼を担っている。好調さは、このシステムにより支えられ、日本の一部メディアの論調にある「好調」とする見方は、取り立てて本年だけを指す一過的現象でなく、その背景も併せて認識する必要がある。




(文中敬称略)


《了》


映像新聞2012年10月15日掲載号より

中川洋吉・映画評論家