このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



「第13回東京フィルメックス」(上)
"木下恵介監督「生誕100年」特集"
劇映画中心に19作品を上映

 「第13回東京フィルメックス」(以下フィルメックス)は、11月23日から12月2日まで、有楽町朝日ホールを中心に開催された。アジア中心を趣旨とする同映画祭、どんどん翼を拡げイスラエルまでを範疇とした。今年は若い才能の発掘のためのコンペ部門(9本)、特別招待部門(12本)、イスラエル映画傑作選(4本)、そして、木下恵介生誕百年祭(19本)と多様な作品を揃えた。
 
木下恵介生誕百年祭記念の上映は、松竹の企画で既に京橋フィルムセンターで、晩年のテレビシリーズを中心に、フィルメックスでは劇映画中心に上映された。特に戦前から、日本映画全盛時代(1960年頃まで)の作品が網羅された。
上映作品を事前に総て見、印象深かったのは、いわゆる名作の誉れ高い「二十四の瞳」(54)、「楢山節考」(58)、「笛吹川」(60)などの作品以外に、上映機会の少ない傑作群の存在を改めて思い知らされた。
戦後の日本映画で、木下は反戦・民主主義を、黒澤は右肩上がりの時代を背景とした逞しい男たちを、新藤は農民の土への執着を絶えず追う作家として名を馳せた。
木下恵介(1912・12・5生まれ、1998没)(享年86歳)は、奇しくも今年5月29日に亡くなった新藤兼人と同年齢であり、しかも一時期松竹大船撮影所で、監督、脚本家として仕事をしていた。新藤は木下のために「結婚」(47)、「お嬢さん乾杯」(49)の脚本を書いている。その後、木下はエース監督として輝かしい興行成績を収め、松竹を潤し、新藤は独立プロで辛酸をなめながら着実に映画史に名を留める作品群を製作した。因みに、黒澤明は1910年生まれで、木下、新藤の先輩格であり、2人は黒澤明に対し好印象を抱いていた。


群を抜く面白さ

「女」

 2000年に京橋フィルムセンターで全49作品が上映され、個人的には未見を含め全作品を見る機会があった。数々の名作の中で、未見であった「女」(48)の面白さに惹かれ2度見た覚えがある。窃盗犯(小沢栄太郎)とショーダンサー(水戸光子)との東京、箱根湯本、熱海への逃避行が物語の筋である。まず、写し出される当時の時代風俗の見事さにうならされる。冒頭、びっこを引きながら楽屋口の裏階段を上る小沢栄太郎が水戸を呼び出す。この辺りから何かありそうな雰囲気。まともでない仕事を生業(なりわい)としている小沢、女を脅したり、なだめたりしながら熱海に入る。逃げようとする女を上手く引き止める小沢のイカサマ師振りが小面(こづら)憎い。温泉街の宿泊客目立ての流しが、当時流行った「泣くな小鳩」を歌うと悪党の小沢が機嫌よく歌い出すシーン、木下は時代を巧みにすくい上げている。彼の作品では、当時は下品と見られていた流行歌がしばしば挿入されるが、それは彼自身の庶民性の現れと解釈できる。
本作は、ラストの熱海市内の火事場シーンが圧巻だ。宿泊客や住民は家財道具を担ぎ避難する。偶然火事に遭遇したとの説があるが、実際は巧妙なロケであったと、撮影監督の楠田浩之(ひろし)は証言している。高台から海辺へと人々は避難するが、木下は主人公2人を逆方向へと動かしている。この演出には意表を衝かれる。映像的には、斜めに切った構図、ロングから超アップと、映像感覚が冴え渡っている。なお「女」は当時の邦画量産体制で、大船のステージが満杯となり、会社の要請でオールロケ撮影となった経緯がある。そこが、かえって動的な、セミ・ドキュメンタリータッチの効果を生み、67分ときりっと作品を締めている。小沢の芝居、映像感覚、火事場シーン、歌謡曲の採り込みと、見所の多い木下の隠れた傑作だ。



巧まざるユーモア


「肖像」

 「肖像」(48)も上映機会の少ない作品だが、木下のセンスが光る佳作だ。黒澤明脚本であり、この2人の特徴をどう見せるかに興味が集まった。物語は胡散臭い不動産屋(小沢栄太郎)が一軒家を購入するところから始まる。買った家は、お人好しともいえる画家一家が楽しく暮らしている。この家族を立ち退かせるため、小沢は妾(水戸光子)と強引に乗り込み、一隅に暮らし始める。反発を予想した2人は逆に画家一家に歓待され、妾はお嬢さんと呼ばれ面喰う。浮世離れした一家は、停電の時は皆でお月見を楽しみ、電気が灯(つ)けばダンスに興じる楽天家ばかりだ。妾は画家から肖像画のモデルを頼まれるところが、黒澤脚本のミソとなっている。モデルをしているうちに妾は、心の奥まで見通される気になりつくづく、妾が嫌になる。小沢は品の悪い中年男を演じるが、時折、人をホロッとさせる芝居で、この役を上手く演じている。他に、東山千栄子、菅井一郎と、木下好みの上手い役者が顔を揃え、芝居に厚みを持たせている。また、新人の桂木洋子(松竹歌劇団出身、故黛敏郎夫人)の可憐さは一見の価値あり。テーマ的に女性の自立を裏に忍ばせた木下が、黒澤に判定勝ちを収めた格好だ。コメディとして良く出来ている。


笑わす木下


「お嬢さん乾杯」

 「肖像」(48)の系譜を引く傑作コメディが「お嬢さん乾杯」(49)である。ガレージ経営で成功した新興成金(佐野周二)に、ある時、没落家族のお嬢さん(原節子)との縁談が舞い込む。一生出会うことのない人間同士の行き違いで笑わすが、それには新藤兼人のかっちりとした脚本が大いに貢献している。男は一目惚れだが、女は家を救うための結婚と無理に割り切る。ラストで真の愛を確信する仕掛けが鮮やかだ。旅に出た佐野を追って駅へ駆けつける原節子のシーン、バックに「花も嵐も踏み越えて…」の「旅の夜風」の音楽の一節が入る。一世を風靡した「愛染かつら」(38)のパロディであり、木下の洒落っ気を感じさせる。笑いのハイライトは、原節子を家へ送り、門に入り掛けた彼女がつまづくシーンである。あの美女をつまずかせるとは、木下も意地が悪い。今作の原節子を、一番綺麗とする意見があるが、全く同感である。上手い役者好きの木下がバーのマダムにおばあさん役で活躍の村瀬幸子を起用しているが、これは珍品。木下作品の中の最良のコメディだ。


戦いと手法


「風花」

 「木下は、裕福な食品商の両親に育てられ、彼の作品には母親から受けた慈しみの情が色濃く出ている。そして、彼の真情に反する行為に対しては鋭く反応する。反戦を強く訴えた「二十四の瞳」(54)は、日本映画全盛時の国民的映画であった。この作品で教員志願者が増加したとの逸話がある。戦後も残る封建制を批判した「風花」(59)、「女の園」(54)、「永遠の人」(61)、木下自身が一番大事にした親孝行の観念が希薄となる時勢に対する警告としての「日本の悲劇」(53)がある。彼は戦後民主主義の申し子で、根っからの平和主義者と言える。
日本映画全盛時代の代表的監督で、彼の傑作といわれる作品は、殆どこの時期に集中している。

「日本の悲劇」

前述のように、新藤兼人とは同時期に松竹大船仕事をした間柄であり、彼は脚本家から見た監督、木下恵介を映像で勝負する人と、後年語っている。これは誠に至言で、木下は、類い稀な映像感覚を駆使し、様々なスタイルに挑戦し続ける作家といえる。従って、彼は、固定したスタイルを持つ監督ではなく、その多様性で天才監督と呼ばれた。歌舞伎調の「楢山節考」、ロケだけで押し通した「女」、徹底したリアリズムを貫いた「日本の悲劇」、日本初の総天然色(カラー)作品に挑んだ「カルメン故郷に帰る」の実験精神、そして、女性の嫌な面を殊更衝いた「永遠の人」(61)、「香華」(61)、その他に、勿論「野菊の如き君なりき」(65)などの抒情的作品がある。多才振りを発揮した監督であり、底流には、親子、家族の絆の尊重、反戦平和の主張が流れている。
上映作品一覧(19作品)
「歓呼の町」(44)、「女」(48)、「婚約指輪(エンゲージリング)」(50)、「夕やけ雲」(56)、「死闘の伝説」(63)、「カルメン故郷に帰る」(51)、「楢山節考」(58)、「二十四の瞳」(54)、「陸軍」(44)、「肖像」(48)、「お嬢さん乾杯」(49)、「カルメン純情す」(52)、「日本の悲劇」(53)、「野菊の如き君なりき」(55)、「風花」(59)、「今日もまたかくてありなん」(59)、「笛吹川」(60)、「永遠の人」(61)、「香華」(前篇・後篇)(64)





(文中敬称略)


《つづく》


映像新聞2012年12月3日掲載号より

中川洋吉・映画評論家