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「第13回東京フィルメックス」(下)
新しい才能を発掘するコンペ部門
注目すべき中国の女性監督
レベル高いイスラエル作品

 「第13回東京フィルメックス」(以下フィルメックス)は12月2日に、最優秀作品「エピローグ」を選出し閉幕した。元々はアジアの新しい才能の発掘を目指した映画祭だけに、毎年、多くの新人監督作品が選考される。今年は、中国、イスラエル作品の強さが目立った。それは単に、新人的若さだけでなく思考の深さ、技術的水準の高さに見るべきものがあったということだ。
 
毎年、フィルメックスの入場者数は、筆者の関心ごとである。週末はほぼ満員、平日は半分の入りの状態は変わらない。しかし、TOHOシネマズ日劇でのレイトショーは盛況であった。勤め帰りの、多くのアジア映画ファンの来場があった。平日の夜も中々の入りで、フィルメックス全体としては定着し、安定した動員を確保していることがうかがえる。
今回は、コンペ部門で目を引いた作品、その他を中心に述べる。


心を通わす会話

「記憶が私を見る」

 今映画祭で筆者が一番注目した作品の1本が「記憶が私を見る」(ソン・ファン監督、中国)である。
新人女性監督で主演も兼ねる第一回作品であり、そのテーマの扱い方、シンプルな映像、その上、ゆったりと流れるリズム、総てに卓越している。
物語は、北京で働く娘が南京の実家に戻り、親子、兄姉との再会による、自己と他者によって織りなされる人間関係に焦点が当てられる。父は、かつては病院長まで務めた医師だが、現在は、慎ましいアパルトマンで妻との2人暮らし。全体の流れはゆったりし、南国的な台湾映画を見るようである。
しばらくの間、両親宅に逗留する娘と両親、時として兄が加わる会話に人生の感慨が込められている。母親の子育ての苦労、多忙で家庭を顧みれなかった父親の後悔、更に、兄の語る妹の誕生にまつわる話がポツリポツリと写し出される。
ファン監督は、言葉を仲介として、日常生活の些細なことがら、人生の一端をすくい上げることが目的としている。両親の苦労が初めてわかる娘、益々老いる両親の姿、総てが、今まで知らずに通してきたことに、見る側も身につまされる思いだ。
会話を膨らませる重要な小道具が食事であり、そのシーンが図抜けて多い。しかも、それぞれの食事が慎ましい。そこから、普通の家庭であることがうかがえる。今作は、老いへの考察と共に、人生の再認識を促している。会話によりもたらされる人生の安らぎ、それを仲介する家族の食事光景と、人生そのものが柔らかなタッチで描かれる。
注目すべき新人監督の登場だ。



イスラエル色(いろ)に染まる


「エピローグ」

 今年の上映作品では本選、特別招待、イスラエル映画傑作選と、それぞれの部門に同国が顔を出し、主催者側の強い思い入れを感じさせた。しかも、作品自体のレベルが非常に高い。
コンペ部門では、老人問題を社会的視点から射た「エピローグ」(アミール・マノール監督)、軍隊内の民主主義の波紋を描く「514号室」(シャロン・バルズィヴ監督)が上映された。昨今のイスラエル−パレスチナ(以下アラブ)の和平協定の経緯を見れば、戦闘によるイスラエル側死者4人、アラブ側死者1300人の報道からすれば、虐殺としか思えない。その上、500万人を殺害したナチスのホロコーストと同様なことをアラブに対し行うイスラエルという国家の存在に素朴な疑問を挟まざるを得ない。
「エピローグ」では元労働運動リーダーであった夫婦の晩年の、貧しく、人として尊厳を踏みにじられる生活が写し出され、もはや、貧者の存在を脇に追いやる、建国の理想の形骸化がつまびらかに語られている。

「514号室」

「514号室」では、軍隊内における憲兵隊の若い女性取調官が主人公。彼女は、無抵抗のアラブ人撲殺犯として部下に告訴された隊長を取り調べるが、頑強に否定される。しかし、最後は彼女の根気強い説得で罪を認める。だが、その隊長が自殺し、禍根が残る。制度的には民主的な内部規律が維持され、イスラエルの開かれた部分が描かれている。また、両作品とも、一般上映され、政府側の政治的干渉はなかったと、両監督は語っている。
両作品の底流には、イスラエル建国の理想の喪失に対する絶望感が見て取れる。その上、「514号室」で見られる理を尽した取調べ態度、その同じ取調室での女性捜査官と愛人たる若い上官との性交渉など、オープンで人間的な印象を更に与える。ここには、国内のオープンさと、対アラブに対する虐殺に見られる矛盾した方向性、ダブルスタンダードが存在している。
現在のイスラエル国内世論は、極端なタカ派志向で、体制批判は口にし難い状況にあるが、両作品は、片や社会福祉、一方では軍隊内規律の善導と、直接的な政治批判を控え、そこが逃げ道となっている 。


困難な状況を生きる


「サイの季節」

 クロージングで特別招待作品「サイの季節」(バフマン・ゴバディ監督、イラン)が上映された。
特別招待部門であり、コンペの対象外だが、今映画祭の最優秀作品といえる。監督のゴバディは、クルド系のイラン人であるが、母国での映画活動が政府により規制され、亡命の道を選び、現在はトルコのイスタンブールを活動の拠点としている。今作も、トルコで製作された。
物語の主人公は一組のカップル、夫はクルド人詩人(実在の人物)で、反体制派と見なされ、懲役30年、妻(モニカ・ベルッチ)も10年の刑を受ける。理不尽な判決により、愛し合う夫婦が切り離される。その上、妻に横恋慕する政府高官が、夫が獄死との偽情報を妻に伝え、彼女は第2の人生を歩み始める。30年後に出所した夫は妻を探す旅に出る。詩を書くことが犯罪という不条理さと権力犯罪に屈する2人であるが、再会の希望を捨てず、困難な状況を生き抜くことがメインテーマとなっている。ゴバディ監督作品には一生懸命生きる人々が常に描かれるが、今作も例外ではない。また、映像的にも種々の工夫が凝らされ、過酷な状況を最後まで引っ張り見せてしまう。「サイの季節」は傑作であり、監督としての器が一段と大きくなった感じだ。


キム・ギドク監督新作


「ピエタ」

 韓国のギドク監督の新作「ピエタ」が特別招待作品として上映された。今作、今年のヴェネチア映画祭金獅子賞(最高賞)受賞作品で、このような早い機会に見れることは驚きである。主人公は暴力的に借金を取り立てるヤクザ者。その彼が、音信不通の母親の登場により、良心を取り戻す物語で、とにかくエゲツない暴力が作品のドクとなっている。悪から善への転換が、唐突な感はあるがギドクパワー全開だ。






日本作品


 若手の社会意識の低さのみが目立つ日本映画から、骨太な作品「おだやかな日常」(内田伸輝監督)が登場した。3・11後の放射能拡散に脅える2人の女性が主人公。舞台は福島ではなく東京とし、人々の持つ不安をフィクションとして構成し、テーマがより普遍性をもって迫ってくる。若手監督の力作だ。
この作品については、機会を改めて述べる。




受賞一覧


最優秀作品賞 「エピローグ」(イスラエル)
審査員特別賞 「記憶が私を見る」(中国)




(文中敬称略)


《了》


映像新聞2012年12月10日掲載号より

中川洋吉・映画評論家