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「ひろしま 石内都・遺されたものたち」 
被爆をテーマにした写真展中心に1年に及ぶ密着ドキュメンタリー
米国人監督が描く「ひろしま」
遺品の衣服が語りかける真実

 8月6日の広島、9日の長崎原爆投下と、毎夏、被爆の事実は否応なく我々の目の前に突き付けられる。日本人は年に一度、被爆体験と向き合わねばならない。1945年の原爆投下以来、原爆をテーマとした作品は数多く製作された。その中の秀作「原爆の子」(52)(新藤兼人監督)は忘れ難い。


「広島」との向い合い方

写真家、石内都
(c)NHK / Things Left Behind, LLC 2012

 数多くの広島ものは、その大半が、日本映画伝統のリアリズム手法に依っている。これは日本映画の大きな流れであり、この手法により、多くの映画作家は人類史上稀有の悲惨な事実を描き、伝えた。リアリズム手法は事実を伝える手段としては、有力であるが、時として重く、また、カワイソウイズムに陥る危険がある。
今夏、7月20日から8月16日まで岩波ホールで緊急上映される「ひろしま」は、今までの広島との対峙の仕方が全く違う。アメリカ人、女性監督リンダ・ホーグランドは、原爆投下の事実を明るい画面で切り取る手法で広島を描いた。彼女は、静謐(せいひつ)でありながら、画面が明るい特徴を持つ写真家石内都(いしうちみやこ)の一連の広島被曝をテーマとした写真に影響を受けた。「ひろしま」は2011年から翌年にかけてのカナダ・ヴァンクーバーでの石内都の写真展を中心とした、1年に及ぶ密着ドキュメントである。





ホーグランド監督について


リンダ・ホーグランド監督
(c)NHK / Things Left Behind, LLC 2012

 インタヴューしたリンダ・ホーグランド監督は、アメリカ人であり、宣教師一家の両親のもとで日本に生まれ、高校まで日本育ち。その後、アメリカのエール大学で学ぶ。当然ながら日本語能力は高く、インタヴューは日本語で行われた。日本語はネイティヴ級であり、話す内容は、英語を通さず、日本語で思考され、それが総て日本語に変換される。是枝裕和作品の海外での通訳、字幕翻訳家として黒澤明、深作欣二、阪本順治、宮崎駿、西川美和、そして、是枝裕和作品など200本以上を手懸けるスペシャリストで、特に深作監督への思い入れは深い。



シンプルでインパクトのある映像



 冒頭、人の吐息が聞こえ、そこからカラーとなるシーンは、強い印象を残す。人の息遣い、これからの展開がどのように運ぶか興味を持たせる。
メインの映像として、水玉模様のワンピースが写し出される。被爆者の女の子の遺品だ。
被爆した人々の衣服は、焼け焦げた布ではなく、それぞれが存在感を持って迫る。
ナレーションの「着衣していた人はどんな人であったのか」は、見る者の想像をかき立てる。ホーグランド監督は、衣類を着ていた人々の魂を「浮かばせてあげたい」との思いが作品の狙いと語る。アメリカ人の、亡き人を「浮かばせてあげたい」との発想、普通ではできない。
この「浮かばせてあげたい」との思いが、ただの被爆者の水玉のワンピースをより美しく見せている。彼女は美しくない映像は使いたくないとし、使うべき映像として石内作品に着目したのであった。




美術品となる衣類


展示の、水玉のワンピース
(c)NHK / Things Left Behind, LLC 2012

 原爆資料館には遺族から多くの遺品が寄贈されている。その中の衣類に石内都は着目し、それらを明るく、明瞭に写し取っている。それらの衣服には、言外の意味として、遺族は自分に代り、後の世代へ原爆投下を伝えて欲しい思いがある。傷んだはずの衣服が美術品と化すが、これこそが、石内都の思いの現れであり、そこに感銘を受けたのがホーグランド監督なのだ。


蘇る亡き被爆者たち


 遺された衣類は大変に雄弁である。その衣服を見て、人は、被爆者たちが原爆投下までは楽しく生きていたことは容易に想像できる。また、13歳の少年の来ていた綿入れも印象深い。人は嫌でも、どんな少年だったのかに思いを馳せるであろう。実際、この少年は原爆投下の2日後に亡くなっている。
衣類ではないが、人形も登場する。それは、被爆で亡くなった女性の形見であり、どんな思いで亡くなったかと胸に響く、インパクトの強いシーンだ。それらの遺品から、亡き人々が蘇ってくる思いにさせられ、ここが「ひろしま」の最大の見ドコロだ。

贖罪


 ホーグランド監督は、少女時代、松山で過ごし、学校で始めて原爆について学んだ。その時以来、彼女には原爆投下に対し、アメリカ人としての贖罪意識を抱き続けた。「ひろしま」製作意図として、原爆投下に対する死者への追悼と贖罪意識を作品に盛り込むことを常に考えた。
その贖罪について、彼女は面白いことを語っている。
「アメリカでの原爆投下の反応ですが、原爆製造の当事者は、二度と使ってはいけないと考えます。しかし、アメリカ政府が今まで謝罪をしてこなかったのは、多分、今後も使う意志があるからでしょう」


製作の経緯


 作品製作の経緯について、ホーグランド監督は、ざっくばらんに語った。
「NHKの番組として撮り、費用の心配はありませんでした。撮影日数は全体で20日間、石内都の写真展、開催地のヴァンクーバーで12,3日、広島は1日、そして、石内都で1日と、短期間で撮り上げました。大変優秀なカメラマン、山崎裕の参加を得て、彼の的確な画面作りで、長くカメラも廻す必要もなく、短期間で終了しました。


「ひろしま」の新しさ


 原爆資料館の被爆者たちの衣裳、靴、人形が、石内都のカメラに収められ、それらの写真が、カナダ、ヴァンクーバーの民俗学美術館の石内都写真展で展示される。ホーグランド監督は、この美術館をメインに、展示された写真や、観客の反応や発言を写しとる。「遺品から、亡くなった人々の生きていた時間が垣間見える」、「死者たちの生きていた時間が撮られている」などは、率直な感想であり、亡くなった人々への深い愛情を感じさせる。
「ひろしま」は写真から広島を再構成する新しい視点に立ち、リアリズムにより多く描かれた今までの広島とは別の顔が現れる。そこが「ひろしま」の魅力である。


岩波ホールが緊急上映


 意欲的なプログラム編成で多くの観客に支持される岩波ホールは、社会性に富み、上映の必要があれば、既に決まっているプログラムの間に緊急上映として挟み込む。同ホールは、3年先まで編成が決まっており、今回の上映は同ホールの英断だ。

7月20日(土)より岩波ホールにて全国順次公開
(同時上映『ヒロシマナガサキ』)






(文中敬称略)


《了》


映像新聞2013年7月15日掲載号より



中川洋吉・映画評論家