このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



アジアフォーカス・福岡国際映画祭2013」 
地域性の違い伝えるアジア映画
等身大の人間像描く面白さ

 毎年、恒例の『アジアフォーカス 福岡映画祭』は、9月13日(金)から23日(月)まで、2つの連休を挟み福岡で開催された。会場は今年から川べり、中州のキャナルシティー博多内のシネコン、ユナイテッド・シネマキャナルシティー3がメイン会場となった。上映作品は23ヶ国・地域からの51作品であった。毎年、アジア諸国から旬の作品が集められ、アジア映画の面白さを堪能させてくれた。

地味なアジア作品の展開

 一般的に知られていないアジア各国の作品が集められる本映画祭は、正直言って知名度は低く、スター不在である。
しかし、今回で23回目を迎え、福岡市の財政助成もあり、ここまで続いたのは、初代ディレクターで現在は映画大学学長を務める映画評論家、佐藤忠男氏の功績に依っている。アジア映画がこれ程面白いとは、設立当時、多くの人々は信じなかった筈だ。しかし、映画によりアジアの人々の生活、意識、行動、そして、地域性の違いが伝えられ、福岡市民は、その面白さを容易に発見した。その彼らが固定ファンとなり映画祭を支えた。



国別出品数


 インドが3本、トルコが2本、イランが1本、シンガポールが2本、インドネシアが3本、フィリピンが1本、台湾が2本、中国(含香港)が3本、韓国が2本、タイが1本、ウクライナが1本、日本からは1本と計22本が上映された。高い映画力を誇るイラン、トルコの存在は当然であり、最近、注目されている東南アジアのインドネシア、シンガポール、フィリピンの参加もあった。又、国際共同製作作品も、フランス−アフガニスタン、イラク−トルコ、インド−アメリカ、イギリス−中国と映画製作の国際的潮流も反映していた。従来の中国圏+韓国とイランがメインの構図が毎年、少しずつ変化している。

堅調なイラン映画から秀作



「パルウィズ」
 ベテランのキアロスタミ、マフバルマフの世界的監督に次ぐ、中堅、若手世代が充実しているのが現代イラン映画である。その中で光ったのが「パルウィズ」である。パルウィズとは、中年の太った禿げの独身中年男の名で、彼は裕福な父親に寄生するパラサイト人間である。結婚相手に恵まれず、定職がなく、マンション住人の雑用係として僅かな収入を得ている。父と2人暮らしの彼は、親の再婚で、マンションを追い出され、外部から丸見えの父の用意したガランとしたマンションへの引っ越しを余儀なくされる。元のマンションの住人達は、隣人でなくなった彼に仕事を出さず、定職に就いたことのない彼は、夜間警備員の職を得る。今までの快適な生活から切りはがされた彼は不満をつのらせ、周囲を恨み、元のマンションに毒をまき、犬猫を殺す嫌がらせをする。警備員の彼は、上司の不正な小遣い稼ぎを密告し、自分が上司のポストに就く。一見、グズだが、地頭は悪くない彼は、部下の警備員に対し尊大な態度を取るようになる。さらに、父親の弱みに付け込み、脅迫行為を働く。ここには、社会から疎外された人間の苦しさ、そこから派生する悪意が描かれる。イランの監督は検閲問題のため、政治問題を避けねばならぬ事態に陥っているが、彼らは新しい問題提起として社会へ目を向けるようになった。一昨年の「別離」(11)は同傾向作品である。「パルウィズ」は今年の収穫の1本だ。


韓国の力(りき)発想力のすごさに驚く韓国作品


「結界の男」

 韓国からは「結界の男」(チョ・ジンギュ監督)と「未熟な犯罪者」(カン・イグァン監督)の2作品が出品された。「未熟な犯罪者」は、昨年の東京国際映画祭で審査員特別賞を得ている。即ち、日本初公開作品ではない。
「結界の男」は巫女とヤクザを1人の男が掛け持ちするもので、この有り得ない組み合わせを考えつく発想の凄さにはド肝を抜かれる。舞台は釜山、冒頭の夜景、釜山の発展を伝えるようで目に眩しい。余談だが、韓国は映画の中心をソウルから釜山に移し、同市は韓国映画の中心的役割を果し、同国の映画庁「KOFIC」も既に釜山に本拠を移している。
本題に戻る。ヤクザの抗争で、幹部の男が乱闘で昏睡状態に陥る。そして、ハナシとしては、荒唐無稽であるが、巫女になる運命が定められ、霊の世界入りとなる。しかし、行(ぎょう)を行う場合は女装が義務付けられている。更に、彼は、ヤクザとしての務めもあり、その転換に苦心せねばならない。大変な発想である。主演のパク・シニャンの女装は、正に珍品としかいえぬものであり、必見だ。この発想を臆面もなく押すあたりが、韓国映画の力(りき)が感じられる。今作も本年の収穫の1本。


台湾映画の心地良さ


「すこし恋して、ちょっと愛して」

 アジア映画の最大の面白さは、描かれる人間像が等身大であり、身近感が濃厚なところにある。特に、中国語圏作品にその傾向は顕著だ。その中に台湾映画があり、最近の代表作として、台湾国内で大成功を収めた「海南七号 君想う 国境の南」(08)がある。同様な流れが「少し恋して、ちょっと愛して」(シュイ・チャオレン監督)にある。
物語は、台湾市内に住む一家4人を中心に展開される。一家の悪ガキ風の高校生が愛のキューピット役を演じ、両親の再婚話、友人たちの縁結びをまとめる、一寸とガサツで、一寸おかしいお話。日常の中に秘む、見逃されそうな気分をうまくすくい上げている。快作である。

娯楽に徹するということ


 香港からの「ウィル・ユー・スティル・ラヴ・ミー・トゥモロー?」はゲイである夫が、永年、言い出しかねた、ゲイであることを告白し、引き起す波紋をソフトなタッチで描き上げている。タイトルは有名なポピュラーソングで、告白された妻がカラオケで歌うところから取ったもの。ツボに上手くはまっている。今作、娯楽に徹した香港映画である。少し物哀しさがある、楽しめる作品だ。


異色の物語構成


 アフガニスタン、フランスの共同製作「悲しみを聴く石」は、亡命アフガニスタン人がフランスで発表した小説で、ゴンクール賞を得たベストセラー小説である。それを原作者アティグ・ラヒミが自ら映画化した作品。戦争で植物人間化した夫を介護する若妻の物語。何の反応を示さぬ夫に、妻は性的な話を枕元で話し続け、その内容は段々とエスカレートする。背景には、女性の自立を阻むアフガニスタン社会の深層が見据えられ、インパクトのある一作。脚本は監督自身と国際的に有名で、ルイス・ブニュエル作品でも知られるジャン=クロード・キャリエールとの共同だ。


注目される作品


 インドからは「シャンハイ」と「血の抗争」の2作が出品された。両作とも、深作欣二監督の「仁義なき戦い」を彷彿される実録もので、そのパンチの炸裂には目を見張る。「シャンハイ」は再開発に端を発する権力による野党指導者暗殺事件を扱い、コスタ・ガブラス監督の「Z」(69)から想を得ている。歌って踊ってのボリウッドものから権力への対決と暴力に特化した作品であり、パワーが感じられる。
他に「聖なる踊子」はインドネシアに古くから伝わる伝統芸能の踊り子が、性の奉仕者でもあることを描いた作品。見応えがある。もう1本、中国人女性が主人公である、ドバイを舞台にした「夢にかける女」は、出稼ぎの若い中国人女性が現地で農園を経営し、辛酸をなめる物語で、外国で生きる女性の苦難、そして、中国人であることの生き難さが良く描かれている。
「アジアフォーカス」は、観客賞を除いては賞のない映画祭である。今年の同受賞作は香港のミュージカル・タッチの「狂舞派」が選ばれた。他に、韓国のイ・チャンドン監督の全作上映と、1964年の日本映画「IQ64」の2本の特集が組まれた。




(文中敬称略)


《了》


映像新聞2013年10月7日掲載号より転載




中川洋吉・映画評論家