このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



「東京フィルメックス2013」報告@
アジアの才能発掘 コンペに10本
完成度高いシンガポール作品
 

 「第14回東京フィルメックス」(以下フィルメックス)は11月23日から12月1日まで9日間、有楽町朝日ホールなどで開催された。福岡アジアフォーカス、山形ドキュメンタリー映画祭と並び、その方向性で海外に知られる存在である。
本年の上映作品はコンペが10本、特別招待作品が8本、その他に、フランスのジャン・グレミヨン監督特集が3本、中村登監督特集が3本と、例年に比べ若干小振りであった。オープニング作品は「罪の手ざわり」(ジャ・ジャンクー監督、中国〈カンヌ映画祭出品作品〉)、クロージングは「ザ・ミッシング・ピクチャー」(リティ・パニュ監督、カンボジア=フランス〈カンヌ映画祭出品作品〉)であった。

目を見張る完成度の高さ

「ILO ILO」

 コンペ部門では、シンガポール作品として初のカンヌ映画祭(監督週間出品作品)で、カメラドール(最優秀新人賞)を受賞した「ILO ILO」(「両親不在の家庭」)が圧倒的な完成度の高さを見せた。
話の舞台はシンガポール、登場人物は中流階級の共働き夫妻と、小学生の息子、そして、主役格は、フィリピンからのメイドである。女性の社会進出が目覚ましいシンガポールでは、一寸余裕のある家庭はメイドを雇う。フィリピンから来た彼女は、口うるさい妻、営業職の夫、そして、両親不在の欲求不満をイタズラで紛らわす小学生の息子の3人家族に囲まれる。彼は学校でイタズラがばれ、叱責した教師の手に噛み付き、学校は母親の職場に呼び出し電話を掛ける。苦り切る母親、息子はいつも何かを企む悪ガキ風。初めて会うメイドにも挨拶もせず、憎々しげな態度を取り続ける。しかし、彼の意地悪に対しメイドも負けていない。彼女の故郷フィリピンの家庭の事情も少しずつ明かされる。
息子の交通事故で、メイドと少年の距離は少しずつ縮まる。その時、アジアを襲った1977年の金融危機で、夫は失職する。同じ頃、少年は学校で級友と喧嘩し、怪我を負わせ、学校から緊急の呼び出し。両親は不在、メイドは「坊ちゃまの一大事」とばかり、1人で学校へ駆けつけ、放校処分をちらつかせる校長に、穏便な処分を嘆願する。その時に、やっと母親が慌てて来るが、メイドの必死の嘆願、母親は「何をメイドのくせに」と思わす態度を取り、メイドは善意の行為が踏みにじられ、悔し涙にくれる。
夫の失職で夫婦は止むなくメイドをリストラ、彼女を空港まで送るシーンが秀逸。今ではすっかり打ち解けた元悪ガキは、車から降り立とうとする彼女の腕をつかみ離さない。思わずホロリとさせる一幕だ。更に、ダメ押しで、出発間際、妻がメイドに小さな包みを渡す。中身はメイドが無断で拝借した奥様の高級口紅で、女2人、ニヤリとする場は洒落ている。作品は技術的に破綻はなく、注目すべきは今年29歳のアンソニー・チェン監督の人情の機微の描き方だ。家族をテーマとする良質な作品であり、この若い監督、タダモノではない才能を感じさせる。


まぶ眩しい映像美


「カラオケ・ガール」

 タイから出品の「カラオケ・ガール」、主人公は地方、農村出身の、通称カラオケ・ガールのナイトクラブのホステスだ。舞台は首都バンコクの歓楽街、夜の街を彩るネオンが眩しい。作品はフィクションとドキュメンタリーとのない交ぜスタイルで、主演のホステス役は本物を起用している。ケバケバしい夜の歓楽街を、カメラは鮮やかに切り取っている。ホステスを通して知る、タイの都会と地方との落差、ネオンの元では、20歳にも満たない少女たちが、故郷の家族への送金のため身体を削る毎日。その、彼女たちの故郷の緑濃い農村の美しさも、映像に写し取られている。この地域差の描き方に、タイ社会の現在が反映されている。


ユニバーサルな問題 人材豊かさ示す中国映画



 中国作品「見知らぬあなた」の舞台は大都市重慶郊外の町、主人公は結婚7年目を迎える夫婦である。夫は家具工場勤務の労働者、妻は町中の小さな雑貨店の店番をする平凡なカップルだ。級友は、工場を買い取り独立するよう夫を盛んに煽る。美人の妻は、男から言い寄られるが鼻であしらっている。いよいよ夫が独立を決意するが、頭金が足りず、妻は元カレの新興成金に金策を依頼すると、あっさりOK。この元カレの好意に嫉妬する夫、夫婦間の雲行きが怪しくなる。堅実な妻、自制心が効かない夫、女性監督チュエン・リンの「男はなんて馬鹿なの」との批判が鋭く、男性の甘さが、嫌になる程思い知らされる。より良い生活を求める中国社会の極めて強い上昇志向を描くと共に、夫婦間のユニバーサルな問題が提起される。作り手の読みが深い一作。ジャ・ジャンクー監督がプロデューサーを務めた新人監督第1回作品だ。ここに中国映画界の人材の豊かさが現れている。


3・11ものの秀作



 ドキュメンタリー「祭の馬」(松林要樹監督、今年34歳)は、特筆すべき1作である。福島では、人間と同様、馬たちも被爆の犠牲者だ。その馬たちを飼う畜産農家にカメラが据えられ、厳しい環境の中を生きざるを得ない人と馬の関係が語られている。しかも、長期に亘る福島県南相馬市の撮影の成果で、映像の密度が高い。独立プロ作品であり、その経済的苦労がしのばれるが、絶対に回収不能な映画的営為を成す作り手の心意気にはただ感服するのみだ。3・11後、村を挙げての避難、一週間分の餌を与えられた、残された馬たちの餓死の有様が写し出される。あたかも人間のために死んでくれたようだ。避難先から戻った農民は、再び、残った馬の世話をする。その中に、本業では輝かしい成績を収めなかった元競走馬がいる。カメラはこの馬を中心に廻る。美しいサラブレッドだが、何故かペニスが伸びきっている。監督は、被爆の影響で生殖器に変調を来たしたのではないかと疑うが、本当の原因はわからない。前半は馬中心、後半は昔からの伝統の祭、「相馬の野馬追」へとつながる。福島の被爆馬が、伝統の祭に出るという、ドキュメンタリーらしからぬドラマ性は、多分に偶然性も混じるが、極めて優れたアイディアだ。この作品の意図は、生きものの命を、馬を通して考えるところにあり、それは、確実に伝わっている。また、注目すべきは、作り手の意識の高さだ。終映後のティーチ・インでは、外国人ジャーナリストからの質問が相次ぎ、彼らのフクシマに対する関心の高さが見受けられた。多くの人に見てもらいたい1作。


最高賞


「花咲くころ」
 コンペ部門の最高賞は、グルジア・ドイツ・フランス共同製作「花咲くころ」(副賞々金70万円)に与えられた。90年代、ソ連崩壊後のグルジア・トビリシが舞台で、主人公は2人の女子中学生、彼女たちの生活環境を中心とし、当時のグルジアの社会的貧困、それに伴う食糧不足、家族の崩壊などの社会問題が非常に良く描かれている。日常生活の中で家族の崩壊の有様以外は普通に生きる女の子たちだが、1人が男友達から拳銃を預かるところから、物語が急に色めき始める。若い2人の生き方と、それを取り巻く社会環境の描き方は申し分ない。しかし、不満は、物語が収斂しないところだ。
今作は、若手映画人作品によく見られ、マニアや映画祭で面白がられるタイプで、今一つ、物語の押し込みの弱さに物足りなさを感じた。


受賞作品



最優秀作品賞

「花咲くころ」
(ナナ・エクチミシヴィリ、ジーモン・グロス共同監督、グルジア・ドイツ・フランス)

審査員特別賞

「ハーモニー・レッスン」
(エミール・バイガジン監督、カザフスタン・ドイツ・フランス)

スペシャル・メンション 「カラオケ・ガール」
(ウイッサラー・ウィチットワータカーン監督、タイ・アメリカ)
「トーキョービッチ、アイラブユー」(吉田光希監督、日本)
観客賞 「ILO ILO」(アンソニー・チェン監督、シンガポール)
審査員

モフセン・マフマルバフ(審査委員長、イラン/映画監督)渡辺真起子(日本/女優)、イザベル・グラシャン(フランス/プロデューサー、ユニフランス中国支局長)、松田広子(日本/プロデューサー)、イン・リャン(中国/映画監督)



 



(文中敬称略)

《つづく》




映像新聞2013年12月9日掲載号より転載


中川洋吉・映画評論家