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「レイルウェイ 運命の旅路」
日本軍に非道な行為を受けた元英国人戦争捕虜の実話を映画化

 第二次世界大戦で、日本は大きな犠牲者を出し、国土も疲弊した。国外では、戦線を拡大し、朝鮮半島、中国、シンガポール、インドネシアなどで多くの人々の命を奪った過去がある。そのなかの一つに、多くの死者を出した泰緬(たいめん)鉄道建設がある。この建設工事とその後を描いた作品「レイルウェイ 運命の旅路」(以下「レイルウェイ」/ジョナサン・テプリッキー監督、豪・英製作)が公開中である。

泰緬鉄道

エリック(コリン・ファース)
(c) 2013 Railway Man Pty Ltd, Railway Man Limited, Screen Queensland Pty Limited, Screen NSW and Screen Australia

  今の時代、泰緬鉄道について知る日本人は数多くない。泰緬とはタイとビルマの意で、1942年に日本軍により建設された鉄道であり、夏の酷暑、モンスーンなどの気候条件と地形的難所が多く、工事は困難を極め、多くの犠牲者を出した。この難工事の最大の問題点は、タイ、ビルマの現地人労務者、そして、英国などの戦争捕虜を使役させたことにある。本作は、その工事に駆り出された英国の元捕虜の実話の映画化であり、日本軍の「枕木1本、死者1人」といわれた、恐るべき使役の状況をリアリズムタッチで描いている。


建設の動機

パトリシア(ニコール・キッドマン)(右)
(c) 2013 Railway Man Pty Ltd, Railway Man Limited, Screen Queensland Pty Limited, Screen NSW and Screen Australia

 この難工事は、1942年6月の日本軍のミッドウェー海戦の大敗北に端を発している。それ以前に日本軍はビルマ全土を同年5月に制圧したが、ミッドウェー敗戦の大打撃により、ビルマへの物資補給海上ルートが機能不全に陥り、そこで採られたのがタイからビルマへの陸上ルートであった。このような経緯で、全長415キロの建設工事に突入した。日本軍は朝鮮、中国、満州を始め、アジア全域へと戦線を拡大したが、その後、補給ルートを連合軍にことごとく潰され、敗戦に至った。分不相応なこの戦線拡大により、日本国民は多大な犠牲を払わざるを得ず、また、アジアでは日本の加害責任を問われる戦争犯罪を起している。

 

日本人通訳


永瀬隆(真田広之)
(c) 2013 Railway Man Pty Ltd, Railway Man Limited, Screen Queensland Pty Limited, Screen NSW and Screen Australia

 工事現場では、些細なことで、日本軍の軍人たちが苛酷な暴力を振い、捕虜を半殺しにすることが日常茶飯事であり、それらは作品のなかで詳しく描かれており、特に凄惨で、暴力が次第にサディックに変わる様子は異様である。劣悪な建設環境のなか、軍人たちは、英語の通訳を従え、拷問を加え、労務者たちを強引に従わせるのが常態であった。その拷問の被害者の1人が、原作者のエリック・ローマクスである。彼は、終戦後も、憎んでも余りある軍人と通訳の存在は忘れなかった。そして、戦後、英国に戻った彼は、日本人通訳、永瀬隆が存命であることを、友人から知らされた。ここからヤマ場へと話が展開される。
筆者は、偶然にも、東京新聞夕刊の特集記事「戦争の記憶をたどるJ 永瀬隆さん」(14年3月18日号)を目にした。彼こそ、日本軍の通訳であった人物で、掲載時は既に故人であった(2011年没)。その彼、鉄道建設の強制労働の犠牲者の冥福を祈る寺院を建立し、終生、贖罪の念にかられ、135回も日本とタイとの間を往復し、死者の霊を慰める活動に従事した。



豪華俳優陣



 作品のキャストが素晴らしい。主人公エリックには、知的で苦悩する人物に打ってつけのコリン・ファース(「英国王のスピーチ」〈10〉)、彼の妻パトリシアには、テーマ性の強い作品に積極的に関わり、ハリウッド女優の枠から抜け出す意欲を持つ女優、ニコール・キッドマン(「めぐりあう時間たち」〈02〉)、そして、永瀬隆役には真田広之を配した。
冒頭シーンは、汽車の中、向き合って座るエリック(ファース)とパトリシア(キッドマン)、互いに惹かれ、結婚する。この2人の夫婦愛が第1の柱、第2の柱はファースと真田の対決となる。
この間に、泰緬鉄道建設時の悲惨さを写す映像が長尺で挟まれ、建設の困難さと日本軍の非道さが描き込まれる。この工事シーンが2つの柱を盛り上げる大きな要素となる。エリックは、戦後、苛酷な労働と拷問でトラウマ状態に陥る。それを何とかしようと寄り添うのが妻のパトリシア、しかし、彼女が手の打ちようのないほど、彼は過去に執着し、そこから離れられない。その過去との決別のためのエリックと永瀬の対決、ここが本作最大の見ドコロで、人間が変わり得ることを描くが、そこまでの過程がすざましい。



敵対する人間の憎しみと許し



 「レイルウェイ」のテーマは、憎しみを越えて、人は他者を許せるかにある。また、言葉を変えるなら、贖罪の受け入れの可否である。永瀬の存在を知ったエリックは、心配するパトリシアを残し、彼の居るタイへと渡る。憎しみと激しい殺意を抱き永瀬を攻める。彼は、軍の命令、自身は一介の通訳にすぎないと弁解し、拷問に関しては謝罪する。それではとてもおさまらないエリックは永瀬の首に刃物を突きつけ、締め上げ、オリに押し込めたりし、怒りを爆発させる。その後、2人は話を続け、互いの苦悩の共通性を見出し、最終的に和解し、終生の友人関係を結ぶ。




憎しみの持続


  明快で力強い演出が成功
 2人の男の憎しみと和解、美しい幕切れとなり、ホッとする面はある。人間は死ぬまで憎しみを持ち続けて生きることの可能性について問題提起が成される。一般的にいえば、憎しみを持ち続けることの無意味さに気づき、その憎しみに触れないことから始まり、次第に、相手を許す感情が生まれる。それが「レイルウェイ」で描かれる憎しみと許しである。


平易、簡潔な描写



 心の奥に巣食う憎しみと許しの感情、本作では大変きっちり描いている。憎しみと恐怖のぶつけ合い、互いの共通性の発見を「レイルウェイ」では、難解な心理的要素を交えず、平易、簡潔に行動を追い、描くことに徹している。ここに作品の明快さと力強さがあり、演出手法として成功している。


浮かび上がる問題点



 「レイルウェイ」では鉄道建設に徴用された、元捕虜の生存者の1人の手記を原作とし、彼らの目を通しての非人道的な泰緬鉄道建設の過程が描かれている。実際に、英国人捕虜のうち1万2千人が亡くなっているが、このことは、日本軍の捕虜の扱いは、戦時における彼らの扱いを定めたジュネーブ協定に反している。作品の中では、他の労務者、特に、タイ人やビルマ人の犠牲者については触れられていない。作品としては当然のことであるが、資料によれば、英国人を始めとする非アジア系捕虜は6万人、アジア系が20万人と、圧倒的にアジア系の比率が高く半数が死亡したとされている。アジア人労務者に対する扱いは、英国人を始めとする戦争捕虜に対するものよりも苛酷とする参考資料もある。
眼光紙裏に徹し本作を見れば、日本軍のアジア人軽視の姿勢に思いを廻らさざるを得ない。これも、映画がもたらす副次的産物だ。


苦い感動



 「レイルウェイ」は、日本軍の非道な行為、その被害者たる英国人捕虜との戦後のエピソードであり、憎む側と日本軍の罪を個人として受け止める日本人の贖罪とのせめぎ合いが物語の骨子となり、2人の敵対する人間の和解へ至る過程が、苦さを伴う感動をもって描かれる力作である。
  原作者のエリック・ローマクスは既に亡くなっており、夫人のパトリシアが日本での「レイルウェイ」公開に合わせ来日し、「ティーチイン試写会」に出席した。


 



(文中敬称略)

《了》


4月19日(土)から角川シネマ有楽町、新宿ピカデリーほか全国ロードショー

映像新聞2014年4月28日号より転載


中川洋吉・映画評論家