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「坑道の記憶〜炭鉱絵師・山本作兵衛」
世界記憶遺産に登録で注目
人々の働く姿や日常を描写

 ドキュメンタリー映画「坑道の記憶〜炭鉱絵師・山本作兵衛」(大村由紀子プロデューサー・企画)の主人公は、一坑夫の山本作兵衛である。彼の名を知る人は限られていた。人々が彼の炭鉱絵に注目したのは2011年、日本初の「世界記憶遺産」に登録された後である。九州の炭鉱を描く炭鉱絵師は、ローカルな存在であったが、「世界記憶遺産」登録で、一躍多くの人々の知るところとなった。

知られざるヤマの世界

山本作兵衛 (C)本橋成一

  山本作兵衛の絵は、ヤマの人と暮らしとを描く、極めて、庶民的、且つ日常的な視線で描かれている。一目見て、彼の絵とすぐ分かるほど、シンプルで明快な筆致を特徴としている。舞台は九州筑豊炭鉱であり、具体的には、福岡の飯塚市や田川市が中心地域である。この地域、明治以降、日本のエネルギー源であった石炭の一大産地で、今でも多くのボタ山が残り、往時の繁栄を偲ばせる。この時期から、石炭の斜陽産業化にかけてのヤマを写し取ったのが炭鉱絵師・山本作兵衛である。


作兵衛の発見

作兵衛の炭坑絵 (c)Yamamoto Family

 絵師、山本作兵衛は、元来、ローカルな存在であったが、彼に注目する人々がいた。その中には、記録文学というジャンルを打ち立てた作家、上野英信(1923−1987)がいる。上野英信自身、大変な人物で、息子の朱に言わせれば、頭が切れ、腕が立つ、実践派の青白くないインテリであった。見習士官として広島・宇品で被爆、復員後、京大に入学するが、中退し、九州、筑豊炭鉱で一坑夫として地底に潜った。
働きながら文学活動を始め、廃炭鉱住宅に筑豊文庫なる拠点を開設。以後、炭鉱離職者、部落差別、朝鮮人問題などのルポ、記録に取組む。著書に「追われゆく坑夫たち」、「地の底の笑い話」などがある。この彼が山本作兵衛に注目し、1967年にはNHK教育テレビ特別番組「ある人生−ボタ山よ」で作兵衛の炭鉱絵を紹介し、彼を高く評価する有志の手により、後に画集出版へとつなげた。一方、地元、田川市では、その3年前から、市立図書館々長の永末十四雄が、炭鉱の記録としての作兵衛の絵に注目、作品の収集に乗り出した。このように、筑豊では作兵衛の画業は高く評価されていた。


特徴ある目付き

作兵衛の炭坑絵 (c)Yamamoto Family

 作兵衛の絵は、様々な日常や労働現場が描かれている。その中に、一際目立つのが、地底の労働を描いたものである。男女が一組となる先山、後山といわれる石炭堀りの図では、男性はフンドシ、女性は腰巻と半裸に近い状態での作業だ。女性が胸を見せる図は普通には有り得ぬが、地下の抗内は暑く、湿気も高く、とても衣服を付けて動けぬ状態で、労働の厳しさが直に伝わる強さがある。彼の描く人物像、男は皆、目がつりあがり、怖さがある。彼ら、男は強くあらねばとのヤマ独特のマチョイズムが濃厚だ。

女性の過重労働

作兵衛の炭坑絵 (c)Yamamoto Family

 作兵衛の描く女性たちは、当時の筑豊の母親や主婦を描いたものであろう。地底では、男性と同様に力仕事をし、重い炭車を1人で押したり、石炭かごを背負ったりと、大変な働き振りだ。
地上に出れば、混浴の風呂で埃や汗を流すが、ここでも、女性は同じ浴槽内の男性の背中を流している。そして、家に戻れば、亭主は先ず一杯、女房はオサンドンとなり、女性は休む間もなく働く。ここに、作兵衛自身の女性観があり、働く女性への敬意が見て取れる。彼自身、母親に可愛がられて育ったのではなかろうかと、思わず想像してしまう。

子供の労働

 女性と並び、子供も地底で働かされたことを表わす絵がある。半人前の子供は、坑夫の手伝いで、僅かばかりの賃銀を手にし、家計を助ける。その子供が、背中に赤子を背負っている。両親が働き、子沢山のヤマの家族は、子供すら遊んでいられない状況が見える。大人も、子供も、激しい生活を強いられている。

日常の描写

 地底の労働の厳しさ以外に、ホッとさせられる絵もある。特に、祭りの盆踊りは心和む。また、血の気の多い筑豊の男性たち、皆、入れ墨をこれ見よがしに入れ、男振りを誇示している。何か、微笑ましい、マッチョイズムだ。日常描写の中に、思わず笑いを誘うような絵もあり、巧まざるユーモアを感じさせる。このユーモアのセンス、作兵衛の絵ではよく見かける。目じりを釣り上げた男性たちすら、一寸無理をしているようで、微笑ましくユーモアがある。

映画版バージョン ドキュメンタリー番組の映画化

 この筑豊の姿、人と暮らしを描く彼の世界に注目したのが、九州福岡のテレビ局「RKB毎日」であり、テレビ番組「坑道の記憶…」は昨年11月、地元福岡で放映された。今作はその映画版バージョンである。
日本初の「世界遺産」ということもあり、RKB毎日局内では、より多くの人々に見せるために、映画化の企画が持ち上がったのは自然のことである。その上、制作者側からより大きい画面で見せたい希望があった。
ローカル局のドキュメンタリー番組、放映は、年2−3回で、地域も限られ、多くの人々が直接、番組を見る機会は少ない。そのために、映画バージョンが制作され、全国の映画館で上映される。これは非常に良い試みであり、既に、幾つかのローカル局が実施している。このシステムにより、地方の優秀な番組も全国の観客へ届くので、今後も、映画バージョン制作を期待する。
RKB毎日は自前のアーカイヴを持ち、本作でも山本作兵衛の実写フィルムが挿入されている。これにより、人が善く、酒好きの彼自身の往時の姿が見られる。

 

ヤマの人々の海外進出

 本作では、閉山後の坑夫たちがベトナムでの炭鉱指導者として派遣されるシーンが付け加えられている。石炭産業が斜陽化し、多くの離職者を出すに至り、その対策の一つとして、海外への指導者派遣が実現した。石炭業界の行く末を描く意図からの追加であろうが、この部分は必要ないのではなかろうか。
既に、数年前に、北海道文化放送のドキュメンタリーで、夕張炭鉱閉山後の炭鉱離職労働者のベトナム行は描かれている。

 

作兵衛の世界

 彼の絵はシンプルで、一度見たら忘れられないインパクトがある。ヤマの日常と労働が扱われ、厳しさと共に、ほのぼのとした人間味が伝わり暖かい。それを、さらに盛り上げるのが、画面隅の説明書きである。この短い文章でより深く、ヤマが理解できる。絵と文との総合体が彼の炭鉱絵なのだ。労働、そして、時代が生き生きと描かれ、作兵衛自身の人柄まで見える。
映画バージョンになった機会に多くの人々に見てもらいたい作品だ。

 





(文中敬称略)

《了》


2014年7月5日より「ポレポレ東中野」にて上映

映像新聞2014年7月7日掲載号より転載


中川洋吉・映画評論家