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「第67回カンヌ映画祭」B
堅実なケン・ローチ監督作品
見せる要素を盛り込む傾向

 今年のコンペ作品は、既述のように、クラシック仕様の作品が目についた。映画は文化的商品であり、見せる要素の盛り込みは興行上の要請からも必須事項である。そのため、作品自体が見やすくなってくる傾向があり、それが「2日と1夜」、英国の画家ターナーの晩年を描く「ミスター・ターナー」などである。

 

ケン・ローチの世界

「ジミーズ・ホール」
(C)Sixteen Films

 クラシック仕様の作品が多く、手堅く、難解さを避けた作品が主流であった今回、カンヌの常連、英国のケン・ローチ監督作品に触れておきたい。常に、反体制であり続ける今年、77歳の彼の姿勢はいささかのゆるぎも感じさせない。オックスフォード大学出の、静かな知識人といった風貌の彼の内面は、ぶれず、今年の「ジミーズ・ホール」でも健在であった。
物語は1930年代のアイルランド、主人公ジェームス・グラルトンは実在の人物。彼は共産党の指導者であり、赤狩りで10年間のアメリカ亡命後、母親の介護と農園の仕事をすべく、故国へ戻る。彼は村の若い世代の期待の星で、たちまち、彼らに推され、青年委員会を率いることとなる。はじめは、個人的理由による帰国であったが、「引き受けた以上は」と熱心に活動をし始める。手始めは、ジミーズ・ホールと呼ばれる、古い公民ホールの再開であった。ここを活動の拠点とし、催しを行う。特に、ダンスが人気を集めた。いわゆる、アイリッシュ・ダンスであり、抑圧された若者たちは、開放的な気分に浸り、ダンスを楽しんだ。このダンスこそ、旧弊な思想で抑圧された若者たちを解き放ち、開放の象徴として作中扱われている。しかし、村を支配する富裕層や教会の反発は強く、彼は再度、亡命せねばならず、その後、終生、アイルランドの土を踏むことはなかった。いわゆる、初期のアイルランド独立問題を扱い、その奥には、彼の活動が脈々と次世代に受け継がれた史実が浮かび上がる。正に、ケン・ローチの世界である。
愚直なまでに革命を信じ、生きる青春が見る者の胸を打つ。良い意味の情緒的世界である。この愚直さ、偉大なるマンネリといわれる「寅さん」シリーズに相通じるものがある。




これぞ西部劇


「ホームズマン」

 定番、そのものの作品に、トミー・リー・ジョーンズ主演、監督の「ホームズマン」がある。西部劇の定石をきっちり踏み、その律義振りに見る者は確実に乗せられる。ネブラスカの広原のド真中、1人の女性(ヒラリー・スワンク)は、開拓者たちの残された妻の面倒を見ている。彼女たちは精神に異常を来たし、リーダーたるスワンクがアイオワまで送り届けることになる。女性だけの旅、1人の屈強な男(トミー・リー・ジョーンズ)が雇われる。彼は頭も切れ、腕も立つが、金のための仕事として、スワンクに全く関心をもたない。男と女の近そうで近くない関係、同性同士の連帯が前面に押し出され、男、女、それぞれの侠気が描かれる。本物の男、女はかくありたいとの作り手の願望が透けて見える。繰り返し採り上げられるテーマであるが、描き方により、古いタイプの人間の良さ、弱さが、人生そのものを彩る心地良さとなる。今作も、良く練られた脚本によるクラシック仕様の作品だ。


 爆笑ナンセンス喜劇



「ワイルド・テイルズ」
(C)K&S Films, EL DESEO
 アルゼンチンから選考された「ワイルド・テイルズ」(ダミアン・ジブロン監督)は、傑作喜劇だ。
数篇の短編からなる作品で、特に面白かったのは、車で抜きつ抜かれつの男が作り出す異常な事態、そのエゲツなさは、往年のイタリアの巨匠、エットーレ・スコラ監督の「醜い奴、汚い奴、悪い奴」(76)(カンヌ映画祭監督賞)を思い出させる。これには笑わされた。
もう一作は、盛大な結婚式、そこに夫と関係のあった女性の出席に腹を立てた新婦が、結婚式を破壊させる筋書きであり、そのバイタリティや並外れた馬鹿らしさで、見る者の度肝を抜く。久方振りの、しかも、堂々たるナンセンス喜劇である。残念ながら、2作とも無冠に終わった。映画祭で、喜劇が賞を取ったためしもないと、カナダの監督が嘆いたが、今回も、映画祭伝統のハードルは乗り越えられなかった。(註・2003年、パルムドール本命視されていたカナダのドゥニ・アルカン監督の「野蛮人の襲来」で、期待外れの脚本賞、主演女優賞の授賞の一件)



唯一のアジア作品 河瀬直美監督が4回目の出品


「2つ目の窓」観客の称賛を浴びる河瀬監督
(C)八玉企画

 本選コンペ部門におけるアジア作品は、日本の河瀬直美監督作品「2つ目の窓」1本であった。カンヌ映画祭の選考傾向は、ここ数年、東南アジア作品に目を向け始め、新しい地域の登場と期待されたが、一過性のものであった。アジアの常連、中国、韓国、イラン作品の選考もなかった。一寸、寂しい気がする。
河瀬直美監督は既にカンヌ本選に、今回も含め4回目の出品で、カンヌにおける彼女の知名度は抜群だ。97年に監督週間出品の「萌えの朱雀」で新人監督賞を受賞、その後は、本選出品で知名度を増し、決定打は「殯の森」(11)のグランプリ(第2席)受賞であった。昨年は審査員を務めたほどで、一度、カンヌで授賞すると、その後は審査員や新作の出品などの恩典に恵まれる。いわば、カンヌ・ファミリーの一員である。その彼女、出発前の記者会見で、「今回はパルムドール」とブチ上げ、その強気さが話題となった。しかし、カンヌでの記者会見では「映画に賭ける思いは世界一」といささかトーンダウン。どうやら、日本とカンヌ用の2つのバージョンを用意したフシがある。
今作、公式上映の反応は上々であった。昨年の是枝和裕監督作品「そして父になる」同様、盛大なスタンディングオベイションに包まれ、12分間続いた。是枝作品と比べれば、拍手の強さが若干弱かった印象を受けた。
翌朝のフィルム・フランセ誌の星取表では、「2日と1夜」、「ウィンター・スリープ」、「マミー」の後塵を排し、フランス・メディアの評価はそれほどでもなかった。
観客の好反応と審査員の評価は結びつかないことの好例が「2つ目の窓」である。
河瀬作品にコンペ出品数の多さの一つの要因に、フランスの製作・配給プロの存在がある。「殯の森」のセルロイド社、「2つ目の窓」のアルテ社、MK2プロの参加は大きい。フランス勢の参加は、CNC(国立フランス映画センター)からの助成金の活用が可能となる。そして、大事なのは、製作プロ側と、カンヌ映画祭の選考者とのアプローチをスムーズに進展させる効用がある。日本の製作プロが申請書とDVDを送付し、出品することは、いちげん一見取引で、知ったフランス人同士のやりとりと比べ、パイプの太さが違う。河瀬監督の着眼点は良い。
内容的に、美しい奄美大島の自然の描き方は成功している。奈良の緑(「萌えの朱雀」)のような自然をふんだんに見せ、観客を引きつけた。
しかし、無冠の理由は、彼女の致命的弱点である、脚本構成の弱さに帰するであろう。つまり、一点へ向い、テーマが収斂しないもどかしさである。今作では少年、少女を中心とする小宇宙がバラケ気味なのだ。もっと、脚本を締め上げる必要がある。



学生映画部門(シネフォンダシオン)


 カンヌ映画祭には学生部門があり、過去に日本大学芸術学部、日本映画大学などが出品しているが、賞に届かなかった。ニューヨークでの独身女性の英会話教室通いを描く、桃井かおり主演の短篇、平柳敦子監督作品「Oh Lucy!」が日本人として初めて第2席に入った。賞とは程遠い日本映画としては快挙といえる。





(文中敬称略)

《了》

映像新聞2014年6月30日号より転載




中川洋吉・映画評論家