「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2014」
長篇部門536本から12本を選考
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埼玉県及び川口市が毎年主催する「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2014」(以下Dシネマ映画祭)が7月19日(土)より7月27日(日)まで9日間開催された。最新映像機器を備えたSKIPシティは埼玉県川口市の映像文化発信の中心であり、行政からの助成で10年以上も映画祭を続けたことは、同県の文化行政への熱意を感じさせる。
コンペ部門は12作品が選考された。海外作品が9本、国内作品が3本である。長篇コンペ部門には世界84の国と地域から536本の出品があった。審査委員長は新藤次郎(プロデューサー)など3名。本数的には応募作品数がもっと欲しいところだが、後発映画祭であり、知名度も低く、ここに選考側の苦心が透けて見える。
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「螺旋銀河」(c)Natsuka Kusano |
才能ある女性監督が出現
例年、選考される日本映画は、新人作品3本であり、埼玉県出身者奨励の意味もあり、同県の若手が選ばれる傾向があった。だが、今年は、地域枠にとらわれず「螺旋銀河Antonym」(草野なつか監督、34歳)、「PLASTIC CRIME」(加藤悦生監督、43歳)「友達」(遠藤幹大監督、34歳)の3作が選ばれた。例年、日本からの作品は、海外作品と比べると、描く世界が狭く、見劣りしていた。これに反し、今年の「螺旋銀河」は非常にユニークな視点をもつ傑作である。
舞台は、夜間シナリオ教室と覚しき場であり、いささか楽屋落ちの感もしないではない。受講者の1人の少女が澤井綾、そして、その教室の事務員らしき女性に深田幸子、この2人の少女を中心に物語が進む。自信満々の自己チューで半美人の澤井は、自分のシナリオがラジオドラマに採用される。しかし、講師から一つ注文が出る。シナリオ修正のために、共同シナリオが提案され、親しい友人の参加が求められる。ここで面白いのは、この自己チューの澤井と、何でも他人に譲る地味な事務員の深田は、全く違うタイプに設定されていることである。この発想は物語展開上、かなり効いている。澤井は先輩気取りであるが、深田は講師を交えての直しの場で、素人らしい素直な意見を述べ彼を感心させる。当然、澤井は面白くなく、2人の仲は険悪となるが、深田は、最初からシナリオ修行の澤井をバックアップする積りでの参加であり、相手への対抗心はない。
普通なら、ここで、女性同士の冷戦となるが、監督、草野なつかは、もう一つの仕掛けを施した。この人間関係にアクセントをつけるために、1人の青年を登場させる。
この彼、2人の若い女性の元カレ、現カレで、女性同士の確執が一層燃え上がるが、最終的に素人の深田の提案による筋進行でラジオドラマは始まる。そこで語られる内容の新鮮さには説得力があり、2つのソリの合わない個性が合体する。これが副題のAntonymである。このシナリオの仕掛けの巧みさは並ではない。日本映画に、才能のある女性監督の1人が新たに加わったと考えられる。
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「約束のマッターホルン」
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長篇コンペ部門の最優秀作品賞受賞は「約束のマッターホルン」(オランダ、ディーデリク・エビンゲ監督)に決まった。
マッターホルンとは、スイス・アルプスの名山で、世界的な観光地である。しかし、作品自体は山岳映画ではない。
シナリオの作りが巧妙なのだ。この点で最優秀作品賞に輝いたと推測できる。
物語には言葉を発しない男が登場する。彼が何者であるかは物語の半ばを過ぎてもわからない。ここがシナリオ作家の腕力なのだ。
物語の設定はかなりとぼけている。教会中心に総てが動く村に、ある日、突然、ホームレスと思われる人物が交じり込む。彼は一言も発せず、素性が皆目わからない。村の住人の1人、妻子を交通事故で亡くしたやもめ男が、彼を家に招き入れ、食事を振舞い、部屋を提供する。物事をきちんとせねば気が済まぬやもめ男は、彼流のマナーを教え込む。例えば、食事前の祈り、お祈りの習慣のない沈黙男は、全く頓着せず、食卓の料理にすぐに手を伸ばす。先ず、食事マナーから仕込むが、言われれば素直に受け入れる。その彼、ある時、近所で飼われている山羊にいたく関心を示す。それを見た隣人が、この2人組に子供の誕生会で動物の物まねの余興を提案し、何もわからないまま2人は引き受け、子供たちの目の前で珍芸を披露すると意外にも大受け、各処から引き合いが舞い込む。何のコミュニケーションもない2人の日常だが、互いに離れ難い気持ちとなり、同姓結婚へと発展する。この結婚を契機に、沈黙男は事故ですべての記憶を失い、失語症となり、徘徊が始まり家庭から離れたことが判明。今はやもめ男の厄介になっている記憶消失男だが、やもめ男は新婚旅行にマッターホルン行きを決める。更に、隣家の謹厳実直な牧師は、最初に世話をしたのは自分で、彼を人生のパートナーとしたいと泣きを入れる。このように、人間関係が少しずつほぐれる様子が、微笑ましくも、何か可笑しい。人間のコミュニケーションについて考えさせる作品だ。また、作品には、ヨーロッパ人が持つ、「人は1人では生きられない」とする思想が鮮やかに貫かれている。当然の最高賞受賞だ。
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「ラブ・ミー」
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映画とは時代を写す鏡であり、トルコ、ウクライナ合作の「ラブ・ミー」は、ウクライナ人の女性監督とトルコ人男性監督の共同監督作品。両国のお国柄が出て、興味深い。ある結婚目前のトルコ青年は、最後のバチュラーパーティとしてウクライナへ女漁りへと仕立てられたバスに無理に押し込まれる。日本流に言えば、独身最後の遊郭登楼というところだ。青年は、プロの美女と知り合い、相思相愛となるが、彼女は病気の家族のために金持ちの愛人となり稼がざるを得ない。古くて新しい、永遠のテーマだが、愛の挫折のほろ苦さが伝わり、その上、お国柄が垣間見え、そこが新鮮に映る。主演のウクライナ人女優、ヴィクトリア・スペスィヴセヴァの美女ぶりには目を奪われる。
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「愛する人へ」
(C)Rolf Konow |
人間の孤独にいかに対処するかは、欧米人にとり大切なテーマの一つである。「愛する人へ」の主人公は、アメリカで活躍するミュージシャンで、新しい創作活動のため故郷デンマークへ戻る。そこからストーリーは始まる。妻を亡くし、音信不通の娘が突然、孫を連れて現われ、子供と暮らしたことのない彼はパニックに陥るが、徐々に幼い孫と心を通わせる。
これは世界的傾向だが、重要なテーマに、家族を扱った作品の多いことだ。これはカンヌ映画祭しかりである。家族、さらにいえば、人間と人間の結びつきが多く採り上げられている。このことは人間同士、家族同士のコミュニケーションの重要さが、いつの時代も変わらぬことを現している。そのつながりに、社会性、地域性を加味すれば作品の骨格は出来上がる。しかし、その後に映画つくりの大変さがある。
長篇13本選考されたが、日本作品「螺旋銀河」とオランダ作品「約束のマッターホルン」が目立った程度で、全体的にはかなり物足りなかったことは事実である。いわゆる、選考方針がはっきりしないことが大きな原因と考えられる。全世界で、年間、約5千本の映画が製作されているとされ、決して品薄ではない。来年、そして、将来へ向けて、選ぶ側の視点を確立する必要がある。そのためには、選考委員の人選も併せて考えることも肝要だ。
(文中敬称略)
《了》
映像新聞2014年8月25日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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