安藤桃子監督の新作「0.5ミリ」
老人介護を通して描く人情
"押しかけヘルパー"が活躍 |
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最近の日本映画界は才能豊かな若手女性監督を輩出しているが、もう1人、「0.5ミリ」で新たな才能が加わった。それが、「カケラ」(10)で既に認められた安藤桃子である。一方、男性の若手世代では、大阪芸大出身者が良い仕事をしており、日本映画は期待できる若手監督が着実に育っている。
彼女は今年32歳と大変若く、高校からロンドンへ留学し、大学も同地で、その後、ニューヨークでも映画の勉強をした経歴の持ち主である。若くして留学した人たちに見られる傾向として、離れて日本を見て、物事を判断する感性の冴えが彼女にはある。俳優・監督の奥田瑛二の長女で、母は料理研究や文筆で活躍する安藤和津と、恵まれた創作環境の中で育った。2歳年下の妹が安藤サクラで、この姉妹は大変中が良いとのこと。
「0.5ミリ」の底流は老いと介護である。これは、監督自身の祖母の介護体験であり、物語の冒頭の寝たきり老人のエピソードが該当する。元々、本作は小説(10年刊行、幻冬舎)であり、その映画化だ。この原作を自身で脚本化し、先輩監督西川美和同様、脚本の書ける監督である。
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安藤サクラ
(c)2013 ZERO PICTURES / REALPRODUCTS
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「0.5ミリ」は、独立したエピソードの積み重ねで、その全体を束ねている。主役は「おしかけヘルパー」山岸サワを演じる安藤サクラ。それぞれのエピソードは創意、工夫がこらされ面白い。最初のエピソードは、訪問ヘルパーとして寝たきり老人(織本順吉)の介護と火事騒動。
この火事で「家なし・金なし・仕事なし」になった主人公山岸サワの今後に焦点が合わされる。主人公のサワ、クラシックで、土俗的な響きがあるネーミング、海外暮しの長い安藤監督の感性の良さが感じられる。近頃、珍しくなくなった女子の名前、理佐、レナなどの、洋風趣味丸出しのネーミングより様になっている。
この訪問ヘルパー先で、「冥土行きの土産に、おじいちゃんと寝てあげてくれない」と娘から依頼され、仕事として渋々引受けたが、興奮した老人が騒ぎ出し、石油ヒーターを倒し、家は丸焼けになる。依頼した娘は首吊り自殺、残されたのは引きこもりの男の子が1人。この少年がラストのエピソードとつながる伏線となっている。
総てを失ったサワは、生きるために狡猾な手を考え付く。町で見た老人の弱味を握り、恫喝し、寝るところや食事を得るのである。
最初はトンデモ悪女モノと思わすが、物語は全く別の展開を見せる。
第2のエピソードはカラオケの受付で、文句をつける老人(井上竜夫)を見つけ、強引にカラオケルームに引きずり込む。勿論、老人は大慌て、しかし、寝場所を探す彼女にとり絶好のカモ。最初は彼女のことを警戒した老人は、飲んで、食べて、歌って、すっかりご機嫌。相続問題で家族とこじれた彼は、楽しい一夜を過ごしたと一万円札をサワに握らせ、その上、自分の来ていたオーバーコートまで与える。劇中の彼女はこのダブダブのオーバーコートを着て通した。
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安藤サクラ・坂田利夫
(c)2013 ZERO PICTURES / REALPRODUCTS |
関西では「アホの坂田」と呼ばれる人気お笑い芸人、坂田利夫が主人公のエピソードが一番面白い。坂田扮する、自転車のタイヤにくぎを刺してパンクさせ、うさを晴らす老人を、サワは見とがめ、一人暮らしの彼の家に押しかける。彼は最初のうちは反発しながらも彼女を受け入れる。サワはお礼にヘルパーとして働き、その上、食事の世話をする。家庭料理とは程遠い老人の一人暮らしだが、警戒心が少しずつ溶け始める。良いシーンがある。夕食の時、老人にコップ酒を勧められ、サワが美味しそうに呑む。生きる喜びが体内から溢れ出るようだ。彼女の最大の武器は料理の腕。特段凝った料理ではないが、作り手の他人に対する思いやりだ。
この彼、元は整備工で、レアーもののクラシックカーを所有し、その車に彼女を乗せ、ある所へ行く。そこは彼の終の棲家の老人ホーム。そして、車は彼女へのプレゼントとなる。坂田扮する市井の冴えない老人が素晴らしい。飄々とし、生きることの善さが滲み出る芝居を見せてくれる。カラオケでの老人、井上竜夫は吉本新喜劇出身、第3のエピソードのパンク常習犯に扮するのは坂田利夫は漫才芸人で、2人とも関西を根城にしている。何と上手い役者と唸らせる、力まない自然の芝居が持味。彼らを起用したキャスティングも良いところに目を付けたものだ。
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安藤サクラ・津川雅彦
(c)2013 ZERO PICTURES / REALPRODUCTS
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次のエピソードの主人公も勿論サワであり、老人は津川雅彦が扮する。街中でカモを物色している彼女のお眼鏡にかかったのは、本屋で女子高生のセーラー服本を万引きする老人である。彼女は「セーラー服着てあげようか」とイヤラシク老人をおちょくり、彼の家へついて行く。謹厳実直で知られる元教員は、弱味を握られ大慌て、家には認知症の妻が寝たきり状態でいる。サワはヘルパーの本領全開で、妻の介護をし、食事を作る。そのハイライトが、2人で味醂干しを作るシーンである。老人は戸惑いながらも、楽しそうなのだ。安藤作品では、食事シーンが非常に重要で、海外生活の長い安藤監督は、西欧社会における食事の重要性を理解している。
手際よく料理を作るサワは正にジジ殺しであるが、同時に食事が人生にとりいかに大切であるかが伝わる。
津川雅彦演じる、威厳を保つことに腐心する元教員のエピソード。他に比べ長い。また、津川は芝居は巧いが、この種の役者に有り勝ちな、やり過ぎの性癖がある。これを修正するのが監督の役割であるが、安藤監督は幾分遠慮し、野放しにしたようだ。エピソードの長さも、もっと短くても良い。
次のエピソードは安藤サクラの実の義父にあたる柄本明で、粗暴で不愛想な老人を演じている。特に、サワとの殴り合いのシーンは力がこもっている。ここで、最初のエピソードの引きこもり少年が再登場、意外な展開となる。
老人を恫喝し、おしかけヘルパーとして家に居つくサワは、同時に、人に尽す2面性の持主である。両方ともサワ自身である。この2面性とは、生きるための知恵としての老人へのアプローチ、そして、老人に対する、安藤監督が述べているレスペクトである。この点を、同監督は現在の日本に欠けたものと感じている。主人公の行動には、自分の人生を切り開く強さと、女性としてだけではなく、人としての優しさがあり、その奥には強い意志と、行動力が秘められている。そして、物語を通して、女性の自立の意識が読み取れる。
桃子とサクラは本物の姉妹であり、監督、桃子は妹サクラの資質の引き出しに成功している。主演のサクラは、実に色々な表情を見せ、サワの人間像を生き生きと際立たせている。賞を総なめにした「かぞくのくに」(12)(ヤン・ヨンヒ監督)の時とは異なる資質がまぶしいほど良く出ている。得難い女優となる可能性があり、今後も、目が離せない存在だ。
安藤監督の原作を含めての彼女の映画的感性と、主演サクラ演じる、はじける人間像が映える力作で、2人の次回作が楽しみだ。
(文中敬称略)
《了》
11月8日(土)より、有楽町スバル座ほか全国順次ロードショー!
10月24日(金)より、高知城西公園内『0.5ミリ』特設劇場にて先行公開中!
映像新聞2014年11月3日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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