このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



「おやすみなさいを言いたくて」
女性の社会進出問題を提起
戦場報道カメラマンが主人公

 北欧ノルウェーからジュリエット・ビノッシュ主演の、現代の問題を提起する作品が上映中である。「おやすみなさいを言いたくて」(以下「おやすみ」)(原題"A Thousand Times Good Night")である。女性の仕事と家庭という、女性にとり避けられないテーマを扱っている。

北欧と紛争地の対比で演出

ビノッシュ
(c) ParadoxTerje Bringedal

 「おやすみ」の主人公は、フランス人であるが、今や世界的な女優であるビノッシュ扮する報道カメラマン、レベッカである。
製作はノルウェー、アイルランド、スウェーデンのプロダクションが手懸け、アイルランドが撮影地となっている。スタッフはノルウェー人中心であり、落ち着いた北欧の家庭生活と、ほこりと乾いた紛争地との対比は狙いとして的確であり、監督エーリク・ポッペの思惑通りだ。


異様な導入部

アフガンでの取材、ビノッシュ
(c) ParadoxTerje Bringedal

 舞台はアフガニスタン、カブール。冒頭、カメラは巨大な穴を写し出す。そこに黒衣装の女性が横たわっている。黒衣装の女性がカメラを向けている。一見、埋葬と思わせるが、実際は違う。自爆を覚悟したタリバンの女性が、テロの前に行う儀式で、黒をまとった女性が穴の周りを取り囲む。カメラで儀式の一部始終を追うのが報道カメラマン、レベッカである。タリバンの内部に入り、儀式を写すこと自体が異様であり、それ以上に、テロを自らの使命とし実行する女性の撮影、在りうべからずの光景である。冒頭から強い一撃が見る者の視界を襲う。このように紛争地の現実を一発で見せる導入部の演出は鮮やかだ。
このテロ実行により、レベッカ自身も負傷し、入院する。この後、家族の待つ北欧の自宅へ戻る。


母親として家庭生活との葛藤

ビノッシュと娘
(c) ParadoxTerje Bringedal

 自宅では、主人公レベッカの身を案じる夫、そして、娘2人が母の帰りを待つ。取材で紛争地、中東、アフリカを長期間飛び廻る彼女は、一家の主婦でもある。当初、彼女は、家族は自分の行動を受け入れていると考えていた。しかし、実際は違う。夫は仕事と主夫業で疲れ果て、娘たちは母親不在を寂しく思う毎日で、家庭崩壊の危機的状況にある。一般的に、父親不在は当たり前で、母親不在をより深刻とする社会的風潮があり、女性は苦しい立場に立たされる。
普通は、父親は留守がちで、母親が子供の面倒を見るケースが多く、仕事をもつ女性の苦労は洋の東西を問わず、もはや永遠の課題と化している。
「おやすみ」は、男女同権、女子の社会進出の意識が非常に高い北欧から発せられたメッセージである。
女性の社会進出が法的に保証される北欧でも、大きな問題であることを前提として考える必要がある。



家庭人としての女性

 家族の強い要望、そして、その不安を理解したレベッカは、紛争地には2度と足を踏み入れないことを決意をし、仕事の依頼を断り、家族と共に過す時間を増やす努力をする。報道カメラマンの彼女にとり、一番大切なのは、富や名誉ではなく、カメラによる時代の目撃者たらんとすること、「誰にも気づかれない現実」を多くの人々に知って貰いたいという使命感である。言い換えれば、恵まれない人々とつながる手段がカメラを仲立ちにする紛争地からの報道であった。この点が、仕事か家庭かで揺れる自身の悩みの根元なのだ。

再び紛争地へ

 家でじっとし、仕事と家庭の両立に悩むレベッカに、一載千遇の機会が訪れる。それは、ケニア難民キャンプ取材のオファーである。更に、長女は高校の課題のテーマとして、このキャンプ地を採り上げ、母親と行くことを希望し、母娘はそろって、再び紛争地へ向う。今回は安全な取材であり、いつも母親の身を案じていた娘も一緒の旅で、レベッカにとり心の内側の重しがとれた様子であった。
しかし、またもや、現実は違った。思いもかけぬ反政府軍のキャンプ地攻撃、パニックに陥る難民たち、キャンプ地は騒然とし、大混乱に陥る。娘は恐怖で泣き叫ぶが、レベッカのカメラマン魂に火が付き、騒乱の現場でシャッターを押し続ける。
ここで、事態は振り出しに戻り、家族との平和な生活にどのように向き合うか、レベッカは真剣に考えざるを得なくなる。


報道の使命

 職業として、報酬とは別次元の使命感に燃える彼女の悩みは深い。ここで、思い出されるのは、以前、世界的に話題になった一枚の報道写真のエピソードである。写真とは、アフリカの紛争地で鷲が乳幼児を今にも襲い掛かるものである。これは大変な反響を呼び、カメラを捨ててでも赤児の命を救わなかったのか、との多くの非難が世界各地で起こり、報道数日後に、カメラマンは自殺した。ここにレベッカが抱える問題と同根のものをうかがい知ることが出来る。実に悩ましい問題なのだ。

監督について

 監督のエーリク・ポペはノルウェー人で、元報道カメラマンとして活躍した経歴の持主だ。「おやすみ」は、彼の実体験をベースに脚本化された。家庭を長期間空ける彼にとり、家族との繋がりは悩みの種であった。この個人的情況を、男性ではなく女性で描くなら面白いのではなかろうかと考えたのが、本作製作の発端である。

ノルウェー人監督

 本誌11月10日号の「東京国際映画祭2014」(1)で紹介した秀作「1001グラム」(ベント・ハーメル監督)もノルウェー作品であった。これらのノルウェー作品が我が国で続けて見れることは有難い。しかも、映画は撮影される国や地方の雰囲気を直に伝えられる器であり、アイルランドを含めた光の色が違う北ヨーロッパの光景が新鮮に映る。エーリク・ポペ監督は54歳、本作は4作目で、ノルウェー映画の最高賞とされるアマンダ賞を2度受賞している。現在は監督業の傍ら、映画学校で教鞭をとっている、中堅の実力監督である。もう一つ、北欧人としてのメリットに堪能な英語力が挙げられる。彼らは英語を武器にし、国際合作も容易に行うことが可能である。この点が日本人には難しい。

ビノッシュの起用

 「イングリッシュ・ペイシェント」(96)でアカデミー助演女優賞を獲得以来、ジュリエット・ビノッシュは国際的女優の仲間入りを果した。多くのフランス人女優が自国以外の作品に出演するが、それは、一定期間だけで、本国、フランスに戻る傾向がある中、彼女は、数少ない国際派のフランス人女優である。元来、彼女は、生真面目な性格のためか、知的で活動する役柄で精彩を放つが、本作でも、彼女の持味は充分に発揮されている。
「おやすみ」は骨太で、現実と向き合う姿勢がはっきりと示された作品である。そして、永遠の課題である女性と仕事についての考察でもある。出産は女性にしかできない行為であり、育児も女性の存在は極めて重要である。女性にとりこれらのハードルは高く、そこに仕事が加わると、彼女たちの負担が一層重くなる。一概に、解決策を求めてもすぐには見つからない。本作でも、女性と仕事の問題についてはケース・バイ・ケースと考える問題提起がなされる。
男女均等意識が進んでいるとされる北欧から、このような提言がされることが重要なのだ。
タイトルの「おやすみなさいを言いたくて」は、子供の傍でやさし声をかける意で、親から家族への愛が込められている。





(文中敬称略)

《了》


12月13日より角川シネマ有楽町、渋谷シネパレスほか全国ロードショー

映像新聞2014年12月15日号より転載

 

 


中川洋吉・映画評論家