「ジャッジ 裁かれる判事」
やり手弁護士と父親との確執
裁判を通して生まれる相互理解
細密な構成で人物造形が抜群 |
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映画の面白さを堪能させてくれる「ジャッジ 裁かれる判事」(以下「判事」)が公開中である。緻密な脚本構成で、人物造形が抜群なのだ。
たんに良質な裁判ものという以上に、家族というものの奥深さが見る者に伝わる。
本作のセールスポイントが、ロバート・ダウニーJRとベテランで演技派の大物ロバート・デュバルのダブル・ロバートである。
この2人の錯綜した父子関係が物語の芯となる。
ダウニー扮するやり手弁護士ハンクは、現在、シカゴ在で、大学卒業後、田舎の家から突然姿を消し、20年間帰郷せずの状態である。
デュバル扮する父親は、地元で42年間判事として活躍した、信頼が厚く誇り高き、厳格な人物である。その地方名士たる彼がひき逃げ事件の容疑を掛けられた。
母親の葬儀のため、渋々帰郷した息子は、葬儀後も嫌々ながら、父の事件に付き合う羽目となる。父子は、長い絶縁状態の後で、コミュニケーションの取り方に戸惑いを覚えるばかりであった。同じ屋根の下で起居する2人の関係はギクシャクし、昔の様に息子は反抗的で、父親は家長としての威厳を保とうとし、和解の糸口は全く見えない。まず、必要な用件のみを互いにぶつけ合い、理解する手段である会話は全く存在しない。不毛の対立である。
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ロバート・ダウニーJR
(C)2014 VILLAGE ROADSHOW FILMS(BVI)LIMITED,WARNERBROS.ENTERTAINMENT INC.AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
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地元の大学を首席で卒業したハンクは一刻も早く父親の元を離れたく、ガールフレンド(ベラ・ファーミガ)にも告げずに出奔する。彼は、ヘビーメタルの「メタリカ」のコンサートに行ったきり戻らなかった。この「メタリカ」が愛し合った2人の男女の再会時の小道具となる伏線が張られている。
彼はやり手弁護士として、スレスレの手法で、法の盲点を衝きクロをシロと言いくるめることで知られていた。我々が目にする、アメリカ映画で、陪審員へ向い巧みな弁舌と反論で、法廷をリードする弁護士そのものである。彼は、正義のためより、法を自在に操り、高額の弁護料を支払わせるのが特技で、到底、貧乏人のために働く弁護士ではなく、アメリカ人のドライな一面を代表している。
母親の訃報で、シカゴの自宅を出発するシーンで「判事」は始まるが、そこから、彼は妻と上手く行かず、いずれは離婚と予期させる。家庭的にも崩壊寸前ではあるが、幼い娘への愛着は人一倍強いハンクは、矛盾した内面を持つ人物であることが最初に示される。
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ロバート・デュバル
(C)2014 VILLAGE ROADSHOW FILMS(BVI)LIMITED,WARNERBROS.ENTERTAINMENT INC.AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
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ハンクは帰郷するが、彼の出奔を知る人々は決して友好的ではない。地方の名士の息子なのに親に背いて、音信不通、狭い田舎のことで、彼には親不孝者のレッテルが20年間貼り付けられたままなのだ。彼は、母親を慕い、彼女とは時折連絡を取り合い、父親は母親を通してしか息子の様子を知ることが出来なかった。
葬儀の後、昔の恋人とも再会し、その時に付けていたのが「メタリカ」のTシャツであった。彼女は独身を保ち、町で酒場を経営し、成功を収めていた。その彼女、突然消えた彼を怒ってはいるが、今も忘れられないと告白し、2人は昔の仲に戻りそうな雰囲気であった。
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三人兄弟
(C)2014 VILLAGE ROADSHOW FILMS(BVI)LIMITED,WARNERBROS.ENTERTAINMENT INC.AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
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ダブル・ロバートの存在感は抜きんでているが、脇を固める俳優陣も見せ場を充分作っている。高校時代、大リーガーが夢であった長男は、怪我で諦め、父親の住む田舎町に残った。さっさと逃げ出したハンクと違い、彼は父親の期待の星であり、可愛がられていた。おまけに三男のデールは、一種の精神障害者で、8ミリを肌身離さず、一家の行動を記録し、それを地下の自室で編集するのが日課の、おとなしい青年である。彼、デールは長兄の息子のような存在で、2人はいつも行動を共にしていた。弟のこともあり、長兄グレンは夢を実現できない挫折感を抱えつつ生きる。世の中を上手く立ち回る才覚のない、善良な人間として描かれている。
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ロバート・デュバル(右)ロバート・ダウニーJR(左)
(C)2014 VILLAGE ROADSHOW FILMS(BVI)LIMITED,WARNERBROS.ENTERTAINMENT INC.AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
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父親は地元の名士、兄、弟はいたって善良な人間である。母親を亡くした後の一家は一見、幸せそうに見える。しかし、実のところ、主人公のハンクは、父親に愛されない思いを抱え、出奔するように、父子の間は決して平穏ではない。この父子関係が「判事」の底流となる。
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ビリー・ボブ・ソーントン
(C)2014 VILLAGE ROADSHOW FILMS(BVI)LIMITED,WARNERBROS.ENTERTAINMENT INC.AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
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ハンクは、父親の掛かりつけの医者から重いガンで、父親の突然の立ちくらみや気を失う症状を聞き出し、法廷手段として、健康問題を強調し、無罪を勝ち取る作戦を実行することを考えつき、法廷で、自らのシナリオで陪審員を説得することを試みる。
法廷で彼に対する検察官のディッカム(ビリーボブ・ソートン)は、新人時代にハンクと渡り合ったことがあり、今度こそと、力こぶを入れている。ハンクは、独断で、父親の病気を理由とする筋書を描き、彼を証人台に立たせないことを狙う。だが、父親は息子の意見に従わず、正々堂々と自らの罪を語ることを希望し、証言台に立つ。そして、自らがひき逃げしたこと、その被害者を過去に裁き、被害者は判事への恨みを持っている事実を証言する。
息子ハンクのシナリオを根底からひっくり返す父親の真実の証言、ハンクは顔色を失う。悪くすれば、死刑もありうる、第一級殺人罪で起訴される事態も充分予想されるが、ここで、父親は、もう一つの証言をする。元判事とひき逃げされた被害者は偶然にスーパーで顔を合わせ、別れ際に、被害者は、ハンクの母、父親の妻である亡き女性の墓に小便をしてやると凄む。この一言により、父親のパーマ判事の殺意に火が付き、ひき逃げ事件を起こしたことが明らかになる。父親は自分の責任を認める。
判決は、情状酌量の、4年の実刑となる。父親としては自分なりの正義を果し、息子はそれに従わざるを得なかった。言い換えれば、ハンクは父親の顔と名誉を守ったのである。たとえ、刑務所に収監されても。
数か月後に、老齢の父親は仮釈放され、2人で湖上の釣りを楽しむ。息子は父親に、今までの最高の弁護士は誰かとの問いに「お前だ」と答え、安らかに息絶える。裁判の愛憎劇を通して、父子との意志の疎通が実現したのである。芝居のできる主役2人と、渋いわき役陣の織り成すアンサンブルは、普遍的な父子、家庭問題のあり様についての真摯な考察であり、決して派手な作品ではないが見応えは充分。
(文中敬称略)
《了》
2015年1月17日(土)より新宿ピカデリー他全国ロードショー
映像新聞2015年1月5日号より転載
中川洋吉・映画評論家
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