「はじまりのうた」
NYを舞台にポップな描写
音楽の力で運命を切り開く
アカデミー歌曲賞監督の新作 |
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ニューヨークのポップシーンを写し出す、洒落て楽しい作品「はじまりのうた」(原題 BEGIN AGAIN)が公開中である。監督は「ONCE ダブリンの街角で」(07)でアカデミー賞歌曲賞を受賞したジョン・カーニー。とにかくノリが良く、楽しめる。
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ナイトレイとラファロ
(C)2013 KILLIFISH PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED
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本作の構成は割合シンプルである。映画の構成は、元来、大づかみなプランから始まる。例えば、男と女が居て、出会って、別れる、のような形からだ。本作「はじまりのうた」も、2人のキーパーソンの絡みから物語を展開させている。古今東西を問わず、映画、演劇、文学などの芸術におけるメインテーマは、案外限られている。
それらは、愛、恋、出会い、別れ、友情、憎しみ、裏切りなどである。この限られた命題を如何に肉付けし、人間そのものを描くかで作品の優劣が決まる。
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キーラ・ナイトレイ
(C)2013 KILLIFISH PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED
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物語を語る上で、きちんと構築された脚本は必須であることは、論を待たない。そして、魅力的な俳優を揃えねばならない。とりたてて、美男、美女である必要はなく、むしろ、役にはまることが求められる。
本作では、女性の歌手役グレタには、キーラ・ナイトレイ(「パイレーツ・オヴ・カリビアン/呪われた海賊たち」〈03〉など)を起用。彼女はアメリカ映画好みの美人だが、それ以上に、若さに溢れ、物事にひたむきに向き合う柄を上手くこなしている。相手の男性役のダン(マーク・ラファロ)(「死ぬまでにしたい10のこと」〈03〉)には、中年で、いささか軽く、直情径行癖のある役に当てはめ、それぞれ2人の柄を引き出している。
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NYの1シーン
(C)2013 KILLIFISH PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED
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物語の舞台はニューヨーク、これが実に生き生きと描かれ、影の主役となっている。特定の土地の魅力は、作劇上大きな役割を果たす。最近の例を挙げるなら「ジゴロ・イン・ニューヨーク」(13)(ウディ・アレン監督)、やはり同監督の「それでも恋するバルセロナ」(08)があり、古くは一連の小津作品も該当する。小津作品では、一都市ではなく、東京、鎌倉、尾道など、日本的な土地の魅力が強調されている。
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街頭の2人
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ミュージシャン・カップルのグレタと元の恋人は、2人で作った曲が映画主題歌に採用され、ニューヨークへやってくる。今までの下積み生活から解放され、彼らの生活は一変する。順風満帆のような2人のニューヨーク生活だが、彼の不倫であえなく破綻、彼女は愛の巣を飛び出し、市内を徘徊する。女性1人、夜のニューヨーク、スーツケース一つのいでたち、正に、負け組の風情である。そこで脚本は知恵をこらす。売れないストリート・ミュージシャンの男スティーヴが、見るに見兼ねて、彼のアパルトマンを提供し、グレタは危ないところでホームレスにならずに済む。この辺り、人と人とのつながり。アメリカ映画の良き伝統の一つが、鮮やかに浮かび上がる。ここから、話は滑るように展開する。
スティーヴは、自分の出演するライブに彼女を案内する。失意の彼女、憮然とし、ソファーに身を沈める。スティーヴは気を効かし、彼女に一曲歌わすが、これが丸で受けない。場内は只々白けるばかり。
話の持って行き方の上手さが次のシーンで良くわかる。不評の彼女の歌に、1人だけ喝采を送る中年男が現れる。黒のTシャツに、黒の上着をまとい、一見ホームレス風の男が、アルバムの契約を切り出す。唐突のオファー、とても音楽プロデューサーには見えない彼を、彼女は大いに怪しむ。この中年男の柄が面白い。現在は、妻、娘と別居中、わびしい男の1人住まいの身。仕事も、自分が仲間と立ち上げた音楽プロを飛び出し、カフェで一杯のビールも払えない素寒貧状態だ。怪しむ彼女、粘る男の攻防が続き、ストーリーが膨らむ。
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街頭レコーディング
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結局、ダンは彼女を昔の会社に連れて行き、今は代表となった男に紹介するが、一つ条件がつく。デモテープ代りに、ニューヨークの街頭での演奏テープの提出を求められる。
無謀とも思えるこのアイディア、昔、ダンが売り出し、今や大物ラッパーで巨万の富と名声を得た男が、恩を感じバンドマンのギャラを負担するなどして、ユニットのバンドが出来上がる。この音楽で結び付き、協力を惜しまない彼らの心意気が何とも心地良い。レコーディング場所はエンパイアステートビル、セントラルパーク、地下鉄のホームで、ニューヨークの喧騒の真只中での、周囲を気にしながらの演奏、これは迫力がある。騒音を味方に付けての逆転の発想だ。このレコーディングが本作「はじまりのうた」のハイライトシーンであり、音楽の楽しさを、見る者に体感させてくれる。
この街頭レコーディングに、ダンの高校生の娘もギターで参加、別居中の妻も顔を出し、再び、家族が一体感を取り戻す。失意気味のグレタは自信を徐々に取戻し、レコーディングも順調に運び、ミュージシャンとしてやって行く決意を一層固くする。彼らの、音楽プロデューサーと歌手としての仕事上の関係が少しずつ変わり始め、最初は、何者かわからない、変なオジさんであったダンへ気持ちが傾斜し始める。しかし、ダンは家族の絆を再び手にし、グレタとの距離は遠のく、その2人の関係が洒落ており、ラスト、彼女の自立への道のきっかけとなる。この辺りの脚本構成に懐の深さを感じさせる。
ミュージシャンを主人公とする物語は数多くあるが、「はじまりのうた」は音楽の作り方に焦点を当て、音楽業界のビジネス面からは距離を置いている。その点が、この作品に爽快感を与えている。レコーディングのシーンこそ、音楽そのものを描き切っている。
ダンの現場での采配振り、行き詰った中年男のショボクレさが影を秘め、生き生きとした、音楽が好きで堪らない男に変身。そして、演奏される数々の曲の良さ、身も心も踊り出し、見る者の体内に浸み込むようだ。また、作品の底流たる登場人物たちの自由な精神は見ものだ。
− カーニー監督について
冒頭で触れたように、カーニー監督はアイルランド出身で、既に「ONCE ダブリンの街角」の大ヒットを携えてニューヨークに乗り込んできた。アイルランドの音楽はアメリカンポップスのルーツのようで、親しみ易さがある。彼は元々、ミュージシャンで、作品のテーマが音楽であることは必然かも知れない。
青春と呼ぶには、主人公役のダンはいささかトウが立った存在だが、音楽的心情からすれば、作品は、彼らの青春ロマンと呼んでよい。作中、時折見られる何気ない侠気は、アメリカ映画のオハコでもあり、非常にハッピーな気分にさせられる。
(文中敬称略)
《了》
2月7日(土)より、シネクイント、新宿ピカデリーほか全国公開
映像新聞2015年2月2日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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