このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



「FIPAレポート2015−
(フィパ)国際テレビ映像フェスティヴァル」(1)
日本作品が「ヤング審査員賞」受賞
米軍空爆によるイラクの実態

 28回目を迎えた恒例のFIPA(フィパ、国際テレビ映像フェスティヴァル)は本年1月20日から25日までフランス南西部、スペイン国境近くの保養地ビアリッツ市で28回目を迎えた。1986年に、当時、カンヌ映画祭監督週間創設者ピエール=アンリ・ドゥロが兼任で立ち上げ、テレビと映画の境を越えた新しい映像文化の創出を目的とし、今や、ヨーロッパ一のテレビ映像フェスティヴァルとの評判を得ている。

近年、世界中で気候異変が見られ、フランスも例外ではない。その代表が、各地での春先の洪水の頻発で、ナポレオンIII世妃ウジェーヌ以来の高級リゾート地ビアリッツも、気候の変化は著しい。当地、避寒地として知られ、多くの裕福な定年退職者たちが老後を過ごす温暖の地として知られ、真冬のゴルフ、サーフィンは同地の名物である。この温暖な気候がここ数年来変わり始め、雨や強風が吹く毎日で、フィパ開催中も参加者を悩ませた。いつもの真冬の燦々たる太陽が滅多に顔を見せなくなった。
天気とは逆に、フィパ自身は内容が充実し、地元の人々の間でも定着し始めた。市内の5つの会場での大型スクリーンによる上映は、テレビモニターでの上映がメインの他の映像フェスティヴァルと異なり、フィパの自慢の種である。DVDの拡大上映であるが、映像技術の進歩により、非常に鮮明な画面を楽しむことが出来る。上映会場は一般公開され、入場料は5.5ユーロ(750円)、学割や失業者割引は3ユーロ(400円)と安価である。他に一日券、全会期通しパスもあり、値頃な入場料と相まって、客の入りも上々である。


フィパの審査

 ノミネートされた作品は、5部門(フィクション、シリーズ、ドキュメンタリー、ルポルタージュ、音楽・スペクタクル)で、各部門毎に3人の審査員がフィパ金賞を審議する。
フィクションとシリーズ部門に関しては金賞以外に主演男優賞、女優賞、脚本賞、音楽賞が授与される。統計的には1900人の登録者、応募総数は1300本である。予算は120万ユーロ(1億4200万円)で、CNC(国立映画センター)の助成はその1/3である。日本からは過去にNHKのドキュメンタリー「激流中国 13億人の病人」が金賞を得ている。

日本作品の受賞

ヤング審査員に囲まれた綿井健陽
(C)ソネットエンタテインメント/綿井健陽

 本年度は、待望の日本作品の受賞があった。ルポルタージュ部門にノミネートされたドキュメンタリー作家、綿井健陽(たけはる)による「イラク チグリスに浮かぶ平和」の上映は日本人にとりハイライトと呼べるものであった。受賞の栄誉のみならず、作品自身の密度の濃さ、作り手の志の高さは特筆に値する。本作の惹句(じゃっく)は「この戦争を日本が支持したことを憶えていますか?」であり、ここに作り手の強い意志が現れている。

 

米国の空爆による犠牲


「イラク チグリスに浮かぶ平和」(アリ一家)
(C)ソネットエンタテインメント/綿井健陽

 大量破壊兵器保有を口実に、2003年3月に米英軍はバグダッド空爆に踏み切った。その後、2011年、オバマ米大統領による米軍撤退と10年戦争の実体が映像化されている。綿井健陽監督は開戦当時からバグダッドに滞在し、開戦前夜の有名な独裁者フセイン像の引き倒し、その後の米軍の空爆によるおびただしい死者や、大量の負傷者と病院の機能不全を一台のカメラで生々しく写し取っている。その折に、負傷したアリ(当時31)と知り合い、作品は、戦乱の中を生きる彼の一家を追う形で展開される。アリ自身、米軍の空爆により幼い子供3人を失くしている。民間人の犠牲は10万人以上とされ、米軍の死者の20倍にあたる。当初はフセイン独裁政治打倒を謳い文句とした米軍介入であり、イラク国民の救世主であった。しかし、バグダッド陥落後も米軍の空爆は続き、「我々は平和を望んでいるだけなのに、アメリカがそれを壊した、中東と世界を支配するために」と語るように、イラク国民の反米感情が頂点に達している様子がよくわかる。自国民以外の人々を平気で殺すアメリカの国家的体質に怒りを覚える。イラク国民の怒りをすくい上げるのが綿井監督の狙いである。ここまで踏み込むところに綿井作品の強さがある。


生きるための家族制度


 戦乱の中を生きる一家追う
10年戦争の間、綿井監督と密なコンタクトを続けたアリ一家、当の彼は、内戦で死去したことを知り、残された家族は祖父の許に身を寄せていた。ここに、アラブ社会の大家族主義の良さが描かれている。子供が7,8人の家族はざらで、親が亡くなれば、祖父母や親せきが面倒を見る、家族の強い絆の伝統が脈々と生きている。何も持たない者が犠牲になる社会を本作は描いているが、戦火を免れたアリの娘は、現在17歳の明るい少女へと成長している。逆境においても強く生きる若者の姿は、見る者に大きな希望を与える。

ジャーナリスト綿井健陽が現地を取材



取材中の綿井監督
(C)ソネットエンタテインメント/綿井健陽
 彼は1971年生まれ、今年43歳で、この世界では年齢的に非常に若い。日本大学芸術学部放送学科出身の根っからの映像人で、戦場カメラマンとして世界各地を取材し、何時、飛び交う弾で命を落としてもおかしくない。フリージャーナリストとして、日本の各テレビ局に生々しい戦場のニュースを送り届けている。取材は単身で、武器は小型ビデオカメラとスチールカメラである。携帯もガラケーで、成るべく自分からは掛けないようにし、日本との連絡はスカイプと自己完結スタイル、気構えが違う。紛争地でも防弾チョッキは装着しない。余り役に立たないそうだ。しかも、多くの修羅場をくぐり、多数の不幸な遺体を見た人間とは思えぬ飄々とした人柄が印象的だ。彼の取材ポリシーは「攻撃に晒される側の普通の市民の生活の取材」と揺るぎない。



チグリス川



 バグダッドを流れるチグリス川は、平和の象徴である。戦乱下でも、チグリス川での家族揃っての息抜きしか、イラクの平和はない。
悲惨な状況だが、チグリス川が唯一の救いなのだ。


受賞



「タイガ」(ルポルタージュ部門FIPA金賞)」
 本作はルポルタージュ部門11作品の1本として選考された。3人の審査員の票は2対1に分かれ、同部門の金賞はフランス作品で、モンゴルの遊牧民の厳しい自然との戦いを追った「タイガ」に決まった。それに代り、14人の15歳から17歳の青少年からなる、ヤング審査員賞が「イラク チグリスに浮かぶ平和」を最高賞とした。若い審査員たちは、ルポルタージュ部門のみを見てのことだった。
戦争を知らぬ若い世代に、その悲惨さが彼らの感性に訴えたと考えられる。クロージング・パーティで、未成年の審査員たちは、シャンパン2杯までは飲むことを許され、その彼らから綿井監督は熱い称賛を受けた。


上映会場で



 市内の映画館で綿井作品は2回上映されたが、各回満員で、作品に対する関心の深さが見られた。上映後の反響も上々で、多くの観客が彼を取り囲み質問を浴びせた。
海外で知られる機会の少ない日本のドキュメンタリー作品だが、今回の受賞は次への大きなステップとなることを願う。




(文中敬称略)

《つづく》


 昨年10月25日より東中野ポレポレで公開、現在は、ドキュメンタリー作品制作に力を入れるフランスのテレビ局、「アルテ」とコンタクト中で、同地での放映が強く望まれる。

映像新聞2015年3月2日掲載号より転載




中川洋吉・映画評論家