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「海にかかる霧」
重厚な作品で物語の構成も堅固

 韓国から、極限状況の人間を描く「海にかかる霧」が登場する。2006年に韓国映画動員史上1位の「グエムル−漢江の怪物」を発表したポン・ジュノ監督が、プロデュース、新人監督を登用し、製作した力感溢れる新作だ。 ポン・ジュノは、今回が初のプロデュースであるが、監督として過去に輝かしいフィルモグラフィを誇っている。短篇作品製作後、長篇第一作として「ほえる犬は噛まない」(00)、「殺人の記憶」(03)、「南極日誌」(05)、「グエムル−漢江の怪物」(06)、「TOKYO」(08)(初の海外監督作品)、「母なる証明」(09)(カンヌ映画祭コンペ部門)、「スノーピアサー」(13)、そして本作と、質の高い作品をコンスタントに発表している。彼は本作では共同脚本者でもある。

韓国社会の現状が背景

霧の中の船
(C)2014 NEXT ENTERTAINMENT WORLD Inc. & HAEMOO Co., Ltd.

 躍進著しい韓国経済の裏側には、密航問題がある。具体的には、脱北(脱中国)もので、今や、韓国映画には脱北(脱中国)ものが一つのジャンルとして確立している。歴史的に、20世紀後半に多く見られた、悲惨な人生を嘆くカワイソウイズムものがあったが、それにとって代わったのが密航ものといえよう。
物語進行上、大きく横たわるのが、当然、密航であるが、その背景には韓国漁業不振問題がある。

漁民の苦悩

船員たち
(C)2014 NEXT ENTERTAINMENT WORLD Inc. & HAEMOO Co., Ltd.

 背景に韓国の漁業不振問題
漁業不振は、基本的には乱獲による漁獲量の減少で、漁民の生活を圧迫する。そのような状態に陥った時、漁民はどのように行動するかが、物語の芯となる。
古い漁船でのアンコウ漁で生計を立てているが、近年の不漁で、漁民は大弱り。船長のカン(キム・ユンソク)は、船を修理し捲土重来を期するが、国家補償の出る廃船を逆に勧められる。しかし、彼は自分の船での漁にこだわる。彼は融資先を当たるが、口座が空の彼を誰も相手にしない。思い余ったカン船長は、いわくつきの業者に窮状を訴え、相手は、密航の仕事ならば、と世話をする。それは、中国の朝鮮族を秘かに運ぶことであった。リスクを抱える密航、相手は押し付けるように、契約金を手渡す。ここまでくれば、背に腹は代えられず、引き受けざるを得ない。
細かい指示はなく、「あとは上手くやれ」との相手の態度に釈然としない彼だが、不漁の昨今、何でもせねばならぬという思いが強かった。漁船は出港し、密航の仕事を5人の船員たちに説明する。長年漁師をしてきた一同は驚きを隠せないが、生活のためとあればカン船長に従わざると得ない。船長以外のメンバーは、甲板長のホヨン、借金取りに追われるワノ機関長、お金に目の無い巻き網係のギョング、女を見ればすぐ手を出す機関助手のチャンウクの中年組、そして、一番まともなのは、新人の青年ドンシクで、彼らは今後の困難に立ち向かう決心をする。厳しい日常の労働、すぐ変化し、荒れる海と細部を丁寧に描き、漁業そのものをじっくり見せるが、この手法、リアルさが伝わり、作品に厚みをもたせている。新人監督シム・ソンボの手堅い細部へのこだわりだ。
カン船長は、顔の大きい、ソン・ガンホ似のキム・ユンソクが扮し、不愛想で独断的な性格ながら、責任感が強く、船員思いの役柄をこなしている。ユンソクのカン船長の実在感は圧倒的である。彼のような体を張れる、腰の据わった俳優が韓国映画に存在することは、同国映画の持つ強さである。

 

密航者の引渡し


カン船長
(C)2014 NEXT ENTERTAINMENT WORLD Inc. & HAEMOO Co., Ltd.

 あらかじめ決められた地点に密航者を積み込んだ中国船が遅れて来て、皆、ヤキモキする。そばでは、韓国の監視艇の気配がする中、初めての密航仕事、極度の緊張感が走る。荒れる海上で2艙の船は接近し、密航者を運び入れる。しけた海のため、大揺れの船体、船の間の海に落ちる人間も出る。その時、新米漁師のドンシクが海に飛び込み、落ちた人間を助ける。真黒な夜の海、両船とも海面をライトで照らし、2人を探す。このシーン、CGではなく、実際のロケで、大変危険な撮影だけに迫力がある。撮影監督のポン・ギョンピョの腕が冴える。彼は韓国を代表する撮影監督で、既に、ポン・ジュノ監督の「母の証明」や「スノーピアサー」を担当している。他に「反則王」(00)、「ブラザー・フッド」(04)も手掛けている。


救い出された2人



若い2人
(C)2014 NEXT ENTERTAINMENT WORLD Inc. & HAEMOO Co., Ltd.
 荒海から救い出された2人の1人は、若い船員のドンシク、他は密航者の1人の若い女性ホンメである。この2人が後の物語を引っ張る推進役となる。甲板に集められた中国からの密航者たちにカップラーメンが出され、全員一息つく。海に落ちたホンメはずぶ濡れで、気の良いドンシクが、彼女を暖かい機関室へ案内する。始めは警戒していたホンメだが、若い者同士、そして、ドンシクの気遣いで、2人は少しずつ気持ちを通わせる。

甲板での悲劇



 甲板では、寒さに耐えかねた密航者たちが口々に文句を言い、その中のリーダー格は強い調子で、待遇について不満をぶつけ、周囲を扇動しようとする。これを見たカン船長は、騒ぎにならぬうちにとばかり、この男性を海に投げ落とし、一同を静かにさせる。



監視艇介入



 一難去って、また一難。今度は監視艇が接近、責任者たる係長が乗船する。この2人は、以前から、仕事上の知り合いで、係長は船の様子を探りに来たのだ。「まずい」と思った船長は、酒を出しもてなす。不審な物音に気付く係長だが、そこは心得たもの、船長が現金を渡し一難をまぬがれる。現場における公然のゆすり、たかりである。ここにも、韓国社会の負の一面が出ており、このシーンから、一般庶民の不正に対する思いが汲み取れる。


大量死



 係長の乗船の間、船底に押し込まれた密航者たちは、中の冷凍庫のフロンガスの爆発により全員がガス中毒死。この後が凄い。大勢の死体を引き上げ、死体が海岸に漂着して惨事が露見しないように、船長は、甲板で、死体から血を流させ、霧の海に放り込み魚に食わせ、証拠隠滅することを考える。そして、全員の死体は切り込まれ海中に捨てられる。この大量の死体処理が船員たちの運命を変えて行く。1人、機関室にいたホンメは一部始終を目撃するが、女好きの船員が彼女を見つけ、襲い掛かる。彼女を助けようとするドンシクと格闘となり、更に、他の船員も加わり、殺し合いとなる。


極限状態での人間の弱さと狂気



 新藤作品「人間」と似た状況
この描かれる状況は、百歳で亡くなった新藤兼人監督の「人間」(62)(原作は野上弥生子の「海神丸」)と似ている。難破した船の中の4人の男女のムキ出しの欲望と正気の消失を描いているが、新藤作品と重なり合う。監督のシム・ソンボには「人間」の存在が頭の中にあったのではなかろうか。
本作は実際の「ラチャン号事件」(25名死亡、2001)に基づいて書かれた戯曲を映画化。
極限状態における人間の弱さと狂気を衝いている。作品自体に重厚さがあり、物語の構成も堅固で、男っぽい俳優陣の存在感が見事である。
今年のベスト5に入る作品とみた。



(文中敬称略)

《了》


4月17日(金)から、TOHOシネマズ新宿において先行公開!
4月24日(金)から全国ロードショー!

映像新聞2015年4月13日掲載号より転載



中川洋吉・映画評論家