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「フランス映画祭2015開催」
ベスト作品は『ヴィオレット』
配給決定9本含む12本上映

 今年で22回目を迎えた「フランス映画祭2015」は6月26日−29日4日間、東京都千代田区の有楽町朝日ホールおよびTOHOシネマズ日劇で開催された。団長は、女優のエマニュエル・ドゥヴォス(『もう1人の息子』〈13年〉、『ヴィオレット』〈13年〉など)で、全体の上映数は12本であった。本映画祭の主催組織は、パリに本部を置くユニフランス・フィルム(以下、ユニフランス)で、その役割はフランス映画の海外プロモーションである。

エマヌエル・ドゥヴォス団長
(C)Emanuele Scorcelletti/uniFrance Films

  ユニフランスは、フランスの誇る映画の公的助成組織CNC(国立フランス映画センター/年間予算は約1000億円)の予算により運営される、国を挙げての自国映画の海外セールスを担い、我が国の映画関係者が羨望する組織である。 活動の一環として、世界各国でフランス映画祭を催し、東京では毎年6月に開催される。以前と比べ、代表団の人数が減り、東京事務所は市ヶ谷のアンスティテュ・フランセ日本(旧日仏学院)を引き払い、規模が縮小された。これは、ユニフランス自体の方針の転換による。 1993年に横浜で始められた本映画祭は、アジアの拠点としての位置づけであったが、現在は、中国、インドの巨大なマーケットへターゲットが移動している。 出品作品も、新作11本中9本が日本での配給が決定しており、例年、全上映作品の半分程度がフランス側で選考されたが、数を減らしている。主催者にとって、配給決定作品が増えればそれだけ字幕費用が軽減され、安上がりである。

コメディの進出

 以前なら、スター女優中心作品や、ヌーヴェル・ヴァーグ調作品がメインであった。しかし、今年のラインアップには、フランス人が好むコメディが2本選ばれている。『ヴェルヌイユ家の結婚狂騒曲』(13年/1200万人を動員した大ヒットコメディ)と『エール!』(14年/昨年度のヒットコメディ)である。
コメディは、概して、世界各国の映画祭でも軽く見られ、授賞が難しいのが現状であるが、フランス人が一番好むジャンルであり、同国の映画を俯瞰(ふかん)する上で欠かせない存在である。この2本のコメディの選考は今年のヒットである。
フランス映画では小難しい作品を手掛けてきた日本の配給会社の目が、笑える作品にも目が向き始めたといえる。


傑作コメディ

「ヴェルヌイユ家の結婚狂想曲」
(C)2013 LES FILMS DU 24 -TF1 DROITS AUDIOVISUELS -TF1 FILMS PRODUCTION

 大ヒット作『ヴェルヌイユ家の結婚狂騒曲』(未配給)は、ツボをよく抑え笑える。舞台はフランスの地方在の裕福な一家ヴェルヌイユ家で、夫妻ともに敬虔(けいけん)なカトリック教徒。4人の年ごろの娘のうち3人はユダヤ人、アラブ人、中国人と結婚した。夫妻は末娘だけは何とかキリスト教徒と一緒になることを願う。
その末娘が両親に紹介したボーイフレンドはキリスト教徒であるが、コートジヴォワール出身の黒人青年。思うようにならぬ4人娘に苦り切る父(クリスチャン・クラヴィエ)と、異なる人種と宗教を持つ人々が巻き起こす、毒のあるエゲツない会話の応酬が何ともおかしい。
しかも、あり得る話の設定に、企画の良さが光る。むこの1人が中国人であるが、ここに時代の移り変わりが見られる。これまでフランスでアジア人といえば日本人と相場は決まっていたが、今や、「ジャパン・イズ・アズ・ナンバー2」となり、中国人がアジアの顔となっていることを改めて思い知らされる。


家族の絆

「エール!」
(C)-Jerico - Mars Films - France 2 Cinema - Quarante 12 Films - Vendome Production - Nexus Factory - Umedia

 傑作コメディのもう1作は『エール!』(原題『ベリエ家の人々』、エリック・ラルティゴ監督)は、田舎町の酪農農家ベリエ家が主人公。両親と弟は聴覚障害者で、1人娘のローラだけが健常者の設定。一家は手話で会話し、娘が外の世界との仲介者である。
この中で、母親役の美人女優カリン・ヴィアールの手話を交えての芝居は珍品中の珍品だ。この彼女は、ずっこけた美人役がはまり、パン屋の口うるさいおかみ役などはうってつけだ。また、夫との夜の営みはお盛ん。娘も慣れたもので、両親の雄たけびが聞こえると音楽のボリュームを上げ、やり過ごす。
本作は、家族の日常生活における絆(きずな)と、音楽の才を見込まれ、パリに行く娘との別れが感動的だ。家族を丸ごととらえる愛の深さとおかしみにあれる作品で、娯楽作品の良さを見せてくれる。



異色の女流作家の半生

「夜、アルベルティーヌ」
(C)DR

 『夜、アルベルティーヌ』は、異色の女流作家アルベルティーヌ・サラザン(1937−67年)による自伝小説の映画化だ。アルジェリア生まれのアルベルティーヌは、売春と強盗で入獄するも脱獄。その後彼女をかくまった裏街道で生きる男との大恋愛、最期は医療ミスにより29歳の若さで亡くなるという、1人の女性の波乱万丈の強烈な生き方が描かれる。
1969年に公開された『ある日、アンヌは』(68年/ギィ・カザリル監督、マルレーヌ・ジョベール主演)のリメイクであり、社会の片隅にしか居場所のないマージナルな人物群像の描き方が印象的である。
当時は、68年5月革命の異議申し立ての時代で、女性のアウトロー的生き方が共感を呼んだ。リメイクの本作も原作の持味をうまく生かしている。


ボーヴォワールの女友達

「ヴィオレット」
(C)TS PRODUCTIONS - 2013

 フランスの作家であり、女権論者でもあったシモーヌ・ド・ボーヴォワールの女友達で、実在の作家のヴィオレット・ルデュックとの生涯に亘る交友を描くのが『ヴィオレット』(13年/マルタン・プロヴォスト監督)である。
時代背景は1940−60年代で、サルトル、ボーヴォワールなどの著名な作家たちが実存主義者として、もてはやされた時代である。その1人のボーヴォワールが、無名の作家ヴィオレットの才能に注目、激励し、出版社を紹介して作家デビューをさせる。そして、なかなか売れない若い友人に金銭的援助をする経緯が、物語の骨子となっている。
2人の関係は、私生児で生きる難しさに悩むヴィオレットが女性同士の愛を求めたのに対し、ボーヴォワールは文学的なつながりにとどめようとし、一定の距離を置き、その葛藤が作品の見どころとなる。配役は、ドゥヴォスを始め、ボーヴォワールに扮するサンドリーヌ・キベルランの理知的な佇まい、そして、ヴィオレットの庇護者である金持ちの実業家オリヴィエ・グルメと、よく練られた配役である。
生前は持てる才能を評価されず、死後、認められた女性版ヴァン・ゴッホともいえる主人公の激しい生き方に引かれる。監督は実在した家政婦の女流画家を描いた『セラフィーヌの庭』(08年)のプロヴォスト監督で、彼の演出は手堅く、作品をしっかり構築している。本映画祭のベスト作品である。


上映作品一覧

エール!
〈14〉エリック・ラルティゴ監督、カリン・ヴィアール、ルアンヌ・エメラ主演 (喜劇)
ヴェルヌイユ家の結婚狂騒曲 〈13〉フィリップ・ドゥ・ショーヴロン監督、クリスチャン・クラヴィエ主演 (喜劇、未配給)
ボヴァリー夫人とパン屋 〈14〉アンヌ・フォンテーヌ監督、ファブリス・ルキーニ主演 (喜劇、ドラマ)
彼は秘密の女ともだち 〈14〉フランソワ・オゾン監督、ロマン・デュリス、アナイス・ドゥムースティエ主演 (ドラマ)
EDEN エデン 〈14〉ミア・ハンセン=ラヴ監督、フェリックス・ド・ジブリ、ポーリーヌ・エチエンヌ主演 (ドラマ)
夜、アルベルティーヌ 〈14〉ブリジット・シィ監督、レイラ・ベクティ、レダ・カテヴ主演(ドラマ、未配給)
シルス・マリア 〈14〉オリヴィエ・アサイヤス監督、ジュリエット・ビノシュ主演 (ドラマ)
ヴィオレット 〈13〉マルタン・プロヴォスト監督、エマニュエル・ドゥヴォス、サンドリーヌ・キベルラン主演 (ドラマ)
ティンブクトゥ 〈14〉アブデラマン・シサコ監督、イブラヒム・アメド・アカ・ピノ主演 (ドラマ)
セバスチャン・サルガト/地球へのラブレター 〈14〉ヴィム・ヴェンダース、ジュリアーノ・リベイロ・サルガド共同監督 (ドキュメンタリー)
チャップリンからの贈りもの 〈14〉グザビエ・ボーヴォワ監督、ブノワ・ポールヴールド、ロシュディ・ゼム、キアラ・マストロヤンニ主演 (喜劇)
たそがれの女心 〈53〉マックス・オフェルス監督、ダニエル・ダリュー、シャルル・ボワイエ主演 (ゴーモン社120周年記念、デジタル・マスター上映)(未配給)

 



(文中敬称略)

《了》


映像新聞2015年7月13日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家