「選挙フェス」
ロック歌手の選挙ドキュメンタリー
若者の政治参加姿勢を描く |
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素晴らしくイキの良いドキュメンタリーが登場した。主人公は今年37歳のロック歌手、三宅洋平、音楽好きの若者世代ではかなり知られた存在らしい。彼が、環境保全を旗印に掲げる「緑の党」から2013年7月の参院選に立候補し、その選挙期間中の彼の行動と生活を密着取材したのが『選挙フェス』(杉岡太樹監督)である。
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政見発表の三宅洋平
(C)2015 mirrorball works
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13年7月の参院選からネット選挙が可能となり、本作『選挙フェス』は、公私に渉る彼の17日間全国26か所を巡る行動を追った。彼はロック歌手らしく「街頭ライブ型政治演説」を『選挙フェス』と名付け、全国ツアーを敢行する。この彼の行動は、インターネットを媒介とする、現在、一番新しい戦術で、多くの若者、中年に達した人々も含め、大きな反響を呼び、落選候補最多の17万6970票を集めた。従来の選挙ならば、泡沫候補として供託金を召し上げられ、玉砕ものだが、三宅洋平は、次につながる結果を残した。
新橋駅前の演説コンサート会場で、ラップのリズムに乗せ自己紹介する。「自分は3か月前から政治の世界に参入した新参者」、「これからは、人の5倍は勉強する自信はあり、自分は一応早大文学部出身」と立候補の弁を語る。この発言は、彼の真剣な態度とは裏腹に何かおかしみがある。早大出のロック歌手という彼の立場が、政治の世界では、場違いであり、そこが笑いを誘う。
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プレー中の三宅洋平
(C)2015 mirrorball works
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彼の同志として、俳優の山本太郎がやはり立候補し、既に全国的知名度を誇る彼は東京地方区で当選の快挙を果たした。作中では、「地方区は山本太郎、全国区は俺」と叫ぶ2人の共闘の姿が写し出される。
供託金の600万円は、三宅の100日に渉るドサ廻りで集め、選管事務所に巻き上げられずに済んだ。この供託金制度は、泡沫候補の乱立防止を目的としているが、多数党に有利で、弱小候補にはハードルが高い。三宅はこのハードルを、ネット活用で無事乗り切った。
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コンサート・選挙演説
(C)2015 mirrorball works
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彼の「選挙フェス」の最終地は、渋谷ハチ公前で、そこに多くの賛同者が詰め掛け、駅前は大渋滞、普段ならば、警察の介入、排除が予想されるが、そこは公的選挙活動、候補者の活動を排除できず、「選挙をマツリゴト」のスローガンで、群衆にコール&レスポンスで訴える三宅流ロックコンサートのノリの新しいスタイルを確立した。
選挙運動中での「ヤフーの候補者検索数」では山本太郎に次ぐ2位と、多くの人の注目を浴びる。蛇足だが、彼曰く、「タスキをしない候補は俺1人」と語るが、ここにも従来にない、ダサクなく新しさがある。そして、期間最後のスピーチは憲法九条の朗読だ。ここに彼の政治的立場が凝縮されている。
三宅洋平の政策9ヶ条は以下であるが、至極、普通で、真っ当なものばかりだ。
1、「文化を最大の輸出品に」(国立の映画大学すら持ち合わせぬお国への批判)
2、「復興から保証へ」(避難民優先)
3、「除染から廃炉ビジネスへ」(小手先の除染の愚かさ)
4、「送電線から蓄電技術へ」(電気の恒常的供給)
5、「消費増税から金融資産課税へ」(大企業の内部留保への課税)
6、「大規模農業から家庭菜園へ」(家庭菜園で日本の現人口に対応できるかが疑問)
7、「官僚主義から住民主義へ」(官僚のシナリオ通りの現状への批判)
8、「破壊から再生への公共事業へ」(自然保護の緑の党の主張)
9、「憲法九条を世界遺産に」(漠然とし、実効性が読めないが)
改革とは、例え絵空事と思えようとも、まず、声に出すことが大切で、それを三宅洋平は実行しようとしている。
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三宅洋平
(C)2015 mirrorball works
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彼の主義、主張は、作中で炸裂する。彼には、一方的な自己信条の押し付けを否定し、「争いでなく、話し合いを」の一貫した姿勢がある。この姿勢が、彼の政治参加への基本である。作中、彼は聴衆へ向い「自分たちにチャンスが欲しい、世界平和を目指したい、自分の目の黒いうちに」、「若者が動けば日本は変る」、「選挙はマツリゴト、政治に話し合いを」と叫ぶ。対立者を全否定せず、一致点を見出す考え方で、対立が対立を呼ぶ不毛さからの決別を目指している。若者が問題提起し、それを相手に叩きつけ、そして、違う意見にも耳を傾ける。多様性の尊重ともいえる。彼の主張は「足して2で割る」的な折衷の危うさはある。しかし、現在までの左翼、革新の数多くの失敗の前例を見れば、多様性の尊重の理念を今一度、反芻(はんすう)するのも一考だ。
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三宅洋平
(C)2015 mirrorball works
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タイトルバックで、彼は喜納昌吉の「花」を歌う。ひげ面のブラッド・ピット似の精悍な風貌で、短パンにTシャツ、そして、ビーチ・サンダルのかかとは三角形に切り取られている。とても、選挙立候補者の風体ではない。しかし、この恰好が、ステージに上る自身を鼓舞する最良の衣装とし、背広姿は自主規制化されたファッシズムと撃つ。今まで耳にしたことのない論理だが、明快さがある。
杉岡太樹監督は35歳で、三宅洋平より2歳年下であるが、ほぼ同世代であり、波長が合い、世代的共感を共に出来る間柄であろう。監督の彼は、2001年から渡米し、10年近くの滞米生活を経、製作・配給に参加した作品では『ハーブ&ドロシー』(84)が知られている。2010年に帰国し、長篇第一作は『沈黙しない春』(12)である。この彼が、2011年3月11日の福島原発事故に異議を唱え、広島原爆ドーム前で群衆に向いギターを爪弾く彼を見かけたのが、彼らの最初の出会い。その時の記録が彼の『沈黙しない春』であった。原発が2人を結び付け、ドキュメンタリー『選挙フェス』を生み出した。
選挙を扱ったドキュメンタリーでは、想田和弘監督の『選挙』(07)が有名である。想田版『選挙』は、地盤、血縁をベースとする友人の選挙活動を追い、日本的土壌に対する批判的考察である。杉岡監督の『選挙フェス』は、若者世代がとり得る政治参加姿勢について描き、この点が杉岡作品をユニークなものとしている。当然、三宅洋平の持つ、負け戦を貫く必死の思いと清々しさが大きな魅力となっている。ロックのリズムで押す、無茶苦茶な面白さとその熱さに、見る側は魅入られる。
(文中敬称略)
《了》
7月4日(日)より、ユーロスペースほか全国順次公開中。
映像新聞2015年7月20日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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