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「マルガリータで乾杯を!」
身障者の少女と母の人間ドラマ
インドから新タイプの感動作

 インドから快作が登場する。日本におけるインド映画といえば、歌って踊ってのミュージカル、マサラムービか、ジェームズ・ボンド張りのスーパーマンが大活躍するアクション、そして、文芸ものとしては、サタジット・レイ監督の一連の作品(1921−92、代表作『大地のうた』[55])などがよく知られている。インド映画のニューウェーヴとして『マルガリータで乾杯を!』(2014年、ショナリ・ボース監督)が公開される。

新タイプの作品群

「マルガリータで乾杯を!」
(C)ALL RIGHTS RESERVED C COPYRIGHT 2014 BY VIACOM18 MEDIA PRIVATE LIMITED AND ISHAAN TALKIES

 インド映画はボリウッドと呼ばれ、大都市ムンバイを映画の都と頂く映画大国は、世界一の製作本数を誇っている。そのインド映画のタイプに変化が見られる。
最近では、青春劇『きっと、うまくいく』(09年)、ニューヨーク在住の一家の主婦の孤立と自立を描く『マダム・イン・ニューヨーク』(12年)、都市の弁当配達と中年男女の心の触れ合いを描く『めぐり遭わせのお弁当』(13年)と、日常性をふんだんに盛り込む、等身大の人間たちの暮らしの中の出来事を、軽やかなタッチで扱う娯楽作品がその代表だ。
実際に、本場では上質な作品が増えたのか、日本の配給業者が今までとは異なるインド映画に注目したのかは、判然としない。しかし新タイプのこれらの作品、大上段にふりかぶる大型作品ではなく、普段の装いに日常性がくるまれる見易さと共感をもたらし、目が離せない。本作『マルガリータで乾杯を!』は、「あいち国際女性映画祭2015」におけるアジア・ムービーインパクトの招待作品である。


主人公は身障者

ライラ(右)ハヌム(左)
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 主人公のライラは、脳性マヒだが人生を前向きに生きるティーンエイジャーである。彼車いすで行動する彼女は、明るく頭の回転が良く、好奇心が旺盛。バンド活動に参加し作詞をこなし、夢は作家と、自己の将来を見据えている。
ライラを演じるカルキ・ケクラン(31歳)は、インド生まれ、インド育ちのフランス人である。両親は、インドの有名な反英独立運動家、哲学者、そしてヨガの創始者で知られるオーロヴィンド・ゴーシュ(1872−1950年)の信奉者だ。カルキ自身も女優以外に女性問題など社会的発言をしている。


冒頭シーン

ライラ一家
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 デリー市街を走る、今では珍しいフォルクス・ワーゲンのバン(1970年代ごろは若者がこのバンを駆って欧州中を旅した)の窓から少女の明るい顔がのぞき、母親がハンドルを握り、ターバン姿の父親が助手席に座る。目的地に到着し、母親は渡し板を出し、車椅子の少女を降ろし、一家で彼女を学校へ送る。
この冒頭シーンで、ライラ、後部座席の兄妹、そして宗教の違う夫婦と一家が紹介され、ハンドルを握る母親のカカア天下が分かる仕組みだ。さして豊かではないが、幸福な家庭像が見る者に伝わる。



才気かん発なライラ


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 明るいライラは勉強が出来、余暇にバンドグループに入り、ヴォーカルの作詞を手懸け、大会で優勝する。受賞理由が身障者であるということでブンむくれ。そして、恋心を抱くリーダーの男の子の親切は恋ではなく、同情であることを知り落ち込む。
それを知る母親は、奨学金に応募しニューヨーク留学を決め、2人はニューヨークへ移住する。1つが駄目なら、もう1つと手を打つ母親のカカア天下振りが頼もしい。父親は常に脇に廻り、この時もおいてきぼりにされるが、結構満足の様子。


物語は二部仕立て

ライラ
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 デリー、ニューヨークと物語は二部仕立てであるところが、本作の魅力となっている。
ニューヨークのライラは、持ち前の前向きさと明るさで、大学生活を堪能する。親身な若い友人たち、整った身障者援助制度と、献身的に世話をする担当の男友達。そして初めて、デモに参加し、活動家の女性と知り合う。
この女性ハヌムは、パキスタンとバングラデッシュの混血児で、しかも盲目。この彼女の積極的なアプローチもあり、2人は急接近する。いつも家族に大事にされ生きるライラにとり、ハヌムとのレズ関係と、母親が体調を崩しインドへ急に帰国することが、彼女の自立への意識を高める。





性意識の芽生え

母子
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 身障者のライラにとり、性愛は夢のまた夢であり、起こり得ないことである。しかしハヌムとの出会いで、それまで未知だった世界を体験し、家族、友人らとの環境以外の新しい世界を知る機会を得た。さらに、その上を行く出来事が降ってわく。
身障者のための個人アシスタントをする男子学生と一緒の折、尿意を催し、自身では動けないライラは青年の手を借りねばならない。いつもは同性に面倒を見て貰うが、今回は彼の手伝いで股間を開き、その際、性器を異性に見られる。生理現象への対処としては当然である。
この時、彼女は性愛の意識がもたげ、積極的に関係を持つ。女性の側からのアプローチ、日本社会では「女のたしなみ」という呪縛で、調子の悪さが伴う。しかし本作では、そのタブーを個人の意思として、いとも簡単に乗り越える。身障者の自身の押し殺した欲求からの解放でもある。


女性の意思決定

 旧聞に属するが、フランスでは1968年「5月革命」という若者の社会運動があった。従来の家父長制度、縦型社会への異議申し立てであり、第2次世界大戦後、フランス最大の事件である。この中に、女性の権利が強く主張され、女子大生が増加し、数年後には妊娠中絶合法化が実現する。
この女権運動の中に「自分の意志で性交をし、自分の意志で出産する」主張がある。本作に見られるように、約50年後のインドでも、性について、公然と人々の口の端にのぼるようになった。西欧とアジアの文化の違いであろうか。



帰省

 ライラは、パートナーを家族に紹介するため、ハヌムを伴い春休みに帰省し、母親に2人の関係を告白する。旧式の母親はただただ驚くばかりで、その後、療養中の彼女は亡くなる。また、ライラはレズのハヌムに男性経験を話すと、彼女は激高し、アメリカへ帰国する。最愛の母と友人を失ったライラは、インドに残ることを決意する。


女性の自立

 若い女性の自立は、現代の映画で扱われる重要なテーマであり、繰り返し取り上げられる。『マルガリータで乾杯を!』では、女性の自立と身障者の性について描き、その視点が新鮮に映る。いままで、正面から取り上げ難かった性の問題が深刻にならないのは、明るく性に立ち向かく主人公のキャラクターの功績もあり、避けられて来た問題が爽やかに語られる。新しいタイプのインド映画の社会性が見られる。
監督のショナリ・ボースは、今年50歳で、米国で映画を学んだ女性。物語は1歳年下で脳性マヒの従妹がモデルとなっている。
タイトルはテキーラベースのカクテルの意で、ニューヨークへ着き、女友達と連れだって入ったカフェでの体験である。飲酒体験のないライラがコーラを注文すると、すかさずハヌムが子供の飲み物は駄目と、カクテルを注文するシーンから来ている。若いライラが大人へと踏み込む第一歩を象徴している。






(文中敬称略)

《了》


10月24日(土)より、シネスイッチ銀座他、全国順次ロードショー

映像新聞2015年10月12日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家