このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



このサイトからダウンロードできる
PDFデータの閲覧のために必用なAcrobatReaderは以下のリンクより
無償でダウンロードできます。



『16年新春のフランス映画』
優れた演技と笑いのセンス
移民社会描く「FATIMA」

 新春のフランス映画の動向の一端に接する機会があり、新作紹介を含めて紹介する。併せて、今年2月26日に発表されるフランス版アカデミー賞、セザール賞のノミネーションが発表され、それについても触れる。

ノミネーション

 2015年(第41回)「セザール賞」は、今年1月に候補作が、受賞作品は2月26日に正式発表される。作品賞候補は左記の通りだ。

■『ディーパンの闘い』(ジャック・オディアール監督、カンヌ出品、本邦公開)
■『FATIMA』(フィリップ・フォコン監督)
■『市場の原理』(ステファヌ・ブリゼ監督、カンヌ出品)
■『偉大なるマルグリット』(グザビエ・ジャノリ監督、本邦公開)
■『私の王様』(マイウェン監督、カンヌ出品作品)
■『裸の季節』(デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン監督、カンヌ出品作品、本邦公開)
■『頭を上げて』(エマニュエル・ベルコ監督、カンヌ出品作品)
■『あの頃エッフェル塔の下で』(アルノー・デプレシャン監督、本邦公開)

以上の8本であり、このうち半数はカンヌ国際映画祭の出品作である。昨年のカンヌ国際映画祭はピエール・レスキュー会長の就任1年目であり、フランス映画の多数出品は映画祭事務局の配慮があったと思われる。その上、例年とは異なるアート系作品より、分かりやすい作品揃えである。そして、『ディーパンの闘い』はパルムドールを獲得、『頭を上げて』はオープニング作品となり、その勢いが目立った。


伝説の音痴

偉大なるマルグリット」
(C)2015 - FIDELITE FILMS - FRANCE 3 CIN?MA - SIRENA FILM - SCOPE PICTURES -
JOUROR CINEMA - CN5 PRODUCTIONS - GABRIEL INC

 27日公開『偉大なるマルグリット』
作りはシンプルでありながら、素材にひねりを効かせた作品が『偉大なるマルグリット』(2月27日[土]公開)だ。「伝説の音痴」と呼ばれた実在の歌姫から想を得、ストーリー自体が面白い。
1944年、76歳でカーネギーホールの舞台に立ったアメリカ人女性ジェンキンスの実話で、彼女は音痴でありながら堂々と歌い上げる。最初は嘲笑の的であったが、音痴にもかかわらず自由でおおらかな彼女の歌いぶりに、観衆は逆に魅了される、いわゆる珍品である。この実話を、フランスに置き換えたのが本作である

 

舞台はパリ

 時代は1920年代、パリ郊外の貴族の大邸宅、男爵夫人マルグリット・デュモンが主人公。カトリーヌ・フロ扮(ふん)する主人公が、チャリティ音楽会を開催し、ホスト役の彼女が最後にモーツァルトのオペラ『魔笛』の中の『夜の女王のアリア』を独唱する。
ここで客人たちは、度外れたマルグリットの音程のハズレを目のあたりにし度肝を抜かれるが、そこは紳士淑女の上流階級の人士、笑いをかみ殺し、彼女の歌を拝聴する。この調子外れぶりは、どうして、ここまで外れるものかと不思議な思いにさせる。
自信満々の本人とそれを言い出しかねる周囲との落差が物語の軸となる。彼女自身、歌う以外自己を表現する術がなく、もしかしたら、音痴を承知の上での行動ではないかと思わすフシがある。


フロの演技

 マルグリットの歌は仰天ものには違いないが、彼女の純粋さ、寛容さを前にしては、人は攻め手を欠く。このタイプの女性をカトリーヌ・フロ(『大統領の料理人』[12])が演じ、人柄のよい中年貴婦人の柄を押し出し成功している。完全無欠な貴婦人では、決して人は周囲に集まらぬ筈だ。
本作、2015年のフランス映画の優秀作の1本であることは間違いない。脚本の語り口の巧さ、上手い役者、そしてコメディのセンスと人間観察の鋭さを持つ『偉大なるマルグリット』の良さを日本の観客は味わってほしい。


移民世代の生き方

 フランスには約500万人の移民が、フランス人として暮らしている。その中の代表がアルジェリア人を主体とするマグレブ、旧植民地の北アフリカ出身者である。
1847年にフランスはアルジェリアを支配し、原料剥奪的な植民地経営《一例とし、既存の小麦畑をワイン生産のためにぶどう畑にし、多くのアルジェリア人が主食のパンを失う経緯がある》により、貧しい層は宗主国フランスに移住する。その彼らが移民1世であり、現在は3世、4世の世代である。その若い世代の一部がテロ事件を起こすが、大部分はフランス国籍を得、暮らしている。
フランスの場合、マグレブ人、黒人、そして、アジアなら現在は中国人たちが、それぞれ固まる傾向が強く、パリ地域では郊外の住宅群を中心とし、フランス離れした空間を作り出している。彼らを扱う作品がパリの映画館で、昨年から新春までロングランされた。それが『FATIMA』である。フランス地方都市の一隅で、2人の娘を抱え生きるシングルマザー、ファティマ一家の物語である。
ファティマとは、マグレブ諸国ではポピュラーな女性の名前で、この彼女、同じマグレブ人の夫と離婚し、ティーンエージャーの娘2人を育てている。一家の収入は、ファティマの家政婦によるものだ。どこにでもいる、慎ましい移民一家である。
この彼女の上の娘は勉強が出来、医学部志望である。フランスの大学は全て国立で、学費は無料である。しかし、下宿代や、入学のため、いろいろと物入りで、母娘はどう算段するか頭を痛める。
ここでファティマは家政婦の仕事を増やし、娘の背中を押す。一方、妹は高校生で、自立意識が強く、母に反抗ばかりを繰り返す。
移民一家の貧しさや、生き難さがつづられ、一家の人間の営みがケレン味なく描かれている。ほかに、移民への社会の圧迫や二等国民扱いの彼らの地位については触れず、淡々と日常を観察する。
作り手は抗議の姿勢を封印し、移民社会を描くところに『FATIMA』の良さと説得力がある。


日本映画

 昨年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門のオープニングを飾った、河瀬直美監督の『あん』(フランス語タイトルは『東京の口悦』)がフランス全土、150館以上で2月から封切られている。日本映画は主としてアート系館上映が多く『あん』はチェーン公開で、最近の日本映画としては珍しいケースだ。
一方、同じく、カンヌ国際映画祭出品を狙い、思い通りの結果が得られなかった小栗康平監督の『FOUJITA』は、いまだフランスでは公開されていない。フランス人に早く見せたい作品であるだけに、残念としか言いようがない。


ドキュメンタリーの一般公開

 フランスの映画興行で目を引くのが、一般商業館におけるドキュメンタリー作品公開であり、確実に以前より増加している。ドキュメンタリーは、テレビで見るものとされていたが、社会問題に鋭く切り込むドキュメンタリーの面白さが、徐々にフィクションの領域に侵入している感がある。
この辺りに、フランスの観客層の厚さと多様性がうかがわれる。

 



(文中敬称略)

《了》

映像新聞2016年2月22日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家