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『君がくれたグッドライフ』
力のあるドイツ若手監督作品
仲間の「死」と向き合う青春群像劇
「どう生きるのか」を問う

 ドイツから力のある若手監督作品が登場する。『君がくれたグッドライフ』(14年、クリスチャン・チューベルト監督・脚本/以下『グッドライフ』)である。話のうまさ、巧みな人間関係のあり方の現実感に優れ、人が避けて通れない「死」という大きなテーマを提起する、内容の濃い作品だ。


青春とその延長

ハンネスと妻のキキ
(C)2014 Majestic Filmproduktion GmbH / ZDF

  仲良しグループ6人の群像劇である。彼らは青春をともに生き、今や、中年の域の少し手前に達する年齢である。
少年・少女時代、学生時代、そして社会人となる人々の交遊は、意外と長続きしない現実がある。各人の家庭環境、恋愛、学業、就職などにより、その糸が切れるが、それなりの事情があり致し方ない。しかし、青春を共にする仲間との長続きする関係は、うらやましさを覚えさせるものがある。
ドイツ西部の地方都市ヴィーズバーデンの6人の男女は、15年来の付き合い。彼らは2組のカップルとその弟、そして独身男性たちで、年に一度の自転車旅行を楽しむ。毎年、メンバーの1人が行先を決め、今年はベルギーに決まる。
ほかのメンバーは、チョコレートとマンガ『タンタン』(ベルギーの国民的ベストセラーマンガ)しかない所への旅に不満げだが、決まりに従う。同時に、食卓の右側に座る仲間の1人に恒例の課題を出す。荒唐無稽な課題でも、これも従わざるを得ない。


意外な告白

自転車旅行
(C)2014 Majestic Filmproduktion GmbH / ZDF

 出発前日、1組のカップルの男性、ハンネスの身内宅で前祝いが催される。そこでハンネスから、ALS(筋委縮性側索硬化症)を発症し余命3−5年との予想外の発言が飛び出し、一同はただただ驚く。そして、行先のベルギーでは尊厳死(安楽死)が認められていることを知る。予期せぬ親友の死の決断である。
このことは、妻のキキと母親が既に知るものの、身内の弟にすら秘密にされていた。この家族、父親が同じ病で亡くなり、皆に辛い思いをさせないためのハンネスの心遣いと決断である。
驚く友人たちの1人が、「旅を止めさせて」と懇願する。だが、逆に妻から「彼にとって皆との旅は必要で、一緒に来て欲しい」と提案された一同は考え込み、その夜は一端解散する。
作劇法として、一番重要な死の予告を最初に提示し、その後の結末が既にわかる展開は、途中をいかにもたせるかが難しい。作り手は描き方を明るく、軽く、事態を深刻に受け取ることを拒否する姿勢を全編に貫かせる構成とする。出来は演出の腕次第となり、作り手にとって逆に、このような物語展開はやりがいのあるものに違いない。



旅の始まり

最後の集い
(C)2014 Majestic Filmproduktion GmbH / ZDF

 前夜、参加の確約を得られなかったハンネスは、半ばあきらめの境地で、母親と車で出発しようとする。その矢先に自転車にまたがる友人たちが現われる。友人を思う仲間たちの心意気が示され、粋な出発となる。病について何も知らされなかった弟は、そこでは姿を現わさなかったものの、釈然としない思いを抱きながら兄と仲間たちを追いかけ、グループの一員となる。
懸命に生きるハンネスの姿を見る仲間たちは、本来の稚気溢れる一団へと感情の舵を切り替え、何事も起きなかったように付き合うが、それは友情と男気に支えられる行為である。



明るく振舞う一同

 座を盛り上げるための本年の課題は「女装」であり、独り者でハゲのミヒャエルは、オカマ風の女装で皆を笑わす。おまけに、ディスコで知り合った美しい娘ザビーネを仲間に引き入れ、彼女の住居のベルギー国境まで、サイクリング仲間となる。若い女性が1人加わり、旅仲間たちは、いつもの冗談を言いつつ、和気あいあいの旅を続ける。ドイツの田舎町からベルギーへの道中、周囲の緑が映え、ヨーロッパの田園風景の美しさが一層際立つ。



童心にかえる仲間

仲間の面々
(C)2014 Majestic Filmproduktion GmbH / ZDF

 ハンネスは日に日に弱り、ときには自転車を降り休憩も数多くなる。キャンプの朝、雨模様で地面はぬかるみ、最悪の旅日和となる。そこで、1人が水たまりに滑り込み、バチャバチャと遊び始める。まるで子供の水遊びだが、最初ためらっていた仲間が1人、2人と加わり、気が付くと全員が泥だらけで楽しんでいる。
この子供じみた遊びで、「仲間が一緒にいること」の大事さに、皆改めて気づく。本作のハイライトシーンである。



旅の終わり

母親
(C)2014 Majestic Filmproduktion GmbH / ZDF

 国境を越え、いよいよベルギー入り。予期された死の問題が再び頭をもたげる。
まず病院へ行き、担当の医師とハンネスは2人きりで話す。尊厳死の最終確認である。そして彼は仲間の元に戻り、最後の別れをする。覚悟はしていたものの、泣く妻と母親、ほかの仲間はもはや声もない。ひどく残酷なシーンである。残された僅(わず)かな時間がいとおしくなる瞬間である。
このラストこそ、『グッドライフ』の最大の見せ場だ。予期された死、それを受け入れざるを得ない妻、母親と仲間たち。現実に、学問として死生学があり、それは死についての命題が提示される。それを『グッドライフ』では、主人公のハンネスの行動で血肉化させる。
日本では、仏教の大事な約束事として葬式があり、死の先のことに触れる機会は少ない。しかし、少し以前から、死とはいかに生きるかを説く考え方が出てきた。実際は以前から存在するものであるが、あまり認知されずにきた。
例えば、上智大学名誉教授であるドイツ人神父アルフォンス・デーケンの説く「死生学」は、換言すれば、彼をはじめとする宗教者たちによる、死を正面からとらえ直す考えだ。人間は永遠に生きることは出来ず、死は必ずやってくる。その死に対し、どのように処するかが「死生学」である。本作は「死生学」の考えをストレートに見据えた、青春群像劇であり、貴重な試みといえる。


尊厳死・安楽死

 尊厳死・安楽死は、わが国では認められていない。現在、実施されているのは、本作の目的地であるベルギー、そしてオランダ、ルクセンブルグである。スイスや、オレゴンなどの米国の一部の州では、医師による自殺幇助(ほうじょ)が認められている。
尊厳死を扱った作品では『母の身終い』(フランス、13年/ステファヌ・ブリゼ監督=「フランス映画祭2013」で上映)がある。主演は『マーケットの法則』で15年カンヌ国際映画祭主演男優賞獲得のヴァンサン・ランドンが扮(ふん)している。
麻薬所持によって服役して出所後、母親の元へ転がり込んだ中年の主人公が、ある時、母親が脳腫瘍で打つ手がなく、尊厳死を選ぶことを知る。その母親に付き添ってスイスの病院へと向かう中年男の物語で、尊厳死が隣国スイスで認められ、フランス人が国境を越えることを、筆者が知ったのは、この『母の身終い』のおかげである。

 



(文中敬称略)

《了》

5月21日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、
YEBISU GARDEN CINEMAほかロードショー!

映像新聞2016年5月23日掲載号より転載

 

 

 

中川洋吉・映画評論家