『第69回カンヌ国際映画祭』報告(2)
「家族」と並び主要なテーマに
目立った「格差問題」を扱う作品 |
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第69回カンヌ国際映画祭(以下、カンヌ映画祭)のコンペ部門は、英国のケン・ローチ監督の手に成る『ダニエル・ブレイク』がパルムドール(最高賞)を受賞した。この受賞への批判はあるが、世界を覆うグローバリズムに対する現状を突く視点が評価されたと考えられる。本選21本、その他の部門における興味深い作品、忘れられた(選外)作品、個性的作品、そして日本映画に触れる。
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『セールスマン』
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出品作品にはそれぞれの作家の主張、テーマがある。今までは、家族、差別、国境、移民などのテーマがメインであった。特に、家族を扱うテーマが重要視されてきた。家族は多面的な描き方ができ、しかも人類普遍のテーマであり説得力をもつ。
しかし今年は、家族と並び格差問題(=貧困問題)を扱う作品が見られた。その一例が、既述の『ダニエル・ブレイク』であり、ブラジル作品『アクエリアス』(クレベル・メンドーサ・フィロ監督)である。
『アクエリアス』はブラジルを代表する名女優ソニア・ブラガ(『蜘蛛女のキス』1985年、ヘクトール・バベンコ監督/ウィリアム・ハートとの共演)が実年齢の65歳の女性を演じる。海岸前の豪華マンションに住む彼女は、再開発で立ち退きを迫られるが、頑として応じない。住居問題であり、家しか財産のない老人の物語である。
レッド・カーペットを上る時、ブラジル作品関係者は、ルセル大統領支持、弾劾反対と書かれたスローガンを手に、現大統領支持表明する。政治見解発表の自由さで、ブラジル国の株を上げた感じだ。
同じく住居問題を扱う作品にイランのアスガー・ファルハディ監督の『セールスマン』も同様の作品である。両作とも、家のない人間でなく、現在は貧しくないが、家しかない人々の暮らしを描いている。これらは、大手ディベロッパーが庶民を追い込む図式で、社会問題の一端だ。
ファルハディ監督作品は選考発表後追加された、いわば飛び込みである。同監督はすでに『別離』(2011年)でベルリン国際映画祭最優秀作品賞を受賞、実力派イラン監督として知られる。
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『ジュリエッタ』
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期待を裏切らない大物監督
パルムドールの『ダニエル・ブレイク』は、新しい映画を求める観客、そしてフランスのジャーナリズムには不評で、授賞式の際、ブーイングが起きた。しかし、作品内容に関しては文句の付けようがない。
同様なことはスペインのペドロ・アルモドバール監督の『ジュリエッタ』にも言える。物語の主人公を女性に求めるのは、いつもの彼の手法であり、本作の複層的展開、そして赤を基調とする鮮やかな映像と、アルモドバール調全開である。
主人公ジュリエッタの現在と若年時代を別々の女優が演じる。主人公は娘と別れ、十数年も音信不通。金髪の若年時代のジュリエッタが過去を語る形式で、見る側はこの展開に引き込まれる。アルモドバール監督も近い将来、パルムドールを得るだろう。
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『パタースン』
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米国のジム・ジャームッシュ監督は、その独自の語り口で大いに楽しませてくれるが、今回の『パタースン』も期待を裏切らない。人物設定はいつもの彼と変らず、おとぼけの連続である。
主人公の若い夫は、詩人志望で、昼間はバスの運転手、バス会社名と彼の名パタースンが同じと、おとぼけのネーミング。妻は家事での発明を得意とし、模様入りのカップケーキを学校のバザーで売り、大儲けする。喜んだ2人はレストランでディナーを楽しむ。その間、家で置いてきぼりの犬が彼の詩集を食いちぎる大惨事となる。
落ち込む彼は、公園で背広姿の日本人(永瀬正敏)と会う。この彼は現代詩をこよなく愛する人物で、彼と話すうち、パタースンは再び詩への意欲を取り戻す。
非常に短いシーンの積み重ねで独自のリズムを形成するあたり、まさにジャームッシュ節であり、若手監督の参考になりそうだ。
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『まさに世界の終わり』
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『マミー』(14年)でカンヌ映画祭審査員賞を受け、今上り調子のカナダのグザビエ・ドラン監督の『まさに世界の終わり』(本年度は第2席のグランプリを受賞)は、異質の家族ものだ。いわゆる麗(うるわ)しい人間関係を象徴する家族を、今までの視点をくつがえす発想で見る人を驚かせる。
ドラン監督自身、母と息子の親子関係に多大な関心を寄せており、本作では主人公の作家青年が家族の死を伝えるため12年ぶりに帰宅。そこでは、母親(ナタリー・バイ)が仕切り、兄と常に口論となり、家中がトゲトゲしい雰囲気。家族の感情の、負の連鎖が前面に押し出される。面白いはなしの設定である。27歳の青年監督ドランの鋭い人間観察力が冴える。
出演はマリオン・コティアール、ヴァンサン・カッセルなどフランス人俳優による豪華布陣である。
若手では勢いを感じるルーマニア勢
最近のコンペ作品の選考には1つの顕著な傾向が見られる。今年でいえば、その代表がペドロ・アルモドバール作品やダルデンヌ兄弟作品の選考である。複数回カンヌ出品のベテラン監督たちのブランド力に頼っている。いまひとつ、見逃せないのは、彼らの作品の質にばらつきがなく、安心して選べる点である。
若手に関しては、ルーマニア勢に勢いがある。クリスチャン・ムンジウ監督やクリスティ・プイウ監督で、プイウ監督は監督週間で認められ、コンペ部門へ昇格し、ムンジウ監督は2007年に『4カ月、3週と2日』でパルムドールを獲得。同映画祭が発掘した監督と目されている。
同映画祭に一度選考されると、どうもカンヌ選考候補作品リストに登録されるようだ。日本作品なら是枝裕和監督、河瀬直美監督がたびたび選考されるのは、その一例である。
選外に終わる作品でも秀作はある。審査委員会の決定が一方に傾き、忘れられた作品が毎年必ず出る。昨年なら、イタリアのナンニ・モレッティ監督の『母よ』であり、本年はドイツのマーレン・アデ監督の『トニ・エルドマン』だ。
これは、独立して企業幹部となり活躍する娘に対し子離れできぬ父親の物語であり、視点がユニークで、映画的感性の良さを感じさせる。本作、映画誌の星取表では断トツの1位であった。
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『海よりもまだ深く』上映後
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日本からは、是枝裕和監督の『海よりもまだ深く』、深田晃司監督の『淵に立つ』、そしてスタジオ・ジブリが共同製作者として参加した、ドイツのアニメ作品『赤い亀』が「ある視点」部門に出品された。
『海よりもまだ深く』は、団地に住む家族の物語で脚本もきっちり締めあげられ、映像的にも申し分ない。終映後の観客の反応が良く、スタンディングオベイションが続き、是枝監督の人気はしっかりとカンヌに根付いた様子が見て取れる。
家族のテーマを良くまとめ、「ある視点」部門よりも、コンペ部門で見てもらいたい完成度の高さを誇っている。強いて難点を挙げるなら、家族という枠から一歩踏み出す方向性を持てば、彼の作品により弾みがつくであろう。
もう1本の『淵に立つ』は、町工場の経営者が、ある時、刑務所を出所したばかりの1人の正体の分からない男(浅野忠信)を雇うが、その彼が徐々に家庭の平和を崩し、姿を消す物語で、話自体は面白い。
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『人生見習い』
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ただ、この話に、監督自身の思いの投影が今ひとつはっきりしない。そして、ドラマ性や葛藤を否定し、状況や流れを写し取る、今様の若手監督の共通の弱点が見られる。つまり、全体に詰めが甘い。パワーのある韓国のナ・ホンジン監督作品『コクソン』やマレーシアのブー・ジュンフェン監督作品『人生見習い』と比べひ弱さが目立つ。
深田作品は「ある視点」部門の審査委員賞を受賞。東洋からのわざわざの参加「ご苦労さん」の意味を持つ、地政学的配慮が感じられる。
パルムドール(最高賞)
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『ダニエル・ブレイク』(英、ケン・ローチ監督) |
グランプリ(第2席) |
『まさに世界の終わり』(カナダ、グザビエ・ドラン監督) |
監督賞 |
クリスティアン・ムンジウ監督(ルーマニア、『バカロレア』)
オリビエ・アサイヤス監督(仏、『パーソナル・ショッパー』) |
脚本賞 |
アスガー・ファルハディ(イラン、『セールスマン』) |
男優賞 |
シャハビ・ホセイニ(イラン、『セールスマン』) |
女優賞 |
ジャクリン・ホセ(フィリピン、『マ・ローサ』) |
審査員賞 |
『アメリカン・ハニー』(英、アンドレア・アーノルド監督) |
審査委員長 |
ジョージ・ミラー(豪、監督) |
審査員 |
クリステン・ダンスト(米、女優)
アルノー・デプレシャン(仏、監督)
ヴァレリア・ゴリノ(伊、監督・女優)
マッツ・ミケルソン(デンマーク、男優)
ラズロ・ネメス(ハンガリー、監督)
ヴァネッサ・パラディ(仏、歌手・女優)
カタユーン・シャハビ(イラン、製作・配給)
ドナルド・サザランド(カナダ、男優) |
(文中敬称略)
《了》
映像新聞2016年6月13日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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