『第29回東京国際映画祭』
充実したコンペ部門
最高賞はホロコーストに迫る |
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第29回東京国際映画祭は10月25日から11月3日まで、六本木を中心に開催された。
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「ブルーム・オヴ・イエスタディ」
(C)2016 Edith Held DOR FILM−WEST, Four minutes Filmproduktion
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コンペについて述べるならば、フランスのジャン=ジャック・ベネックスを長とする審査委員会は、コンペティション部門の最高賞「東京グランプリ」をドイツ、オーストリア合作の『ブルーム・オヴ・イエスタディ』に与えた。主人公をナチスのホロコースト研究家と設定する物語に発想の良さが感じられる。主人公は人付き合いの悪い変人である。彼を学者として尊敬する、若いユダヤ系フランス人の女性は彼の後を追随する。2人はホロコーストについて深刻な議論を交わす。議論は脱線しがちだが、この問題に立ち向かう表現方法にユニークさがある。そして、ナチズムの悪は悪としても、永遠の憎しみに終止符を打つための和解もにじみ出る。クリス・クラウス監督は、日本でも大ヒットした『4分間のピアニスト』(2006)で知られるドイツの中堅監督。
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「サーミ・ブラッド」
(C)Nordisk Film Production Sverige AB
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次席の審査員特別賞は、北欧の監督作品『サーミ・ブラッド』(アマンダ・ケンネル監督)である。最優秀女優賞(レーネ=セシリア・スパルロク)も受賞した。サーミとは北欧最北端に居住する民族(ラップランド人)で、独自の文化とトナカイ狩猟で知られる。
物語は差別されるサーミ人少女の、周囲との闘いがメーンとなる。狭いサーミ社会を離れ、今まで見たことのない世界に生きる女性の体験で、彼女の自立の覚悟と闘いの意志が描かれている。
最優秀監督賞は、クロアチア、デンマーク合作、ハナ・ユシッチ監督の『私に構わないで』である。ヒロインの若い女性は大家族の一員で、家父長一家の中、発言権がない。父親の死により彼女にも負担がのしかかる。彼女は、結局家族と共に故郷に留まる決心をする。周囲や家族との関係のもとに生きることで、つらい選択だが現実の中で自身を変える決心と受け取れる。
選外の中にも秀れた作品がある。『パリ、ピガール広場』だ。ラップ歌手として有名なアメとエクエの共同監督作品である。パリの繁華街ピガールに生きる移民の子弟たちが主役である。フランス映画界の中で、現在一番勢いを持つと言われるのが移民子弟世代である。そこには、彼らの社会への憎しみをたぎらせ生きる姿に力感があり、見る側は巻き込まれる。
同じく選外で、イタリアの大物監督ミケーレ・プラチドの『7分間』が断然光る。物語はリストラ計画が進行する労働争議を巡り、労組が対立する。労使交渉で会社側は7分間の休憩時間削減を提案する。最初、女性労働者たちはすんなり受け入れようとするが、一度の後退で労働側が押し込まれることを経験上知る女性委員長は、懸命に仲間たちを説得し最後は拒否する。ここで見られる、徹底的な話し合いで問題に対処するエネルギーに驚かされる。
映画祭は昨年より人出が多い印象を受けたが、欧米人の姿は少なかった。今年はコンペ部門も充実していたが、更なる発展のために、現在以上にアジアに特化する方向性も一つの方策かもしれない。
(文中敬称略)
《了》
しんぶん 赤旗
文化の話題欄
2016年11月11日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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