『第17回東京フィルメックス』が開催
圧倒的な力量を見せた開幕上映作品
等身大のアジア人の姿を描く |
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「第17回東京フィルメックス」は、11月19−27日の9日間、東京都千代田区の有楽町朝日ホールで開催された。アジアの新しい才能の発掘を目的とするこの映画祭は、他の映画祭のアジア部門と方向性が明らかに違う。いわゆるアジアの一般的作品よりは、むしろ前衛的作品を採り上げるケースが多い。
「フィルメックス」の会場光景には独特のものがある。一般的に観客席は後ろから埋まるが、同映画祭では、本来カメラマンが多い前3列が確実に満席となる。その多くが"ヌーヴェルヴァーグ・オタク"の青年男女とアジア映画マニアで、上映後のQ&Aでの質問もこの前方席から発せられる。他の映画祭では見られぬ眺めだ。
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『THE NET 網に囚われた男』
(C)KIM Ki-duk Film, All Rights Reserved
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現在のアジア映画界で抜群の知名度を誇るのが、中堅では韓国のキム・ギドク監督、そしてベテランでは台湾のホウ・シャオシェン監督であろう。また、若手では中国のジャ・ジャンクー監督の存在がある。
そのうちの1人、キム・ギドクの『THE NET 網に囚われた男』が、オープニング作品として上映された。ノン・コンペの特別招待枠のギドク作品は、圧倒的な力量で、見る者の度肝を抜くほどのインパクトがある。これは年明け1月7日からの日本公開が決定した。知名度に欠き、配給が付かないアジア作品の中にあって、ギドク作品の早い公開は、同監督の実力と世界的な知名度によるものと言える。
『THE NET 網に囚われた男』は、北朝鮮の1人の漁師が韓国に漂着することに端を発する物語構成で、その漁夫が両国の情報機関から拷問を含む過酷な取り調べを受ける。発想のユニークさが際立ち、南北統一問題の違った切り取り方に感嘆する。
上映前、そして上映後のQ&Aを含め、ギドク監督が登場し、満員の場内をわかせた。今回一番の入りの上映であった。
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『私たち』
(C)2015CJE&M CORPORATION.And ATO Co., Ltd. RESERVED
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コンペ出品の韓国の2本
韓国から女性監督作品がコンペに2本出品され、その新鮮な感性が注目された。
2人とも若い。ユン・ガウン監督(33歳)の『私たち』(審査員特別表彰・観客賞/2017年公開決定)と、イ・ヒョンジュ監督(年齢記載なし、韓国映画学校の最難関「韓国映画アカデミー〈KAFA〉」出身/第1回作品)の『恋物語』である。男性社会である韓国映画界にも女性監督が登場し始め、彼女らの後からも続く予感がある。
2部門受賞の『私たち』は、幼い子供2人の親交と別れの話で、日本におけるいじめ問題を想起させる。主人公は、小学生の女の子2人。彼女たちは転校生で周囲に溶け込めない。似たような境遇の2人はすぐに友達となるが、やがて別れが待っている。
これは、ガウン監督の幼いころの実体験が下敷きである。幼児期の人間関係の気まずさと、自分の中でそれをごまかし成人になる過程が、繊細でシンプルなタッチで描かれている。
冒頭、女の子たちが何かに興じており、主人公が「踏んだ」と言われ、何が何だかわからぬ思いで身を引くシーンは印象深い。画面は子供たちの上半身を映し、彼女たちが何の遊戯に興じているかは分からない。確かなのは円形があり、その円の外にいる少女が円形の線を踏み、ほかの生徒にとがめられる。彼女は仲間と認められていない。
このシーンは、先を予感させるうまい「つかみ」であり、若い感性のひらめきを感じさせる。
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『恋物語』
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一方、ヒョンジュ監督の『恋物語』は、若い女性2人が主人公で、彼女たちの愛の行方が淡々と描かれている。愛の芽生え、幸福な時間、相手に対する多大な期待、そして何か出口の見えぬ愛からの離別―と、誇大なドラマ化を抑え、話が展開される。
おそらく、修羅場を避け、なるべく自身が傷つかぬ方法で身をかわすことから起きる、一生持ち続ける淡い青春の思い出と苦さを、後に噛みしめるような感覚が伝わる。
女性同士のヒリヒリする恋の痛みが感じられ、若い女性ならではの視点がさえる。
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『マンダレーへの道』
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貧困に目を向ける作品群も出品され、それぞれの国における、人々の苦しい生活が写し出され、等身大のアジア人の姿が目に飛び込む。
ミャンマーの『マンダレーへの道』は、オートバイを駆りミャンマーからタイへ違法越境する、若いカップルの物語。より高い賃銀を求めるミャンマー人が主人公である。
この職探しの越境は現在も存在し、小国間の経済的格差問題に触れている。そこには、現在のアジアの生活、経済の一端が垣間見える。
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『普通の家』
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似たようなテーマの作品がフィリピンの『普通の家族』である。スラム街に住む若いカップルは、いわゆる職業不詳で、スリなどで何とか暮らしている。その2人の間に子供が生まれるが、自堕落な生活はそのままという、現在のフィリピンにおける貧困問題を取り上げている。
『普通の家族』は、現在アジアで一番注目されているフィリピン映画の1本で、その汗がしたたり落ちるようなリアリズム手法で、貧困から抜け出せない人々のネアカな日常が写し出されている。今後、同国作品はさらに注目されるであろう。
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『バー二ング・バード』
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第二席の審査員特別賞は、スリランカ作品『バーニング・バード』が受賞した。物語はスリランカ内戦(1983年−2009年、多数派民族で仏教系のシンハラ人と少数派民族ヒンドゥ教系のタミル人との争い。最終的に多数派の政府軍が国内を制圧。この内戦により国内避難民28万人が発生)を扱っている。
内戦によって夫を失った主婦が8人の子供を抱え、貧しく苦難の道を歩む。知られざる内戦の実態を知らしめる、家族と戦争についての証言でもある。このような作品を目にすると、もっとアジアを知る必要性を感じる。
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『よみがえりの樹』
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最高賞の『よみがえりの樹』は、ある亡くなった女性の魂が息子に乗り移り、自分の夫への願いを伝える。それは、結婚当時植えた樹を別の場所に移植することである。
この程度で1つの物語を捻出することは、ちょっと安直な企画と思える。全体に暗く、リズムが緩く、最初はドキュメンタリーと勘違いするほどで、筆者は睡魔と大格闘であった。
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『仁光の受難』
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『ぼくらの亡命』(内田伸輝監督)と『仁光の受難』(庭月野議啓監督)の2本は、それぞれ若者の現在の描写と映像面で工夫が感じられる。
しかし、主題に普遍性が乏しく、観念の世界の袋小路に陥(おちい)る感がある。ほかのアジア作品と比べ、明らかに非力だ。
全体的に見れば、特別招待作品のキム・ギドク監督作品『THE NET 網に囚われた男』が抜群の力を見せ、コンペ作品は小粒であった。しかし、多くの作品は、アジアの現実ときちんと向き合い、われわれの住むアジアの多様性を目の前に指し示した。これが、フィルメックスの本来の趣旨であろう。
「第17回東京フィルメックス」受賞結果
最優秀作品賞
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『よみがえりの樹』(中国/チャン・ハンイ監督) |
審査員特別賞 |
『バーニング・バード』
(フランス+スリランカ/サンジーワ・プシュバクマーラバクマーラ監督 |
同賞特別表彰、観客賞 |
『私たち』(韓国/ユン・ガウン監督) |
(文中敬称略)
《了》
中川洋吉・映画評論家
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