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『未来を花束にして』
1912年の実話に基づき描く
英国で先鋭化した女性参政権運動

 現代人の失いかけているものを、熱く目の前に突き付けるのが『未来を花束にして』(2015年、英国/サラ・ガヴロン監督)である。英国のFilm4とBF1の製作とくれば、間違いない作品と踏める。テーマは女性参政権。数多くの女性が声を上げ、血を流し、政治参加を求める運動であり、物語は1912年のロンドンに設定されている。20世紀初頭まで、世界の女性は参政権がないのが当然と思われていた(例外的に1893年のニュージーランドがある)。


女性参政権

公聴会のモード
(C)Pathe Productions Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2015. All rights reserved.
(Copyright以下、同)

 女性を排除する男性中心社会が有史以来続いた。だが、中国のことわざにあるとおり「天の半分は女性が支える」は自然の理である。世界的に見て、米国が1920年、フランスが1944年、直近では、サウジアラビアが2015年に女性参政権を認めている。
日本では1945年に法律が成立、翌年の46年に施行される。フランスは対独戦争終戦間際、日本は敗戦直後であった。


原題Saffragette(サフラジェット)

洗濯工場

 「サフラジェット」とは、女性参政権運動家への蔑称(べっしょう)で、マスコミによる造語である。男社会に逆らう女性たちへの揶揄(やゆ)を含んでいる。
物語はサフラジェットの運動が先鋭化する1912年に設定され、場所はロンドン。その運動が先鋭化する時代の50年前から、女性参政権は唱えられるが、黙殺され続ける。そこには「女が男と同等など有り得ぬ」とする世の中の風潮が色濃く反映している。
この男性中心の世の中に対し、敢然と挑戦するのがWSPU(女性社会政治同盟)を率いるカリスマ的リーダー、エメリン・パンクハースト(メリル・ストリープ)である。彼女のモットーは「言葉より行動を」であり、より過激な抗争を求めている。言葉の無力感からより強力な暴力への選択だ。
女性自身が暴力に走ることは、よほど切羽詰まってのことである。なぜなら、女性が一番嫌い、恐れるのが暴力である。このモットーは、女性たちのやむにやまれぬ決断である。



主要人物

演説に聞き入る運動家たち

  平凡な母親の勇気ある行動
物語の冒頭は、洗濯工場の内部描写から始まり、多くの若い女性たちが働いている。このシーンは薄いブルーの色調で、ロンドンの街と同様、薄暗い印象を与える。この色調こそ、当時の英国社会を写し出す見事な映像設計である。
1人の若い洗濯女、モード・ワッツ(キャリー・マリガン/『華麗なるギャツピー』〈02年〉)を通し、運動の推移が語られる。当時の英国では強固な階級制度が根を張り、親が洗濯女であれば、子供も同じ仕事に就くのが普通であり、モードも7歳の時から働き始める。
思想も教養も富もない若い女性が「運命は自分の意志で変えられる」と自覚する過程が、監督、脚本家のメインモチーフとなる。製作スタッフのほとんどが女性で編成され、当時の実話を基に脚本が書き上げられている。
モードが運動に足を踏み入れるきっかけは、洗濯物配達で外へ出て、そこでショーウィンドーに投石する女性たちと出会ったことだ。無知な若い女性の覚醒の発端であり、周囲には次々と同志ができる。
少し年配の、同じ職場のヴァイオレット(アンヌ=マリー・ダフ)が実質的に彼女の先輩格として親交を結ぶ。そして、もう1人の重要人物である薬局の妻イーディス(ヘレナ・ボナム=カーター)は、警官の暴力から身を守る柔術を教えている。彼女の夫は妻の行動に理解を示す。
しかし、ほかの亭主は一応に運動に嫌悪感を持ち、ヴァイオレットは顔の形が変わるほど殴打される。モードの夫サニー(ベン・ウィッショー/『追憶と踊りながら』のゲイの青年役で知られる)も運動には絶対反対の立場であり、円満な夫婦関係が危機的状況に陥る。
物語は、この3人を中心に展開していくが、運動のリーダー格であるパンクハースト夫人は、演説で女性たちを勇気づける。ちなみに、実在する夫人の3人の娘たちは、母親の後を継ぎ運動に加わり、現在も活躍している。



男性陣

家庭でのモード一家

 彼女たちの活動は、当然警察の注意を引く。そして、公安担当のスティード警部(ブレンダン・グリーソン/『ハリー・ポッター』シリーズで有名)が陰に陽に圧力をかける。この彼は、らつ腕の公安担当者で、カメラによる市民監視システムの導入で知られる。彼の指揮のもと、騎馬警官隊によって振るわれる女性への殴打は、集会のたびに起き、多くの逮捕者を出す。運動の最盛期の1912年には367名が拘束され刑務所送りとなる。
収監される女性たちも、おとなしく引き込んではいない。ハンストを断行するが、数人に押さえ込まれ、栄養分を管を使って鼻から強引に入れられ、簡単に降参する。
収監された彼女たちの出所の日、大勢の仲間たちは小さな3色の花束を手に迎えて励ます。この3色の花は彼女たちの運動のシンボルであり、緑=希望、白=清らかさ、紫=尊厳を表す。



身に降りかかる災難

モード(右)と同僚

 洗濯工場の労働条件は劣悪で、モードが政権側の公聴会で述べている。政府の公聴会とは、盛り上がる運動をなだめる意味を持つ。
一応、主張は聞き、理解を示すポーズで、それにより何かが変わるわけではない。「官僚のアリバイ」と世間で呼ぶもので、「耳は傾けましたよ」とばかり、自らも多少の努力はし、ゼロ回答ではないという無視に近い常とう手段だ。




劣悪な労働条件

花束を手にするモード

 モードは公聴会で「7歳でパート、12歳で正社員、今は24歳。洗濯女は短命です。体は痛み、咳はひどく、指は曲がり…、賃金は週13シリング、男性は19シリングで労働時間は3割短い」と証言。何故証言するかの意味を問われ、「もしかしたら他の生き方があるのでは…」と必死の思いを述べる。
工場内では男性チーフによる性的暴行も起きるが、若い洗濯女は復讐が恐ろしく訴え出られない。しかしモードは、いつも尻に手を回す男性に対し、熱したアイロンを彼の手に押し付け、工場を後にする。



息子との別れ

逮捕される運動家

 夫に勘当され、家へ入れない彼女に、さらなる試練が待っている。夫は幼い息子を養子に出すことを決める。
モードは手を離れる息子に「ママの名はモード・ウッツ、探しに来てね」と話す。涙なしには見られぬ、心痛いシーンだ。


監督について

リーダー パンクハースト夫人

 監督はドキュメンタリー出身、今年で47歳になる女流のサラ・ガヴロンは、テレビで名を上げる。その後、長編第1作『Brick Lane』(07年/本邦未公開)が好評で、現在、最も注目される100人の女流監督の1人と評価されている。
プロデューサー、脚本家も女性で1作目以来の付き合いだ。ところで今作の「サフラジェット」という素材は、なぜ現在まで手付かずであったのだろうか。有能な女性映画人の努力で、よみがえったのではあるが―。


先人の流す血

 「言葉より行動」をモットーとする女性たち、最初は暴力に尻込みするのは当然である。運動とは、有能な指導者と熱心な活動家が必要とされ、その彼女の過去の失望と今までと違う生き方を目指すためには、時には暴力、そして直接行動も、やむを得ないとする考えが、本作には明確に示される。
ラストで女性の運動家が、多くの観衆を集める「ダービー」開催の競馬場で、疾走する馬の前に身を投げ出して死亡する。この事件をきっかけに、英国世論が大きく動き、男女平等による普通選挙が1928年に実現する。
現代社会では男女平等が当然とされるが、これは多くの先人の流した血と暴力による犠牲であることを、決して忘れてはならない。

 

 

 



(文中敬称略)

《了》

1月27日からTOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー

映像新聞2017年1月23日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家