『おとなの事情』
男女7人が「危険なゲーム」
暴かれていくそれぞれの秘密 |
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エゲツない言葉の応酬、性に関する際どい会話、欲深い人間性を網羅するイタリアン・コメディは一世を風靡(ふうび)し、近年復権の動きが見え始める。パオロ・ジェノヴェーゼ監督の『おとなの事情』(2016年)はその代表であろう。映画的にも話の運びが巧みで、イタリアの映画賞「ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞」の作品、脚本部門で受賞している。特に脚本の練りに見るべきものがある。
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食卓
(C)Medusa Film 2015
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本作は、幼友達連中がそれぞれ伴侶を連れて、仲間の1人のローマ市内の高級マンションでのディナーの一夕(いっせき)を描くものである。食卓を囲む人々の会話を中心とするコメディで、軽いスタートから徐々にシリアスな方向へと向きを変える、その手際の良さが見どころである。
ジェノヴェーゼ監督自身が語るように、現在、海外の映画祭ではイタリア・コメディへの期待度が高く、内容的には申し分ない。しかし、それらの傑作コメディー群の多くが海外へ輸出されず、そのことがイタリア映画界の大きな問題となっている。
元来、マルチェロ・マストロヤンニ、ヴィットリオ・ガスマン、ジナ・ロロブリジダ、ソフィア・ローレンなどの名優の宝庫であり、その伝統は脈々と続いている。だが輸出本数減のため、イタリア人俳優の知名度は非常に低い。
本作における俳優たちも芸達者な一流どころであるが、残念ながら同様なことが言える。いったいどれだけの人たちが、現代のイタリアの名優の名を知っているであろうか。
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ホスト夫妻
(C)Medusa Film 2015
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本作の登場人物は7人で、芸達者な役者が選ばれている。スター性よりも、人間性を自然に演じられる面々である。その彼らの演じる丁々発止の会食の席、面白くないはずはない。
一連の男性の幼友達を中心とする群像劇で、ホスト役は整形外科のロッコ(マルコ・ジャリーニ)と、夫人で美人の心理カウンセラーであるエヴァ(カシア・スムトゥニアク)。ロッコは、自慢の手料理を気心の知れた友人たちに振る舞う。
最初は台所で白ワインでのアペリティフ、ここで臨戦態勢に入り、次いで料理を堪能する。食卓では赤ワインが供され、いよいよディナー本番となる。欧米人にとり、食卓を囲むことは交流の場で、ここでいろいろと話を交す。会話が互いのコミュニケーションをはぐくみ、人間関係の絆(きずな)を深める意味合いがある。
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友人たち
(C)Medusa Film 2015
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ホスト役は前述の整形外科医夫妻で、招待客は法律事務所勤務のレレ(ヴァレリオ・マスタンドレア)と専業主婦らしい妻のカルロッタ(アンナ・フォッリエッタ)。彼女は2人の子供と同居の義母の世話でうんざり気味で、夫との間にすき間風が吹いている。この彼女は出がけに、なぜかスカートの下のパンツを脱ぐ。これが後の伏線となる。
もう1組は、タクシー運転手のコジモ(エドアルド・レオ)と女性獣医のビアンカ(アルバ・ロルヴァケル)。コジモは、いわゆるマッチョ風で、女性にもてるタイプ。ビアンカは子作りのため、目下避妊ピルを止め、おめでた待ち。
招待客のぺッぺ(ジュゼッペ・バッティストン)は、バツイチの臨時教師で、なぜか現在交際中の女性を同伴しない。皆はその理由をいぶかり、いろいろと憶測をする。
ホストで、この集まりで一番の美人の心理カウンセラー、エヴァは、17歳の娘のバッグにコンドームを発見。問い詰めると、娘はふくれっ面で反抗する。母娘のコミュニケーションがまるで取れておらず、エヴァはカリカリしている。
演劇的に言うならば、アパートのサロンと台所による、一杯飾りのセットを舞台に人間模様が展開される。
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ホスト夫妻とカルロッタ(右)
(C)Medusa Film 2015
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宴もたけなわに入り、いつも通り恋や愛が話題の中心となる。そして、男女の違いに話が発展する。1人が「男女の違いは、ウィンドウズとMacみたい」と珍説を述べる。その理由は「ウィンドウズが男で、ウィルスに弱く平行作業が出来ない。女はMacと同様に頭の回転が速く、直感的で優雅だから」と女性優位を説く。会食につきものの、しゃれた会話である。
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化粧直しのビアンカ
(C)Medusa Film 2015
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食卓で携帯電話の会話やメールを公開
次いで、ホストのエヴァは携帯ゲームを提案。「われわれは幼友達で、皆親しい間柄だから、携帯電話に掛かってくる会話やメールを共有しよう」と食卓に機器を置く。全員が賛成ではないものの、「聞かれて困ることは何もない」と勢いが手伝い、見えを張りつつ携帯ゲームに参加する。しかし、内心では皆ビクビクものだ。
作品の後半は、そこでいくつもの秘密が暴露され、大パニックとなる。スネに傷を持ち、妻のカルロッタとの仲がはかばかしくないレレは、デブで女にもてそうもない、1人で来たぺッぺに、ベランダで秘かに携帯の交換を頼み込む。
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台所のホスト夫妻
(C)Medusa Film 2015
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詳しい人物紹介のイントロから、本題の携帯ゲームへの転換の話の運びがうまい。
最初に穴に落ちるのは、ホストで携帯ゲームを提案したエヴァである。彼女への電話は、豊胸手術の予約が取れたとの父親からの連絡で、全員、美人の彼女が何もわざわざと不思議がる。これなどはまだかわいい方。ここから、下半身ネタで各人が震え上がる面白さと言ったらない。
モテ男、タクシー運転手のコジモに女性2人からメールが届く。会社の配車係の女性からの連絡とごまかして、何とかしのぐが、もう1人から妊娠したとのメールで、妻のビアンカはショックでトイレにこもり大泣き。慰め役のカルロッタにも「今夜もノーパンか」とメールが入り、冒頭部のシーンでの彼女の行動の絵解きがされる。この辺りの伏線の効かし方が何とも楽しい。
コジモには、さらに男友達からの電話で、彼のゲイが暴露される。このモテ男、何と両刀遣いである。
カルロッタの夫レレは携帯をデブのペッペと交換したばかりに、ゲイの汚名を着せられ、ほかに「あなたとキスがしたい」とのメールまで入り、カルロッタに攻めまくられるが、ノーパン騒動で形勢逆転となる。
ぺッぺは、自らゲイであることを告白し、ゲイの相手がみんなから、好奇の一瞥(いちべつ)にさらされたくないとの配慮で、1人でやってきた経緯(いきさつ)を語る。
ラストは、女癖の悪いコジモに愛想を尽かしたビアンカが家を後にし、集まりはお開き。コジモのいい加減さに呆れるホストのロッコの妻、エヴァは耳飾りを彼に突き返す。この2人も関係していたのだ。
本作の原題は『赤の他人たち』で、その指し示すところは、親友といえども、ただの他人に過ぎないとの寓意(ぐうい)である。
しかし、この仲間の集まり、空中分解はしない。皆、気を取り直し、それぞれの家に戻る。互いのスネの傷には目をつぶる無難さの良さを皆心得ている。イタリア式であろうか。
後半になり、かなりシリアスなドラマ展開となるが、ジェノヴェーゼ監督はコメディーの持つ娯楽性に加え、人生における信頼感についても深い考察を披歴している。
わが国の今村昌平作品を重コメディーと苦し紛れの命名のエピソードがあるが、本作『おとなの事情』は、まさにイタリア式重コメディーである。なかなか奥の深い作品だ。
(文中敬称略)
《了》
3月18日から新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー
映像新聞2017年3月20日掲載号より転載
中川洋吉・映画評論家
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