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『ローマ法王になる日まで』
フランシスコ法王の半生描く
若き宗教者として貧民を救済

 2013年3月13日に第266代ローマ法王に就任したフランシスコの半生を追う『ローマ法王になる日まで』(イタリア/ダニエーレ・ルケッティ監督/2015年製作、113分)が公開される。庶民的法王としてロックスター張りの人気を誇る彼の青春時代の苦悩を描き、多くの感動をもたらす。

 
フランシスコ法王の本名はホルヘ・マリオ・ベルゴリオ(以下、ベルゴリオ/演じるのはロドリゴ・デ・ラ・セレナ)で、1936年に南米アルゼンチン生れ、現在80歳。彼は南米大陸初の法王でもある。アルゼンチンは、革命家のチェ・ゲバラのような異色の人物を生み出す国だ。
  カトリック教徒は、バチカンを中心にイタリア、スペイン、そしてスペイン語を話す南米でも信者は多く、世界的には12億人の巨大宗教団体であり、法王の威光は世界中に及ぶと言っても過言ではない。
  若き宗教者として活躍するベルゴリオは、1970年代には、血の独裁政治によるビデラ政権と並走する。その半生を描く『ローマ法王になる日まで』は、1日も休む間もなく働く彼の苦悩と苦闘の日々の物語である。
  まさに、明日をも知れぬ、命を賭ける日々であり、その時期をいかにくぐり抜け、逃げることなく生きた毎日が、作品のメイン潮流として活写されている。


圧殺の系譜

信者と共のベルゴリオ
(C)TAODUE SRL 2015

 ビデラ政権(1976−83年)は3万人に及ぶ強制失踪(拉致し殺害)、チリのピノチェット政権(1973−80年)は3000人殺害、韓国の全斗換(チョン・ドゥファン)政権による光州事件(1980年5月)では170人を殺害、そしてインドネシアのスハルト政権時代(1968−98年)は100万人の一般人が殺害されている。
これらの政権は、みな軍事独裁で反共主義による弾圧と大量虐殺であり、最高責任者である実行者は刑を免れている。アルゼンチンのビデラ大統領(2013年死去)には終身刑の判決は下されたが、果たして服役しているのであろうか。インドネシアのスハルト大統領は畳の上で大往生、チリのピノチェット大統領の収監の話もない。
韓国の全斗換大統領も無期懲役を言い渡されたが、なぜか恩赦に浴し、現在でも護衛付きでソウル市内を歩いているそうだ。映画では光州事件を扱う『華麗なる休暇』(2007年/キム・ギフン監督、アン・ソンギ主演)に詳しい。
インドネシアの赤狩りでは100万人の人々が殺害されとされ、暗黒政治を告発する『アクト・オブ・キリング』(2012年/ジョシュア・オッペンハイマー監督/英・デンマーク・ノルウェー製作)がある。
これら軍事政権は赤狩りに狂奔したが、一方、経済立て直しが長期政権維持を可能とした。


暗黒時代の始まり

バチカンのフランシスコ法王
(C)TAODUE SRL 2015


 軍事政権下に生きるベルゴリオは、20歳の時にイエズス会に入会、神の道へ入り、瞬く間に指導者としての資質が認められ、35歳の若さでアルゼンチン管区長に任命される。
彼の信条は、法王就任の際の記者会見での発言「私は貧しい人々による、貧しい人々のための教会を望みます」であり、常に貧しい人たちに寄り添う行動を旨としていた。彼の元には多くの貧しい人たちからの相談が寄せられ、また、貧者たちの駆け込み寺ともなっていた。
1976年、エヴァ・ペロン大統領の経済失政後、政権の座に就いたのは軍人出身のホルヘ・ラヴァエル・ビデラである。彼は、労組活動家、学生たちを「共産主義から国家を守る」との大義名分で血の弾圧を実行し、反政府的な教会関係者も多く拉致され殺害される。
教会側からも軍政に対し批判は出るが、軍事政権の弾圧は徹底し、教会は沈黙を強いられる。



アルゼンチン軍事政権下での苦悩

祈るベルゴリオ
(C)TAODUE SRL 2015

 ベルゴリオは、アルゼンチン管区長時代には信者たちから希望の星とされるが、教会も軍事政権下の弾圧の標的となる。彼は反権力的な神父たちから頼りにされる。これは、彼にとって命がけの行動であり、2つ返事で引き受けることではなく、彼自身の苦悩は深い。既に軍事政権と組むカトリック上層部では、革新派の動きを反カトリックとし、教会と反体制的神父たちとの板挟みの連続である。この状態がアルゼンチン時代ずっと続く。
最初の行動はほかの神父から、反政府運動に加わった3人の学生たちをかくまい、夜陰に乗じて秘かに彼らを隣国ウルグアイへ脱出させ、これに成功する。
彼や友人たちの周囲には、神父のスパイが潜入し、ベルゴリオたちの一挙手一投足を注意深く監視する。しかし、一方では教会の命令にも従わざるを得ない立場に立たされる。



「解放の神学」

若き日のベルゴリオ
(C)TAODUE SRL 2015

 軍事政権以前から、南米カトリック界では貧乏人に寄り添い、布教活動に力を入れる「解放の神学」と呼ばれるカトリック左派が力を得、多くの信者を獲得し始める。しかし、元来、保守的なカトリックの総本山バチカンは、マルクス主義に依拠するこの一派の存在を認めず、右派の軍事政権は彼らを血の赤狩りの対象とする。
この軍部の行動は、チリ、インドネシア、韓国の弾圧と同じである。ベルゴリオ自身も、貧乏人と寄り添うことをカトリック神父としての本分とし、積極的に貧民救済に務める。



友人たちの拉致

ミサを執り行うベルゴリオ
(C)TAODUE SRL 2015

 軍の弾圧は日々激しくなる。積極的に貧民の世話をする別の2人の神父に活動の停止を求めるため、上層部の命を受け説得に乗り出すが、熱心な2人の神父は拒否する。ベルゴリオとしては「無理に中央突破し、玉砕すれば元も子もない」との考えだが、使命感に燃える2人の神父は急進的行動を選ぶ。実に悩ましい問題だ。
結局、神父2人は教会から追放され、軍に拉致され行方不明となる。作中、アルゼンチンの大統領が「行方不明者については、軍は関知せず」と公言する実写のテレビ放送が映し出される。「死んでなければ、政府としても手の打ちようがない」と高飛車な論理である。
続けて、友人、恩師の妊娠中の娘、そして恩師も拉致される。その後、彼らは飛行機から次々と投棄されるという、世にも残酷な犯罪を犯す。その事件の前に、事態を憂慮するベルゴリオは、聖職者の特権で大統領府に乗り込み、ミサを挙げる。そのためか、一時、行方不明だった恩師の娘が戻るひとコマもある。


ベルゴリオのもうひと働き

再開発反対住民と
(C)TAODUE SRL 2015

 苦難の時代をアルゼンチンで耐え忍び生きるべルゴリオは、軍事政権退陣後、神学を学びにドイツへ留学し、そこで初めて休暇が取れる。今までは日夜睡眠を削り働く彼にとり、命の洗濯である。
その後、ブエノスアイレスに戻った当初は、田舎神父として穏やかに暮らすが、上層部は優秀な彼を遊ばせるわけがなく、すぐに首都に引き戻される。
そこで、また再開発絡みの闘争を貧困地区の住民のために、仲介をせざるを得ず、乱闘寸前に現場に乗り込み、住民、警官の間に入り、ミサを執り行う。
説教に心を打たれる住民、そして警官までも脱帽し、敬意を現わすシーンは、作品のラストを締めるハイライトである。



法王フランシスコ

新ローマ法王フランシスコ
(C)TAODUE SRL 2015

 ラストは、バチカンにおける法王選出のコンクラーベで、ベルゴリオは第266代法王に選出される。その時のあいさつで、まず「ボナセーラ」と口にし、庶民的な新法王への親近感で、サン・ピエトロ広場を埋める群衆を熱狂させる。
貧しい人に寄り添う法王は、軍事政権下での苦悩、人々に光明を与え続ける姿に感動させるが、同時に、軍事政権の血の支配を忘れてはいけないことを本作は教えてくれる。



(文中敬称略)

《了》

6月3日から、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー

映像新聞2017年5月29日号より転載

 

中川洋吉・映画評論家