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『フランス映画祭2017』
今年は大豊作で会場は毎回ほぼ満席
実力女性監督の力作目立つ

 「フランス映画祭2017」が6月22日−25日に、東京都千代田区の有楽町朝日ホールで開催された。ここ数年来、出品作品が不作続きの同映画祭であったが、今年は大豊作の年となった。不調時は、有料試写会のような有様であり、買い付け業者が売りたい作品と、観客が見たい作品の乖離(かいり)が激しく、フランス映画の面白味がよく伝えきれぬ、不幸な時代であった。

 
今年で25周年を迎える同映画祭、始まりは1993年で「横浜みなとみらい」で開催され、その後、映画ビジネスの利便性から東京へと会場を移し、現在に至る。
主催者のユニフランス(フランス映画センター〈CNC〉の関連団体で、以前は約10億円の予算を持つ、フランス映画海外プロモーション組織)は、横浜とメキシコの保養地サラソタで大々的にフランス映画のプロモーションを実施した。
その後、大規模な映画祭は形を変え、毎年1月にパリで世界中の映画バイヤーを集めての「パリ・ランデブー」を催し、ここを一大プロモーションの軸とし、現在に至る。アジア・マーケットは、中国、韓国、インドなどへ目を向け、日本市場に対する評価は低くなった。
ちなみに、日本におけるにフランス映画のシェアは、最近の「ル・モンド紙」(仏)によれば、全輸出作品の0.65%と微々たるものである。もちろん、予算は大ナタを振るわれ、事務所は縮小、プログラムの廃止(字幕費用節約のため、大部分の作品は日本配給決定作品である)、100人前後の代表団は大きく減少、辛うじて、出品作の監督中心のメンバー構成となった。しかし、今回は、前売り券の売れ行きは良く、毎回ほぼ満席と好調に推移した。
我が国では、1970年あたりから、若い層のヨーロッパ映画離れが進み、現在わずか5000−6000人のコアなフランス映画ファンが支えているとの非公式数字がある。従って700人収容の有楽町朝日ホールならば、毎回満席ということは可能だ。


新人女性監督の登場

カテル・キレヴェレ監督
(C)Unifrance

 今回の映画祭の出品作品の中で、一番引き込まれた作品は、女性新人監督カテル・キレヴェレ(37歳)の『あさがくるまえに』(フランス・ベルギー/2016年製作)である。この作品の出来が凄い。これが3作目であるが、2作目の『スザンヌ』は14年のフランス映画祭で上映されている。
『あさがくるまえに』の主人公は、少年と中年婦人。彼らは何の面識もなく、2人をつなぐのが心臓移植である。物語は意図的に2部構成をとっている。
前半、夜明けのサーフィン帰りの青年シモンが自動車事故に遭い、脳死状態となる。その彼を取り巻く医者と悲しみの両親。若い外科医は、職業上、心臓移植を考え、遠慮がちに両親に提案するが、かたくなに拒否される。突然の息子の死、とても心臓移植など考えられない。
医者は24時間以内の手術の必要上、じりじりと焦り気味。一度は移植を断念する医者であるが、ふいに両親が彼の元へ戻り、移植を認めることを伝える。


新たな別の人生

「あさがくるまえに」
(C)Les Films Pelleas, Les Films du Belier, Films Distribution / ReallyLikeFilms

 そして、物語は後半へと進む。1人の中年婦人クレールが主人公。彼女はピアノリサイタルを聴きに音楽会会場へ行くが、心臓が弱く、1人で階段を上れない。彼女は受付の若い男性にチップを握らせ、抱え込まれ、客席にたどり着く。
会場では美しい女性ピアニストが演奏中。音楽を聴き終えた彼女は、階段に座り、ピアニストを待ち、家まで送ってもらう。自宅に戻り、クレールは自身の秘密を話し始める。



打ち明けられる秘密

 2人はかつて同性愛者であったが、心臓疾患のクレールが黙って別れた事情が明かされる。昔の恋人の病状にショックを受けたピアニスト。自分は何の役に立てないことを嘆く矢先に、病院から電話が入り、心臓移植が可能と伝えられる。
若いシモンの心臓を取り出し、クレールに移植する手術が映し出される。女性監督独自のドギツイ直接的描写で、ピクピク動く心臓には思わず目をそむけるほどのインパクトがある。これは生を象徴するシーンであり、キレヴェレ監督の狙いだ。
1つの死から新たな生への移植、仏教用語で言うなら、「輪廻転生(りんねてんしょう)」であろう。1つの死が新しい生へと継承される永遠性こそ、同監督の製作意図である。ここに、強烈な印象を残す死生観が披瀝(ひれき)される。ブルーを基調とする映像は静を取り上げながら動へと移行する。
原作ものであるが、人間の生と死を、このように扱う同監督の映画センスには圧倒される。



信仰と人間性

アンヌ・フォンテーン監督
(C)Shiho Aketagawa

 今映画祭における優れて重厚な作品は、アンヌ・フォンテーン監督の『夜明けの祈り』だ。実話に基づく、第2次世界大戦直後のポーランドの修道院での物語である。
1945年、ソ連軍によりドイツ軍は駆逐され、大戦の終結となる。しかし、ドイツ軍に同胞を殺されたソ連兵は報復として略奪、暴行を繰り返す。その中には、ポーランド修道院での集団強姦事件も含まれる。



若い女医の活躍

「夜明けの祈り」
(C)2015 MANDARIN CINEMA AEROPLAN FILM / ANNA WLOCH

 物語の主人公は、フランス赤十字に属する若い女医マチルド(ルー・ドゥ・ラージュ)。彼女は負傷したフランス軍兵士の故国送還業務に携わり、激務の毎日を送る。
物語の発端は、ポーランド人シスターの突然の訪問である。言葉も分からぬ異国での依頼をいったんは断るが、シスターは一晩中、雪の中で祈り続け、その姿に心を動かされ、修道院へ軍用ジープで向かう。そこで、マチルドが目にしたのは、ソ連兵に犯されたシスターの姿であり、そのうち7人は妊娠している。あまりの惨状に声も出ないマチルドだが、最初の1人を取り上げる。
ここで問題になるのは、現実と宗教の問題であり、修道院長は教義に反する妊娠は認めない。しかし、妊婦の容態は悪化し、院長も渋々容認せざるを得ない。その院長も乱暴され体調を崩している。だが、宗教上の建前を抑え、人道性がマチルドの献身により優先される。ちょうど、敗戦後の満州移民の婦人たちの立場と重なり合う。
日本の山口放送のドキュメンタリー『奥底の悲しみ』(佐々木聰ディレクター/16年2月22日NTV系放映)でも伝えたように、満州からの引揚げ婦人がソ連兵に犯され、多くは自殺し、彼女たちは役所の名簿の上で「特殊婦人」と記される事例があった。
『夜明けの祈り』は、映画祭唯一の賞である「観客賞」を受賞。本作もブルーを基調とする映像がさえ、フォンテーヌ監督の製作意図も明快である。また、主演のマチルド役のルー・ドゥ・ラージュの、強い意志を感じさせる表情は見ものだ。なお、主人公のモデルとなった女医マドレーヌ・ポーリアックは、1946年に事故死している。


他の秀作群

  実力監督の力作目立つ
イザベル・ユペール主演の『エル ELLE』も性的暴行がテーマであり、それによる人間性の変化と、女性のしたたかさが実に面白い。興味深いのは、女性の性の欲望を隠さない、被害に遭うユペールの体当たりの演技、役者根性が違う。

アンヌ・フォンテーン監督
(C)Shiho Aketagawa
 
イザベル・ユペール(左)とヴァーホーベン監督
(C)Unifrance

今年の映画祭の団長であるカトリーヌ・ドヌーヴ主演の『助産婦』(原題直訳)は、話が良く出来ている。
ある一助産婦のもとに、30年音信不通の父の元愛人からの連絡ですべては始まる。女性同士の確執、そして和解が描かれ、奔放な女ギャンブラーに扮するドヌーヴの存在が光る。

「助産婦」カトリーヌ・ドヌーヴ(左)
(C) photo Michael Crotto
 
カトリーヌ・ドヌーヴ 
(C) Patrick Swirc / modds



ニコール・ガルシア監督の『愛を綴る女』、ダニエル・トンプソン監督の『セザンヌと過した時間』はセザンヌと作家ユーゴの友人同士の愛憎が描かれ興味深い。

「セザンヌと過した時間」
(C)2016 - G FILMS -PATHE - ORANGE STUDIO - FRANCE 2 CINEMA - UMEDIA - ALTER FILMS
 
「愛を綴る女」マリオン・コティヤール(右)
(C)(2016) Les Productions du Tresor - Studiocanal - France 3 Cinema - Lunanime - Pauline's Angel - My Unity Production


今年は、フランスの実力女性監督の力作が目立ち、充実した作品が多く、満足度が高い。また、隠れたテーマとして、女性同士の友愛、つながりの強さを描く作品もある。例えば、『夜明けの祈り』『あさがくるまえに』『エル ELLE』『エタニティ 永遠の花たちへ』などである。
年々、フランス映画の良作の配給が減る中にあり、今年は歯止めになる年かも知れない。




(文中敬称略)

《了》

映像新聞2017年7月17日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家