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『共犯者たち』
権力者とメディアの存亡をかけた闘い
韓国・李明博政権が発端に

 韓国の闘うジャーナリストのドキュメンタリー『共犯者たち』(チェ・スンホ監督/2017年製作、韓国、105分)が上映される。共犯者がいれば、当然ながら主犯がいる。主犯は、元大統領の李明博(イ・ミョンバク、大統領在任期間08年−13年)および朴権恵(パク・クネ、同13年−17年)である。主犯の権力におもねる放送人たちが共犯者となる。この権力者たちとメディアの存亡をかけた闘いが、本作の主旨だ。

李明博(左前2人目)   (C)KCIJ Newstapa ※以下同様

朴・権永恵

闘うジャーナリスト

チェ・スンホ(左)とMBC元社長(右)

抗議ストのジャーナリスト

KBS社長に詰め寄るチェ・スンホ(右、後姿)

新聞社から出るKBS経営陣

李明博のメディア弾圧

 事の始まりは、李明博時代の2008年から始まる。ちょうど、彼が大統領に就任した年の事件で、米国産牛肉のBSE(牛海綿状脳症)問題に端を発する。
BSEとは狂牛病であり、がん発生の原因ともいわれる。韓国では03年12月に米国産牛肉の輸入を全面禁止。06年に条件付きで一部再開したものの、輸入した米国産牛肉から猛毒のダイオキシンが検出されるなど、その後も数度にわたって輸入禁止措置がとられた。しかし、08年には輸入が解禁される。
日本でも同じく03年12月に米国産牛肉の輸入を禁止したが、06年7月には輸入再開が合意された。政府御用達のメンバーによる第三者委員会的な組織が安全とのお墨付きの答申を出し、はっきりしないまま解禁となっている。
韓国も08年に、あいまいなまま輸入認可となり、それに多くの市民が反発、「ローソク」集会が開かれるなど、大きな社会問題となる。
この食の安全性に多くの疑問を持つ市民に情報を吹き込むのが「メディア」だとし、李明博は露骨なメディア介入に踏み込む。政権発足早々、国民の支持を失いかけた彼の先制攻撃である。
その矛先は、公共放送局「KBS」(日本で言えばNHK)と公営放送「MBC」(政府資本が入り、純然たる民間報道ではない)に向けられた。この大手両局での弾圧劇は、報道記者たちとの闘いであった。
李政権は、初めに国営放送KBSから手を付けた。まず、政権に批判的な経営陣(電波認可制のわが国では、権力を批判する経営陣など存在するのであろうか)の一掃、調査報道チームの解散、記者たちの非制作部門への配転である。ひどく居丈高などう喝である。李明博のソウル市長時代以来の自信とおごりのようだ。
この際、KBSとMBCは、別々にストライキ(スト)に突入する。  
  


民主化に逆行する権力者たち

 李明博はマスコミの質問、追及を恐れ、強権発動するに至った。このメディア弾圧は、彼を頂点とする保守政治権力が起こしたものである。
後を継いだ朴権恵は、弾圧したマスコミの地形図をそのまま受け継ぎ、保身のために彼らに従ったのが、前述の放送局内の経営陣である。



「KBS」の場合

 李明博はKBSに狙いをつけ、まずは手なずけた部下、大統領選の選挙参謀を送り込み、当時のチョン・ヨンジュ社長を更迭した。
その後、大統領の腹心たちの何人かが次々と社長職に就いたが、いずれもメディア弾圧派の人物であった。



「MBC」の場合

 半民半官のMBCへも、李明博は若いころからの知り合いを社長に押し込み、労使は激しく対立する。この人物はまず、ニュースと時事番組の整理を始める。それに反対のジャーナリストは、第1次ストとして、韓国テレビ界最長の170日間ストを打つ。
わが国のテレビ局がこれだけの長いストを打てる腹はあるだろうか。しかも、血気はやる若手ではなく、中堅社員中心である。170日間の賃金カット、正義の実現に体を張る人々をわが国でもお目に掛かりたい。
数年前にソウルへ行った時のこと、街の中央のオフィス街で、中年の男性たちが同色のジャンパーに鉢巻きで座り込む姿を目にしたことがある。ある映画監督の1人は、民主化以降、学生のスト参加は全く姿を消し、中年の会社員たちが頑張っていると嘆いていた。お国柄が違うといえども、韓国男性のやる気の違いに驚かされたものだ。これは脱線。



ストの中心

 MBCで活躍するのが、同局の看板番組『PD手帳』(PDとは「プロデューサー」の意)の名物ジャーナリストがチェ・スンホである。彼が本作の監督でもある。
彼は、反権力的な時事番組、ファン・ウソク博士の「ES細胞論文捏造疑問」(2003年)の取材を指揮し、『PD手帳「ファン・ウソク神話の卵子疑惑」』を制作。世間をあっと言わせるような一大スクープであった。当時の韓国では、ノーベル賞渇望の社会的雰囲気があり、その風潮に堂々と穴をこじ開けたものである。
さらに、2010年には李明博の4大河川事業を検証する『PD手帳、「4大河川 水深6bの秘密」』を手懸け、TV賞を受賞。彼はさまざまな政官癒着を衝(つ)き、社会的不正を暴き、メディアの批判機能を誠実に実行した。
韓国の政治制度は大統領に権力が集中し、そのため汚職事件が頻発する土壌がある。その一例が、1980年の光州事件における首謀者、全斗換(チョン・ドゥファン)の「住民虐殺事件」(映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』〈2017年〉に詳しい)以外に、彼は1000億円の不正蓄財の罪に問われ、死刑判決を受ける。
しかし、金泳三大統領により恩赦、釈放され、今でも護衛に守られソウルの街中に姿を現わす。また、不正蓄財の9割は未返納である。現大統領の文在寅(ムン・ジェイン)は、李・朴元大統領の不正を暴いたが、現在まで全斗換に関しては手をつけていない。



独立メディア興す

 放送局弾圧も報道の正常化実現
MBCのチェ・スンホ監督たち6人の不当解雇後、彼らは独立メディア「ニュース打破」を立ち上げ、あきらめず闘いを続けた。報道の独立性の確保のため企業広告を取らず、後援会員からの会費で運営されている。
この「ニュース打破」は、日刊新聞「ハンギョレ」と似ている。同グループも経営は募金でまかなわれ、保守的論調の先行3紙と比べて左派色が強い。1987年民主化宣言直後の発行で、「ハンギョレ」とは「1つの同胞」を意味する。



大誤報

 朴権恵大統領就任後の2年目に、大型旅客船セウォル号が沈没。修学旅行中の高校生をはじめとする乗客・乗員計476人のうち299人が死亡、5名が行方不明となる大海難事故が起る。
KBS、MBCは全員救助の誤報を流し、被害をできるだけ小さく見せる政権寄りの報道を続けた。
その後、朴権恵の「チェ・スンシル事件」(側近の女性チェ・スンシルに国家秘密の漏えい)が発覚し大統領を退任。そして罪に問われ、最近懲役15年の判決を受けた。



チェ・スンホの復権

 朴権恵は2016年に大統領弾劾、翌17年3月に憲法裁判所は同大統領を罷免。同年5月に、最大野党党首の文在寅が第19代大統領に就任した。
その年の9月には、KBS、MBC両労働組合(労組)が、この時点で報道の正常化を求め第2次ストに突入。KBS労組は142日、MBC労組は71日のストを実施する。
MBC労組は11月に勝利し、12月にチェ・スンホが1997日ぶりに復帰、社長就任、不当解雇された記者6名の復職も決定する。一方、KBS労組も18年1月に勝利した。
また、民主化グループの「ローソク」集会は06年には100万人を、以降17年まで延べ1700万人を動員し、息長く闘争を側面から支持した。
『共犯者たち』は、17年8月に韓国で公開され、26万人を動員、ドキュメンタリーとしては異例の反響を呼んだ。
不屈の韓国ジャーナリストの権力に対する闘いには、彼らのやる気と気骨を感じさせる。とにかく声を上げ、行動することの大切さを『共犯者たち』から学べた。






(文中敬称略)

《了》

12月1日からポレポレ東中野ほか全国順次公開、北朝鮮スパイ捏造事件の真相を暴いた『スパイネーション/自白』(チェ・スンホ監督)もポレポレ東中野で同時公開

映像新聞2018年11月26日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家