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第19回『東京フィルメックス』が開催
アジアの前衛的作品を主力に
特別招待枠は豪華なラインアップ

 19回目を迎えた「東京フィルメックス」は11月17−25日の9日間、有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日比谷ほかで開催された。これまでのメインスポンサーは、北野武(ビートたけし)が今春まで所属していた芸能事務所・プロダクションの「オフィス北野」であったが、今年から東京国際映画祭のスポンサーでもある木下工務店へと代わった。これに伴い事務局の顔触れの一部は変更したが、トップのディレクターは創設以来の市山尚三の続投となり、「東京フィルメックス」自体も従来のまま続行された。

『自由行』

『アイカ』

『エルサレムの路面電車』

『川沿いのホテル』

『あなたの顔』

『名前のない墓』

『アルファ・殺しの権利』

『アッシュ・イズ・ピュアレスト・ホワイト』

『盗馬賊』

2つのアジア映画祭

 年間予算1億円にも満たないフィルメックスは、いわゆる小ぶりなアジア映画に特化している。同様なものとして、「アジアフォーカス・福岡国際映画祭」(以下、「アジアフォーカス」)がある。両者ともアジア映画専門だが、その方向性はかなり異なる。
「アジアフォーカス」は毎年9月に福岡で開催され、今年で28回目となった。初代ディレクターは、映画評論家で日本映画大学初代学長である佐藤忠男が20年間務めた。彼なりの幅のある作品選定で、内容も個々の国に特化せずアジア全体を見据えるオールラウンドな一定方針があった。
アジア各国作品を全般的に網羅し、それまで日本では知られていない、イラン、インドネシアなどの作品が選ばれ、非常に新鮮な印象を与えた。
開催に掛かる費用は約1億円(現在ではそれより低くなっているようだ)で、福岡市が負担する。ほかに行政がかかわる映画祭として、山形国際ドキュメンタリー映画祭、スキップ・シティ国際映画祭(埼玉県川口市)が挙げられ、それぞれ成功している。  
  


アジアフォーカス

 行政がかかわる映画祭の先輩格として登場した「アジアフォーカス」は、全権を佐藤忠男に委任し、アジアの知られざる作品の発掘に努めた。作品選定には年間予算から一定額が彼に支給され、その金額内で彼はアジア各国を訪れ、現地で多くの作品を見て歩いた。
例えば、イランでは英語字幕なしの作品を1日5本見て地獄を味わったというエピソードがある。また、日本では未知であったモンゴル映画を現地に赴き選考し、映画祭で上映した功績もある。彼は20年目でディレクター職を辞し、後輩に選考を託した。
この映画祭は、それぞれの国を俯瞰(ふかん)するスタイルで、人々の暮らしぶりを描く作品により、等身大のアジア人に触れる楽しみがある。地元福岡ではすっかり根付き、仕事帰りの人たちが夜の回に来場する光景もおなじみとなった。



フィルメックス

 一方、市山尚三が主宰する「フィルメックス」は、性格がかなり異なる。ディレクターである市山尚三の顔がしっかり見える映画祭で、ほかと比べてマニアックぶりが突出し、ファンの多くはヌーヴェルヴァーグ・オタク張りに最前列を指定席とする観客層である。
総合的選考の「アジアフォーカス」とは対称的に、アジアの前衛的作品をメインとし、いわゆる難しい作品群が時に選ばれ、これまで積極的に紹介されない東南アジア、フィリピン、タイ、インドシナ作品がピックアップされるが、これらが非常に面白い。
ほかにプロデューサーとしてアジアの監督作品にかかわり、ジャ・ジャンクー(中国)、マフバルバフ(イラン)、ホウ・シャオシェン(台湾)など、今や国際的な巨匠との人脈も彼が培ったものである。
彼のアジア映画人との広い交友も「フィルメックス」の貴重な財産である。時に前衛過ぎ、観客が置き去りにされる場合もあるが、日本で開催される映画祭では、国際的に一番高い評価を得ている。話はそれるが、彼は映画界の"絶滅危惧種"である東大出身だ。



大陸との摩擦

 コンペ部門『自由行』中国問題の一端を鋭く衝く
中国との関係で、いろいろと厄介な問題に悩まされるのが、香港、台湾である。これを実体験に基づいて描いたのが、コンペ部門の『自由行』(中国、イン・リャン監督、107分)で、現在の中国問題の一端を鋭く照射している。現代の中国情勢から、中国大陸と香港、香港と台湾の心理的距離がいかに遠いかを思わざるを得ない。
冒頭は、役所内の場面で、カップルの中年男性が何かを書いている。そばには、若い女性がただ立っている。彼らは、台湾行きの申請をしに移民局へ来たのだ。手続きが煩雑らしく、香港から対岸の台湾へ行くのも、このありさまでは先が思いやられそうな雰囲気だ。
女性は30歳くらいの若い映画監督。2人は夫婦で大陸から香港に移住、妻の監督はそこで起きた「雨傘運動」の映画化を企画中である。雨傘運動とは、大ざっぱに説明すれば、2014年9月に香港で起きた学生の反政府運動で、闘争はその年の12月まで続き、最終的に学生側の敗北に終わった。
この運動は、1国2制度の下、行政長官選挙が実施されるが、中国政府の息のかかる指名委員会により、反中国派は排除された。これに対し、学生たちは授業ボイコットで対抗したのが発端。真の原因は、民主化を嫌う中国政府の意図によるものである。
この夫婦の目的は、大陸に住む1人暮らしの妻の母親を観光旅行で台湾へ呼び出す、母娘の再会であった。5年ぶりに顔を合わせた2人だが、長年離れて暮らす2人の意志の疎通は難しく、特に母親は「雨傘運動」には猛反対、そして「目立つことをしてはいけない」と娘を諭すのであった。中国で生きてきた母親の知恵である。
しかし、夫妻は別れの時、母親を香港に連れ帰る心積りであった。だが、母親は夫の墓のある中国への帰国を譲らず、不本意な別れとなる。現在の中国問題、母娘の再会を通し、自由への強い希求が胸を打つ。
本作、イン・リャン監督の実体験を映画化した。困難な状況にありながら、何としても生きる意志を持つ、作り手の思いがみなぎる傑作である。



そのほかの作品

 シネフィルに人気の高いイスラエルのアモス・ギタイ監督による『エルサレムの路面電車』(特別招待)は、エルサレムの路面電車内が舞台のオムニバス作品。イスラエルのリベラル派とされるギタイ監督だが、彼の、よって立つ位置が曖昧(あいまい)なところが気にかかる。
コンペ部門、最優秀作品賞は、ロシア、ドイツ、ポーランド、カザフスタン、中国の国際合作作品『アイカ』(セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督、100分)が獲得した。
ロシア国内のキルギス人女性アイカは、生まれたばかりの新生児を産院に置き去りにし、仕事探しをするがうまく行かない。モスクワに住む女性の、状況が悪くなる一方である生き方を描いた作品で、底辺の人々の苦悩が身に迫る。
今年は、特別招待枠に豪華作品がそろった。市山ディレクターの人脈力である。国際的に人気が高い韓国のホン・サンス監督作品は、異例の2本の出品(『川沿いのホテル』〈18年〉、『草の葉』〈同〉)となった。
ほかに中国、ジャ・ジャンクー監督の『アッシュ・イズ・ピュアレスト・ホワイト』、カンボジアのクメール・ルージュの大虐殺を追い続ける、リティ・パン監督(カンボジア)による『名前のない墓』、今年の審査委員長、ブリランテ・メンドーサ監督(フィリピン)の『アルファ、殺しの権利』、台湾からはツァイ・ミンリャン監督の『あなたの顔』(以上、いずれも18年製作)が出品。
加えて、1980年代中国「第五世代」の一員、ティエン・チュアンチュアン監督の傑作のデジタル修復版『盗馬賊』(1986年)といった豪華なラインアップで、観客をうならせた。






(文中敬称略)

《了》

映像新聞2018年12月17日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家