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『22年目の記憶』
南北首脳会談のリハーサル用に代役
史実に大胆な筋書き上乗せ

 韓国からまた、ずしりと脳に響くような作品が届いた。イ・ヘジュン監督の『22年目の記憶』(128分)だ。この作品、韓国の人々の現状を伝える意志と力(りき)がある。製作は2014年だが、逆によく探してきたものと感心する。数年前の作品でありながら、現在も古びず、テーマは1970年からの独裁政権への糾弾と民主化以降の反省を踏まえている。

キム主席の代役、ソングン  (C)2018 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved ※以下同様

キム主席に似せる髪形作り

息子のテスク(右)

主演のソル・ギョング

KCIA長官

テスクの恋人

洗脳役の大学演劇科教授

劇団の面々

南北首脳会談

 1972年に、韓国と北朝鮮との間で共同声明が発表される。南北両国は、自主、平和、民族団結の3大原則のもと、南北統一へ向けて努力する「7・4」(7月4日)共同声明である。これを踏まえて、南北首脳会談の機運が盛り上がる。
韓国側は、軍人出身のパク・チョンヒ大統領(任期1963年−79年)で、最近15年の実刑判決を受け服役中のパク・クネ前大統領は、その長女である。北朝鮮側は、建国の英雄で初代最高指導者キム・イルソン主席(任期1948年−94年)だ。
北朝鮮にとり同声明は、キム・イルソン治下で発表され、南北統一実現を主眼としている。だが、実際は両政権とも国内向けのアピールを狙うもので、いわゆる口約束程度で実効性が薄く、両首脳の直接的会談には至らなかった。その後、パク大統領は開発独裁政策を推し進め、キム主席は、新しい国、北朝鮮の国造りに専念した。
イ・ヘジュン監督によると、本作の製作の発端は、南北首脳会談の前に韓国でリハーサルをするため、キム・イルソン主席の代役のオーディションがあったとの新聞記事を読んで興味を持ったという。  
  


売れない役者の抜擢

 このキム・イルソン主席の代役オーディションを仕切るのが、悪名高い韓国中央情報部(略称KCIA/現・国家情報院)である。KCIAの存在が世に知れ渡った1つが、1973年8月、当時野党の代表的政治家だったキム・デジュンが、東京滞在中に拉致された事件である。この事件の実行犯がKCIAであった。
南北首脳会談リハーサル用の代役選考は、すべて同機関の手によるもので、1人の売れない新劇の俳優が抜擢された。この代役ソングン(ソル・ギョング)と、息子テスク(パク・ヘイル)の親子関係がサイドストーリーとなっている。



親子間の齟齬(そご)

 ソングンは、シェークスピア『リア王』の公演中に、KCIA長官(ユン・ジュエムン)の目にとまり代役を振られる。彼は、役者としては二流であるが、『リア王』の破滅まで寄り添う道化の台詞(せりふ)を完璧に諳(そら)んじていたための抜擢であった。
しかし、実際の彼の舞台はそんなに華やかなものではなかった。父親の舞台を楽しみに劇場に来たテスクを前に、初の大役で緊張してすっかりあがり、無様な出来栄えをさらした。息子は落胆し早々と劇場を去った。それ以来、2人の間柄はギクシャクし、テスクが中学生の時にソングンの拘留もあり、2人は別れ別れになった。
ソングンは拘留の間、KCIAの拷問に近い特訓を受けていた。



ソングンの変化

 KCIAの特訓により、ソングンは徐々にキム・イルソン主席に似ていき、また、自らも進んでイルソン化に努めた。不器用な役者のソングンは、暴力におびえ、食べ物でつられ、黙って命令に従うほかはない。韓国独特の黒いジャージャー麺でつられる場面は代表例で、それは拷問のアメとムチであった。
KCIAの策謀によりイルソン化は成功するが、ソングン自身は精神に異常をきたし、自身をイルソンと思うようになる。KCIAは彼を見事にハメたのである。



幻想のピョンヤン

 イルソンが乗り移ったソングンは、突然車窓の人となる。彼の目にした光景は、正装し、旗を振る大勢の女性たちによる熱烈歓迎の姿であった。まさに主席になった気分だ。これは、前半と後半をつなぐ場面で、全くの幻想である。
人間の精神構造まで変える独裁体制下のKCIAの拷問は、パク大統領暗殺(1979年)後の、同じく独裁政権チョン・ドゥファン政権まで続いた。そして、キム・デジュンを中心とする民主化グループは弾圧を受けながらも、98年2月にキム大統領(任期1998年−2003年)を誕生させた。



22年目の再会

 もともと両国首脳は、首脳会談をする気はなく、国内問題へと専念した。これで、行き場を失ったソングンは、代役チームの解散をKCIAの長官から申し渡され、お払い箱となる。
そして舞台は、一気に22年後に移る。その間のソングンの暮らしぶりの説明は一切ない。演出上の一手法である。2つの構造の合間に幻想シーンを組み込むあたり、演出にメリハリがある。



成長したテスク

 金日成を演じる父と息子が再会
幼児も22年経れば、当然成長する。テスクは白い背広に身を包み、身振り手振りを交え聴衆を相手に演壇で何かを話している。まるで大学の講義のようだ。実は、彼の本業は詐欺師で、マルチ商法(いわゆるネズミ講)を稼ぎとしている。
一方、彼は借金取りからも責められる身。金を作るため再開発用地で、今では誰も住まぬ旧宅を売ろうと奔走する。その過程で、老人ホームに居る父親ソングンを見出し、この旧宅で一緒に暮らすようになる。22年目に見るソングンは、すっかりキム・イルソン化していた。


2回目の南北首脳会談声明

 1972年7月の同声明以来、両国間では共同声明の実行は凍結され、ようやく1994年7月に、両国首脳会談開催が決定したが、キム・イルソン主席の死去により、幻の首脳会談となる。


なり切りの父親

 1994年の共同宣言発表後、ソングンのキム・イルソンの代役化で、散々彼を締め上げたKCIA長官が再び現われ、彼を連行する。ここからが、歴史事実のフィクション化となる。
物語は、実現しないはずの会談において、本物のキム・イルソン主席がソウル(ピョンヤンではない)で韓国大統領を迎える設定へと大胆に変更。代役のソングンが最初一言だけあいさつすることが求められ、彼は応じる。
すっかり体格、話し方が乗り移った、偽物のキム主席になり切ったソングンは、本物に代わり会議の終わりまで、北朝鮮の主席を演じ切る。キム・イルソン主席がその年に亡くなり、ソングンも死去し、舞台の主役、代役ともにこの世を去って本作は幕を閉じる。



軍事独裁政権を批判

 歴史的事実の上に大胆な筋書きを上乗せする本作『22年目の記憶』は、現代韓国が歩んだパク・チョンヒ、チョン・ドゥファン(任期1980年−88年)時代の暗黒、独裁政治の一面を、キム主席の代役の存在を通し明らかにし、過去の軍事独裁政権を痛烈に批判している。また、代役事件によるソングンとテスクの親子の断絶を、韓国特有の情の世界に訴えかけた。
今後も、この旧体制批判の作品がどんどん後に続く予感がする。韓国映画界には、日本映画に欠ける強さがあり、この点はわが国の映画人も考えねばならない。





(文中敬称略)

《了》

2019年1月5日からシネマート新宿ほかにて公開

映像新聞2018年12月24日掲載号より転載

 

 

中川洋吉・映画評論家