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『『新聞記者』
権力と報道メディアの闇を突く傑作
女性記者と若手官僚の対峙と葛藤

 第二次安倍政権下でのメディアの弱腰が目につく昨今であるが、その時流に棹(さお)さす作品がお目見えする。藤井道人監督の『新聞記者』(2019年、113分)である。最近では珍しく、骨っぽく、本年度のベストテン候補の1本と筆者は踏んでいる。ちょうど、昨年公開された沖縄戦における旧陸軍中野学校の暗躍を描く『沖縄スパイ戦史』(18年/三上智恵監督、大矢英代監督)と並ぶ存在だ。

 数年、頻繁に話題となる首相官邸の干渉と事実隠し、忖度(そんたく)に走る官僚(上昇志向と保身)、それを取り上げないメディアの追求の弱さが顕著になっている。この風潮に対し敢然と立ち向かったのが、本作『新聞記者』である。

主人公、吉岡(左)、杉原(右)   (C)2019『新聞記者』フィルムパートナーズ ※以下同様

吉岡

杉原

深夜作業する吉岡

杉原

自殺した元上司の未亡人(左)

社内、陣野(中)

上司を説得する吉岡

自殺した上司(左)と杉原 

陣野に書類を説明する杉原と吉岡 

記者会見中の吉岡 

杉原の家族 

杉原と内調の上司(右) 

打ち合わせ中の吉岡と陣野 

吉岡と杉原 

資料に目を通す2人 

元ネタ

 本作の下敷きは、「東京新聞」記者の望月衣塑子(もちづき・いそこ/中日新聞社東京本社社会部)による『新聞記者』(17年、角川書店)である。望月記者は、菅官房長官に対する40分、23回に及ぶ質問をし、首相側近による不適切な関与があったのではとする疑惑が浮上した「モリカケ(森友・加計)」問題を追及、別件では、女性フリージャーナリストが準強姦罪で訴えた、元TBSの政治部記者でワシントン支局長だった男性に対する不起訴処分について糺(ただ)した。
これが、菅官房長官の仕切る内閣官房との衝突の発端となる。望月は30代で2児の母であり、この国会質問で一躍、気骨のある記者と注目された。  
  


政治絡み事件

 過去にも佐藤栄作首相(在籍1964−72年)のころに似たような権力事件があった。沖縄返還に伴う、日米間での「核持ち込み密約」である。この事件は、2014年の第二次安倍政権時に、政府は密約の事実を認めた。現在も沖縄には、米軍の核が存在している。
昨今の女性ジャーナリスト性的暴行(正式罪名は準強姦罪)事件は、逮捕寸前に不起訴となった(現在、民事係争中)が、訴えられた元TBS記者は政権ベッタリの人物で、そのあたり、お上が助け舟を出した疑惑が強い。



本作のモデル

 
実在記者の著書を原案に描く
作品の主要人物は、「東都新聞」社会部記者の吉岡リカで、韓国人女優シム・ウンギョンが扮(ふん)する。彼女は、『サニー 永遠の仲間』〈11年〉、『新感染、ファイナル・エクスプレス』〈16年〉などに主演、理知的な容貌と真っ当さを求める新聞記者役が実に感じなのだ。
対するもう1人の男性主人公は、松坂桃李が演じる内閣情報調査室(以下、内調)員の杉原拓海であり、2人は仕事の面では敵対関係にある。
吉岡の勤務する社会部にタレコミがもたらされる。目が黒く塗られた羊のマークが表紙に印刷された書類である。中身は、近々設置が予定される大学に関するもので、いまだに真相がはっきりしない「モリカケ」問題をモデルにしていることは、一目瞭然(りょうぜん)である。
さらに、性的暴行事件で、被害女性の顔出し記者会見が同じ時期に重なる。2つの事件に直接かかわる正義感の強い社会部の吉岡は早速動き出す。そして、暴行事件の裁判を傍聴し、その扱いが小さすぎると直属の上司、陣野和正(演じる北村有起哉は文学座の名優北村和夫の息子で、デビュー当時は演技に自信があったのか、ひどくクサイ印象を受けたが、本作ではひと皮むけ、なかなかの大人の芝居を見せる)に直談判。吉岡の直情径行の一面をのぞかせる。
彼女の役の設定は、父親がフリージャーナリストとして滞米し、母親が韓国人とされ、父親は日本政府関係の不正融資をスクープした。それが誤報とされ、周囲の批判を浴び自殺する。そして娘は事の真相を知るために帰国し、新聞社に入社する。彼女には権力犯罪と対峙する体質が本来的に身に備わっている。



内調とは

 日本版CIAともいえる諜報機関として、主として左翼関係や反政府的団体の情報集めを目的とする組織が、内閣調査情報室(略称が内調)で、本部職員は主として警察上りが多く、他の省庁からの出向者もおり、総員200名前後の人員である。
原案者の望月記者も国会での質問後、内調のリストに載ったと思われる。私事ながら、長期の海外滞在後に帰国すると、拙宅でもしばらくの間、電話に雑音が入っていた時期があった。断言はできないが、内調は一般市民に対しても盗聴・尾行を行っているフシがある。



杉原の立場

 内調勤務の杉原は、普通ならば吉岡と巡り会うはずのない人間である。しかし、「医療系大学の新設」に関するファクス以来、2人のコンタクトが生まれる。相手の存在は知りながらも、顔を合わせず事件の真相に迫り始める。
吉岡は匿名のファクスが内調から送られたことから、早速、内調から当たり始める。その相手が杉原であり、2人のやり取りの第一歩となる。



事実のもみ消し

 内調の大きな役割として、権力、または官邸による不都合な事実のもみ消しがある。
具体例として、前川喜平文科省事務次官(当時)が、大学設置の件で「官邸から総理の意向という圧力があった」と、医療大学の新設(加計学園獣医学部)での発言がもとで、次官を辞職させられた一件である。
その後、新聞に前川の新宿の出あい系バー通いの記事が掲載される。民間人を巻き込む、内調のメディアを使った陥れ工作と想像できる記事だ。この前川事件にも、望月記者は直接インタヴューしている。




内調の犠牲者

 杉原は外務省からの出向で、第一子の出産を心待ちにする普通のエリート官僚である。この彼に、サスペンスまがいの薬味を効かし、本作をタブーに挑戦する政治映画としての謎解きの要素を加え、面白い作品にしている。
杉原は、ある時、外務官僚時の上司に久しぶりに会い、一献交わす。その後、その先輩は、彼に1通の手紙を残し、投身自殺をする。彼の死に疑問を抱いた杉原は、先輩が、官邸の大学新設問題の担当となり推進の役割を負わされ、悩んでいたことを知る。
先輩の死で、謎のファクスの羊の絵の意味も解き明かされる。目を黒塗りにされた羊は、神経ガスで殺された米国のダグウェイ神経系毒ガス生物兵器実験場(ユタ州)の羊たちである。ここからが、サスペンス風味の真骨頂だ。
大学新設の目的は、米国のダグウェイ神経系毒ガス生物兵器実験場の日本版であることが内調の秘密文章で判明する。東都新聞は一連の事実を掲載する。




メディアの姿勢

 日本のメディアの対権力の姿勢は明らかに右傾している。例えば、NHKへの干渉、新聞の論調のヌルさを見れば分かる。筆者は最近、「朝日ジャーナル」の1990年代発行分に触れる機会があったが、当時の鋭さが現在は大きく後退していることを感じた。
日本では、政治と直接向き合う映画作品が非常に少ないが、本作にはタブーに向き合う意識がある。現在社会の闇を突く作品であり、監督、そして原案者・望月衣塑子のセリフ、現実の日本の状況を前にして、主人公吉岡が、迷う杉原に対し、「自分で自分を納得させるのか、このままで良いのか」と、彼の決意を促す一言が重い。勇気ある傑作である。




(文中敬称略)

《了》

6月28日から新宿ピカデリー、イオンシネマほか全国ロードショー

映像新聞2019年6月17日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家