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『ガーンジー島の読書会の秘密』
ドイツ軍に占領された島の戦後が舞台
巧妙な知的興趣をそそる展開

 「ガーンジー島」をご存じの方は少ないかも知れない。イギリス海峡の小島群で、距離的にはフランスに近い英領である。この不思議な島を背景とする作品が『ガーンジー島の読書会の秘密』(2018年/マイク・ニューウェル監督、英国・フランス、124分)だ。1冊の随筆集を媒介とするロマンス、読書会のメンバーの謎の死、ナチス占領、ガーンジー島の美しい海と緑の丘陵、見どころ満載のひねりを効かせた、格調高い文芸作品である。

ジュリエット 
(C)2018 STUDIOCANAL SAS ※以下同様

読書会のメンバー

ドーシー(右)とジュリエット(左)

出版社の上司と

ジュリエット

ロンドンの社交界で

読書会メンバーとの交流

 
 
ガーンジー島

 真夜中、5人の男女が酔って大騒ぎをし、丘の上を千鳥足で上ってくる。島の中年の男女である。時代は1940年、ガーンジー島は、なぜかドイツにより占領されている。
ドイツ軍による夜間外出禁止命令下で、案の定、彼ら5人は占領軍の検問を受け絞られる。「一体、何の集まりか」の問いに対し、1人がとっさに「読書会」と答える。ここに読書会がでっち上げられる。もともとは読書とは無関係の集まりで、実態は単なる飲み会。この辺りの発想が楽しい。
40年にドイツによって島は占領され、ドイツ軍は自前の食糧を携行せず、現地で調達したと思われる。戦時中の日本軍と同様、補給なしで戦地に送られた兵士たちは現住民の食糧を奪い、多くの人々が亡くなった。武器を使わずとも人間を殺す実例で、ガーンジー島のドイツ軍も、インパール大作戦の日本軍も同じ蛮行を犯している。  
  


地理的位置

 ガーンジー島は、イギリス海峡のフランス・ノルマンディ近く、チャネル諸島の1つである。この島はフランス語でジェルゼと呼ばれ、多くのフランス人が免税品を求めて訪れることでも有名だ。現在の人口は6万2000人、面積は78`bと小さな島である。
なぜ、フランスから20`bのこの島が英領になったのであろうか。理由は13世紀までさかのぼらなければならない。当時はイングランド領であったが、フランスとの戦争に負け領地ノルマンディ(現・仏領)を失い、チャネル諸島だけが英領にとどまり、現在に至る。
チャネル諸島の中で2番目に大きいのがガーンジー島で、ここが物語の舞台になる。第二次世界大戦勃発と共にドイツ軍が侵略、1940年から45年まで占領が続いた。ドイツ軍はこの占領地に要塞を建設するため、大量の強制労働者を大陸から送り込む。それは島民の半数近くが本土へ避難したためであった。



物語の発端

 
ドイツ軍敗北の1945年のロンドンから物語は始まる。主人公は、若き美人作家でジャーナリストのジュリエット・アシュトン(リリー・ジェームズ)。彼女は1通の手紙を、占領期間中のガーンジー島にとどまった、養豚業を営むドーシー・アダムズ(ミキール・ハースマン)から受け取る。これが本作の発端となる。


本探しの依頼

 1冊の書籍がもたらす愛の物語
大戦直後のロンドンでは、町の多くが破壊され、復興途上にあった。その中で、ジュリエットは執筆に余念がなかった。ドーシーは、偶然古本屋で手にした随筆集に記されたジュリエットの住所に手紙を認(したた)めた。彼女は手紙の中の一章、「読書会」に心をひかれる。そこには、1940年の島での同会について詳しく書かれていた。
ドイツ軍の占領、家畜の没収で、島民たちは極度の食糧不足に陥った。読書会のメンバーは、密かに隠した豚肉を食べるために、密造のジン、ポテトピールパイ(食糧不足で、ジャガイモと皮だけのパイ)を用意し、秘密の宴会を催した。
久しぶりに飲んで食べての帰り道、運悪くドイツ軍の検問に遭ったため、「読書会」の帰りと称し、ここにジン臭い読書会が立ち上げられた。



ジュリエットの来島

 戦時中のドーシーたち5人の困窮談に興味津々のジュリエットは、早速、ガーンジー島へ渡る。読書会は、本を読み、仲間と感動を共有するようになり、段々と本格化する。
そこへ、突然ジュリエットが訪ね、読書会のことについて尋ねるが、メンバーは彼女を警戒し、すべてを話さない。何らかの秘密を彼女は感じ取る。そして、同会の創設者であるリーダー格のメンバーの不在の理由も、彼らの無言と関係があると踏む。



エリザベスの存在

 メンバーであるはずのエリザベス(ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ)の消息に口をつぐむ人々。ここで物語はミステリー調へと転調する。
エリザベスは、3歳の幼女キットの母。幼女は皆の娘のような存在であり、ドーシーと3人で一緒に暮らしている。エリザベスは闘う女性で正義感も強く、ドイツ軍の市内の行進では抗議の声を上げ、目をつけられる。メンバーの面々は、彼女がいつか何かを仕出かすのではとハラハラしている。
作家であるジュリエットは、ロンドンの社交界でも花形で、兵役でロンドンに来ている米国人マーク・レイノルズ(グレン・パウエル)に見染められ婚約、彼から豪華な結婚指輪が贈られる。マークは米国の金持の子弟の様だ。恋と、新たな小説のネタを抱いてのガーンジー島乗り込みであった。




ドーシーの告白

 物語はエリザベスの動向の一点に絞られる。読書会のメンバーとも打ち解け、残るはリーダー格のエリザベスの存在である。幼いキットの子守を引き受けたジュリエットは、初めてドーシーから真実を告げられる。
エリザベスは、ある時、強制労働で島に連れてこられた、ケガをした少年を夜道で発見する。少年は雨と泥でひどく汚れている。彼女は持ち前の正義感で、彼を病院へ運ぼうと抱え上げる。折り悪く、自分の娘キットも具合が悪く寝付いている。だが、夜間外出禁止の中、エリザベスはドーシーが止めるのを振り切り、少年を抱えて雨の中病院へと飛び出す。
しかし、その途中、少年は射殺され、連行されたエリザベスは後に銃殺される。これが、メンバーがひた隠したエリザベスの消息である。
この告白後、ドーシーとジュリエットはより親密になり、キットと3人で、島で暮らすことになる。ジュリエットはガーンジー島滞在中、マークから贈られた高価な婚約指輪をつけず、皆と同様、慎ましやかな生活を送り、島民から受け入れられた。彼女はマークとの裕福な未来を捨て、豚飼いのドーシー(彼は相当なインテリの文学愛好家)と一緒になる。




書籍が結ぶ絆と愛

 本作は、1冊の書籍がもたらす愛の物語である。1冊の随筆集を巡っての物語展開は、知的興趣をそそり、しかもミステリーの隠し味がまぶされ、文芸ものとしても優れている。加えて社会的背景として、第二次世界大戦とドイツの占領、戦時中の困窮した庶民の生活が描かれている。
もう1つ大事なことは、小さな島の美しさで、海、そして緑、古い街並みと、英国独特の風景で彩られ、心が癒される。





(文中敬称略)

《了》

8月30日より、TOHOシネマズほか全国ロードショー

映像新聞2019年8月26日掲載号より転載

 

中川洋吉・映画評論家